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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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69.陰


  ○   ○   ○


 リリィは第二師団支部にて、レーヴァやアルレらとともに、今後の方針を議論していた。

 帝国軍のロキという存在。”操りの神力”とも呼べる力。各地で魔獣を従えていただけではなく、ゴーレムもドラゴンも操っていたこと。

 ほんの数分の邂逅で様々な事実が浮かび上がったものの、支部の防衛を固めるという方針を変えることは、結局できなかった。


 それはつまり、支部からの助力はやはり期待できないということだった。

 頭も精神もくたくたになってサーベラス家へ戻り、待ち受けていたセレナたちとともに第二師団支部から持ち帰った情報を整理し……。

 ソファで、あるいは、椅子で。四人ともども、泥に浸かるように眠り込んでいた。


 そうして、翌朝。

「娘よ、喜べ! 見合い相手ができた!」

「戦地から命からが帰ってきた娘にかける第一声がそれですか。――そんなくだらない冗談はさておき、竜ノ騎士団の方々……大丈夫でしょうか?」


 リリィたちは、起きがけにサーベラス領の門近くで立っていた。

 というのも、『ローラ第三王女がお越しになられた! 我が娘も!』とサーベラスに無理やり叩き起こされたのだ。

 そんなわけで、リリィもセレナもエマもアンも、手ぐしで髪の毛を整えつつ急いで身支度を済ませ……眠気眼のまま王女一行を出迎えることになったのだ。


「このような形で申し訳ございませんわ……。ローラ様、王女さま、女王さま……」

「リリィさん……ローラ様は三人に分裂はしませんよ」

「ええ……? クロエさんが無職だなんて、そんな……」

「リリィさん、リリィさん。……はあ」

 リリィはうつらうつらと傾く頭を立て直すのに必死で、会話に集中できる状態ではなかった。

 それはセレナたちにも同じであり、だからこそ、誰もリリィのとぼけた言葉に反応できていなかった。


「父上! 女王陛下もお見えになられるといっても、彼女たちの疲れを考慮してください! しかも見合い相手などと――ふざけるのも大概にしていただきたい!」

「う、ぬ……! それは……すまんかった」

「私に謝ってどうするのですッ!」

 空気を引き裂くようなクロエの鋭い叱責は、リリィたちの眠気を覚ますのに十分だった。

 リリィは、さながら母親に叱られたかのようにぴしりと背筋を伸ばし、ぱちぱちと瞬き。セレナも同様に背筋を伸ばし、エマとアンが背伸びをしつつ最後のあくびを噛みしめる。


 その間に、リリィの頭は今までにないほどフル回転していた。

 延々とサーベラス当主を叱りつけるクロエの後方に、苦笑いしているローラ第三王女が控えていた。

 だがそれだけではない。

 一度見れば忘れようもないほど美しい白馬にまたがっているのだ。さらには、見覚えのある小柄な少年が相乗りしている。


 寝ぼけているのだろうかとゴシゴシと目をこするも、その光景は変わらず……。

「リリィ様……。私の幻覚でしょうか。ユニィと冒険者のグリューンが、ローラ第三王女とともにいる気がするのですが」

「ええ、わたくしも……そんな気がする」

 セレナの自信なさげな声に、リリィも自らの視覚に確信を持てなくなっていると、クロエが代わりに答えてくれた。


「お二方とも、しっかりと目を覚まされたようですね」

「え……。では……」

「はい。しかし、二つほど訂正を。セレナさんが冒険者とつぶやいていましたが、彼は帝国のスパイ。そして、ローラ様は先日より女王陛下として即位されました」


 リリィがセレナと一緒になって固まっていたところ、ローラが白馬から降りた。緊張も相まってか、幼くも可憐な顔つきは、不格好な笑みで引きつっている。

 質素な純白のドレスで着飾る彼女は、その胸元に王の証である『竜結晶』の首飾りをぶら下げていた。

 そんな幼い王女に続いて、少年が身軽に飛び降りる。彼の両手は、さながら囚人のように、紐でぐるぐると縛られていた。


「とりあえずさ、元帥お二人さん。膝ついておかないと」

「エマ……。もしかして、アンもこのことを知っていたのですか? ローラ第三王女……いえ、ローラ女王陛下のことを」

 横一列に並んで膝を付きつつ、リリィはセレナと一緒になって答えを聞いた。

「ま、私も今回の作戦の立案者だからね〜。当然、全部知ってたよ」

「私も……すみません。お二人をサポートする任を与えられたときに」


 唐突も唐突な事態に、リリィもセレナも呆然として肩の力を抜き……しかし、グリューンを伴って目の前に立ったローラに、反射的に姿勢を正して頭を下げた。

「皆さん、どうかお立ちください。私は、まだ即位して間もない身……。何より、クロエさんもあなた方も、私の仲間です」

「仲間……?」

「お父様がよくお話してくれました。頼って頼られる関係に、身分も立場もないと。そんな壁を超えなければ、手をつないだとは言えないと。――ですから、どうか。国を……王都を……お父様を、一緒に……!」


