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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第7章

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678.クリア

 監禁されていたのは〝闘技場北通り〟に程近いアパートメントだった。

 もともと老朽化して立ち入り禁止だったところへ二度の爆発が起きたのだから、巡回中の騎士たちがすっ飛んできた。

 〝クリアマント〟がなければ、面倒なことに巻き込まれていただろう。

 物陰に隠れたところでマントを〝ムゲンポーチ〟に戻して、〝アイ・リング〟でロードンの位置を確認。〝クリスタル〟の振動する方向へ急ぐ。

 どうやらロードンは、〝歓楽地区〟でクレイグスと落ち合うらしい。北通りに戻ってヒトの流れに乗り、時にもみくちゃにされつつも、王都最大の遊び場に到着。


 〝歓楽地区〟は、〝冒険者地区〟とはまた違った意味で異色な街並みだった。

 煉瓦造りの建物が並んでいるのも、馬車道と歩道とが区分けされているのも、ガス灯が並んでいるのも、街中とは変わりはない。

 だが道に面しているのは酒場ばかり。

 ビールジョッキや酒樽の看板が目立つ。それだけでなく、ほとんどの店の前にはテラス席が用意されており、まだ昼も越していないというのに酒飲みたちがジョッキを交わして飲んだくれている。

 店内ではポーカーなどのカードゲームや、チェスなどのボードゲームに興じているのがよく見え、一概に酒飲み地区とも言えない面もあった。


 細い路地を曲がれば、カインも知る通りの歓楽街が根付いており……ロードンたちの落合場所は、そのうちの一つだった。

 まだ太陽の位置も高いというのに妙に薄暗い路地裏へ入り、やたらと狭い道を少しゆくと、未成年お断りな店が三件ほど並ぶ広場に出る。

 そのうちの一番右の店に、〝クリスタル〟が反応した。


 〝クリアマント〟を羽織り、足音を殺してこっそりと近づく。

 そこへちょうど黒マントを被った人物が人目を避けるようにして入っていき、それに続いて店内へと入る。

 店内は高級感あふれるバー……というよりもクラブだった。

 一応カウンター席はあるものの、メインは壁際に沿うようにして配置されたボックスソファ。

 そこに座る全ての客が男であり、露出の高い煌びやかな衣装を着た女性に囲まれ、にやけ面をさらしている。

 カインはざっとあたりを見回して、カウンター席に潜り込むようにして隠れた。

 黒マントの人物が近いものの、それ以外には誰一人として近寄ろうとはしない。


「――首尾はどうだ」

 一番近くのボックス席で、女二人に囲まれたクレイグスが口をひらく。

 清廉潔白な噂とは違って、随分と悪辣そうな見た目をしたジジイだった。

 葉巻をふかし、だらしなく背もたれに身を預け、だぼだぼな腹の上で組んだ手には指輪がギラギラと光る。

 仕立てのいい紳士服といい、一目で金が好きとわかるような老人である。


「はあ……。それが……なかなか、思うように事が運ばず……」

 対してロードンは、側から見てわかるほどに縮み上がっていた。ぴしりと膝をそろえ、背筋を伸ばしている。

 クレイグスと同じように女が二人ついていたものの、彼女たちもロードンの緊張の仕方にうまく接することができないでいる。


「ハッ、愚図め。散々手配してやってその体たらくとは……。その言葉通りに、命令を『聞く』他できないのか? 耳が無きゃあガラクタ同然だなあ!」

 ワッハッハッハ! とガラ悪く笑うクレイグス卿にあわせて、周りの女たちもくすくすと笑う。

 胸糞の悪いのは、彼女らもまたクレイグスの言いなりということ。ロードンに同情する余裕もなく、自分たちのためにその場の空気に合わせている。

 カインはよほど飛び出そうかと思い、実際に体がカウンターから出かけたが……。


「いけません。どうぞ、我慢を」

 すぐそばに座っていた黒マントに引き止められた。ぐっと〝クリアマント〟を掴まれ、慌ててその場に止まる。

 驚きをなんとか喉の奥に押し留めて、その人物を見上げる。てっきり男かと思ったが、すっぽりと頭を覆い隠していたフードを下から見上げて、ようやくその正体がわかった。

 特徴的なのは、その青い瞳孔。エルフの血筋にあるという〝元帥〟セレナ・エルトリアだった。


「なんで……! 俺、今透明のはず……」

「ええ。姿は見えていませんよ。ただし……私の〝魔瞳〟には通用しません。〝魔素〟が不自然な形で視えていますから」

 まるで脳内に響くかのように、セレナの声が届く。

 唇と声の様子とがあっていないところを見る限り、カインも知らない〝錯覚系統〟の使い方をしていた。


「もしかして……。元帥もクレイグス卿を?」

「あなたのお仲間が襲われているところへ遭遇しましてね。ざっと事情を聞き、尾行の末にたどり着いた次第です」

「そっか……。ライカたちは無事か……」


 出来ることならば、自分たちの手でクレイグス卿を突き出してやりたかったが……。これだけ事が大きく膨れ上がり、長引くとなれば、この結末も致し方なかった。

 ただ、セレナとしてはすぐに片をつけるつもりはないようだった。

 依然として一人の客として振る舞い、チビチビとグラスを煽っている。

 その様子を観察していると、どうにもクレイグスとロードン以上に、この店で働いている女たちが気になるらしい。 


「私としても、別件でこの店に用事がありまして。もう少し証拠となる話を聞いたのちに、クレイグス卿とクリーブ・ロードンに仕掛けます。万が一の備えとして、あなたは女性たちの安全にのみ集中してください」

「ホントは俺がとっ捕まえたいとこっすけど……。元帥には流石に逆らえないんで」

「役割の話です。私は手柄に興味はありませんので……。というより、此度は紛れもなくあなた方の活躍によるものでしょう」

「ってことは……?」

「――静かに」

 セレナの合図に、カインも息を顰める。

 聞こえたのは、クリーブ・ロードンのわななく声。


「お言葉ですが……。あなたの指示が間違っているということもありましょう……クレイグス卿」

「……あ? もう一度、言ってくれんかね。最近、耳が遠くてなあ……!」

「あ、あなたの、指示が……! 命令が! これまで成功した事がおありでしょうか? 〝黄昏事件〟でうやむやになりましたが、あの反乱集団も結局は……! あなたは、自分のやりたいように試しているだけではないのですかっ?」

「おおう……? 貴様、わしに逆らうつもりか? ああ? せっかく無断出店の件ももみ消してやったというのに……」

「あれも、元々はあなたが……!」

「はんっ。やったのは全て貴様よ。そう行動すべきと選択したのは貴様よ。わしゃァ、なんもしとりゃあせん。そうじゃあないか? 証拠があるか、うん?」

 まるで汚物でも見ているかのような悪辣な物言いと考え方に、カインは頭がカッとなった。もはや話など聞いていられず、すぐさま飛び出ていきたかった。


「証拠ならば、ここに……! あなたの〝顧問〟から譲り受けたものです。あなたからの手紙と、そして指示内容……全て記されている!」

「……! あやつめ、何を考えて……! よこせ!」

 もはや我慢できなくなった時。クレイグスがロードンに掴みかかろうとしたその瞬間。〝元帥〟セレナ・エルトリアが介入した。

「――ようやく尻尾を見せてくれて嬉しい限りです。クレイグス卿」


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