 リリィは顔を上げ、王女ローラの姿に胸を締め付けられた。

 そこにいたのは、一人の小柄な少女だった。目にいっぱいの涙をため、唇を緩めないように引き締めて、小さな拳を握りしめている。

 不安に塗りつぶされたその姿に、リリィは過去の自分を重ね……彼女の涙が落ちてしまわないようにと、無意識に少女の顔を両手で包み込んだ。

 掌に宿る柔らかな温かさを感じながら、しっかりと顔を上げさせる。


「顔を上げてくださいませんと。わたくしたちと一緒の方を向いているのか、わからなくなってしまいますわよ」

「……! はいっ」

 おそらく、少女の中から不安が消えることはない。ふとした瞬間に湧き上がり、あっという間に埋め尽くしてしまう……そういう恐怖なのだと、リリィは知っていた。

 だからこそリリィは、すぐさま小さな手を握った。すでに母親をなくしているローラは、この場にいる誰よりも傷つきやすく、そして自分と似ているのだから、と。


「ラザラス様ほど破天荒な方はおられないと思っていましたが。リリィさんは負けず劣らずですね」

「……ローラ様には悪いのですが。色々と知った後では、褒められているかどうか微妙な気持ちになりますわ」

「褒め言葉ですよ。それよりも、早いところ中へ。おそらく、これからは怒涛の勢いで時が過ぎ去るはずです」

「そうでしょうね。ただ、その前に……」


 リリィはクロエから視線をそらした。

 両手を縛られた小柄な少年、グリューンが顔をうつむかせたまま立ち尽くしている。

「彼の処遇を決めなければ。帝国のスパイ……それをきいて、黙って牢屋に押し込むことなどできません」




 サーベラス家の当主ルベルは、最後まで帝国人グリューンが邸内に足を踏み込むのを嫌った。が、『しきたりにも例外はつきもの』としてクロエが反対を押し切り、白馬のユニィの世話を押し付けた。

 先の『見合い』発言を反省してか、ルベルは当主にも関わらず娘の言いなりとなり。困ったものだと首を振るクロエに、リリィたちは一階の食堂へと案内された。


「父の話では、今は二階の客間を緊急の会議室として使っているそうですね」

「ええ、ありがたいことに。あのソファも寝心地が良くって……」

「皆様、もしや……別に寝室をあてがわれなかったのでしょうか」

 クロエを慕うローラや、意気消沈しているグリューンまで肩を震わすほど、得も言われぬ恐怖の空気が漂い始めた。

 それを敏感に察知したセレナが、真っ先に口を挟む。


「いえ。用意はしてもらいましたが、使えなかっただけです。リリィ様が第二師団支部へ向かう事態も起きましたし……こちらでも新たな情報が舞い込んできましたので」

「そうでしたか……。そちらも気になるところですが、とりあえず私達の情報を共有しておきましょう。只今からこの食堂を会議室にしたいと思いますが、よろしいでしょうか」


 話が進む内に、アンがササッと準備を済ませる。

 魔法の杖を取り出して、食堂をぐるりと一周しつつ振りかざす。

 彼女の胸元から色とりどりの毛糸が飛び出し、杖が振られるごとに、様々な使い魔へと変身を遂げる。猫だったり犬だったり、おとぎ話のピクシーやフェニックスも。


 使い魔たちはにぎやかに室内を駆け抜け、各々好きなように飾り付けをしていく。食堂の中央を陣取るテーブルに真っ赤なクロスをかけ、どこからか質の良い花瓶と花を飾り付け、壁掛けの燭台にろうそくを差して火をともしていく。

 さらにシャンデリアや窓際のカーテンにまで手が加えられ……そんな光景を、グリューンがぽかんとして見上げていた。


「何を阿呆面を晒してますの。さきほどまで何やら落ち込んでいたくせに……随分と余裕を見せますわね。帝国人」

「初めて見たものに気を取られたら悪いかよ」


 一瞬の躊躇の後、グリューンは出会ったときと少しも変わらない生意気な口調で返した。

 これが『冒険者』であったのなら、むしろ懐かしさこそ感じただろう。

 が……。はじめから少年の正体を疑い、それが間違いではなかったと知った今では、憎たらしくもあった。

 リリィがムッとして口を開こうとしたところ、クイッ、と右手を引かれた。

 不穏な空気に敏感になっていたのか、小柄な王女ローラが悲しそうな顔で見上げてきていた。


「あの……彼を責めないでほしいのです」

「……。どういうわけでしょう?」

「その……。どんな人でも、生まれる場所を決められるわけではないでしょう? だから……グリューンさんが帝国の生まれだったとしても。どうか、この事自体を否定しないであげてください」

「しかし、密偵です。いつ何時、情報が流れるかもわかりません。――この場で斬らねばならないことは、だれより拘束されている彼が一番分かっているはずです」


 おそらくは。王を前にして見せてはならない感情が漏れている。それはリリィも自覚していた。だからこそ、ローラも必死に右腕にしがみついてるのだ。

 だが、言っていることは間違っていないはずだった。セレナもエマもアンも、荒れそうな場を抑えようと近づいているものの、いざとなればグリューンにいつでも対応できるように構えている。

 一緒になにか事情を聞いたであろうクロエでさえも、警戒を怠らない。


 だというのに。

 ローラだけは。まだ十四の少女だけは。この王女だけは、ただ一人、自らの意見を頑として変えようとしなかった。

「ではそのスパイが、帝国を裏切るようなことをしますか? わざわざ渡らなくていい危ない橋を、友達のために渡ろうとしますか?」


 突拍子のない説得にも、リリィは瞬時に理解することができた。

 第一師団支部でのことを言っているのだ。

 あの時、たしかに少年はいち早く帝国軍と対峙していた。

 そのときに負った傷は毒によるもので、醜く腫れていたのをはっきりと覚えている。セレナが焦りながら治癒魔法を施していたことも……。

 リリィは溢れ出そうな感情を、ぐっと喉の奥まで飲み込んだ。


「……この場での断罪はしないでおきましょう。しかし、一から十まで信じることはできません――いくら女王陛下の御言葉でも。只今より、サーベラス騎士団へ引き渡し、全てが終わるまで身柄を拘束しておきます」

 言い終えると同時に、アンがいそいそとグリューンのそばに近づく。彼女が再び杖を振ると、毛糸の猫が主の元へと飛び込んでいく。

 ぴょん、と跳ねると同時に糸がほどけ、その姿を猫から蛇へと変身させた。

 そうして、主の指示通りにグリューンに巻き付き、手首と首とを一緒くたに縛る。


「わかりました……」

 少女ローラは少年の姿を悲しそうに見つめたが、次の瞬間には、王女としての才覚がちらりと現れていた。

「しかし、手荒に扱ってはなりません。安定した食事と安眠できるベッドを」

「はい。では、そのように頼んできます」

 アンに連れられ、背中を向けて出ていこうとする少年に、リリィは声をかけた。


「一つ聞いておきますが。キラとランディ殿の行方を知ってはいませんか?」

「……今どこにいるかは知らねえ。だけど、たぶん、生きてはいる。空に光の柱が立ち上ったのを起きがけに見たから」

「それは”神力”の? 何が起こったのです――ランディ殿は?」

「知らねえよ。俺はもう、帝国の人間じゃないから」

「では、何だと言うんですの」

「さあ。けど、友だとは言われた……あいつに」


 まだ聞きたいことは色々とあったが、グリューンは背中を丸めてトボトボと歩きだした。

 小柄な体つきがより小さく見えた気がして、リリィはそれ以上何も追求できなかった。アンとともに扉の向こう側へ姿を消し……フンと鼻から息を漏らす。

「わたくしはまだ友達とすら言ってもらえてませんのに……」

「グリューンさん、キラって方と戦ったみたいですよ。帝国の人間としてじゃなくって、自分の気持ちを知りたかったから……そうおっしゃっていました」


 すでに、リリィも分かっていた。

 王女であるローラも、元近衛騎士総隊長のクロエも、グリューンに理解を示した態度をとっていた。そうでなければ、禁断の領域であるサーベラス家に招き入れたりはしない。


 グリューン、ひいては、リューリク帝国には、根深い闇があるのだ。

 それを知らずして『帝国は憎き敵』とするのは、度し難い阿呆と言えるのだろう。

 だが。母を亡くした気持ちを、目標を失った虚無感を、ふとした拍子に湧き上がる怒りを……どうすれば良いのか、リリィには分からなかった。


「ま、とりあえずさ。お腹へったから朝食取ろうよ」

 パンッ、とひどく響く拍手に顔を上げると、エマがいつもと変わらずニコリと笑っていた。セレナを見ても、やはり常の無表情を崩していない。

ただ、クロエとローラは心配そうな表情のままなのを目にして……リリィは一度深呼吸をして息を入れ替え、自分の頬を両手で叩いた。


「そうですわね。でしたら……皆で厨房の方へ行ってみましょう。昨日、ちょっと不思議でしたの――あの強面のルベル・サーベラス殿がどんな顔をして料理をしているのか」

 それで、幾ばくか気持ちが和らぐことを祈って……。


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