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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第7章

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674.事変

「もう構うことはねえよ。迫害されたところで、あいつが屈することはねえ。まあ……その前に俺が全員ぶちのめすが」

「本当、入れ込んでんのな。通りで……」

 カインの最後の呟きは、周りの歓声によってかき消された。

 司会のジェイによって、〝見習い〟クラスの予選トーナメントが開始されたのである。コリーという名の青年と、ケートという名の女性の対決となる。

 カインは、しかし今まさに開始されようとする試合には見向きもできなかった。


 ヴィーナ、フランツ、ライカと順々に目にする。

 なんて事のない普段の後ろ姿だが……他人には決して見えないものが映っていた。

 それをカインは、〝スペック・スクリーン〟と呼んでいる。


 〝仲間〟となった人物の能力を可視化できる〝鑑定〟。

 年齢や身長などの基礎的な情報から、魔法や近接戦などの戦闘力、さらにはその人物の奥底に隠れた才能を見通せる〝能力〟である。

 〝スペック・スクリーン〟を見るためには、そのヒトと仲良くなるだけでなく、〝仲間〟として共通の認識が必要なのだが……。

 それでも、ライカが鍛治師の才覚に優れていることを見通したり、ヴィーナの〝看破能力〟を察知できたりと、これまでカインはこの〝鑑定能力〟に助けられて生きてきた。


 特に、フランツ。もともと虚弱体質で引っ込み思案な彼に多彩な戦闘スキルが秘められていると見抜かなければ、何もかもが違っていた。

 彼がいたからこそ、〝ガリア大陸〟奪還の重要性に気づくことができたし、彼の伝手があったからこそ、〝回転式拳銃〟の開発にも着手できた。

 条件を揃えるのは難しいものの、〝仲間〟として迎え入れて、まだ見ぬ才能を発掘する。

 そうやって〝今〟ができたわけであり、〝鑑定能力〟がなければ何もかもが違っていた。


 ゆえに、唯一無二の信頼を寄せていたが……その神話が、ここ最近崩れてきた。

 〝スペック・スクリーン〟は〝仲間〟にしか適用できないものの、自己紹介程度でも、名札を見るかのように名前を記録することができる。

 年齢を知れば年齢も、職業も知ればその職業も、と言った具合に随時記録されていく。

 それがうまく作用しなくなったのである。

 一部が意味不明な文字列に置き換えられたり、見返すたびに表記が変わっていたり。〝仲間〟たちの〝スペック・スクリーン〟には変化はなかったものの、気味の悪い異変である。


 その異常は、ヴィーナにも襲いかかっていた。

 モーシュの側近だった彼女も〝能力者〟であり、一定の条件を満たせば事実を見抜くことのできる〝看破能力〟を備えているのだが……一連の〝フランツ襲撃事件〟においても全く頼れなくなっていた。

 〝勇者〟であると名乗ったハルトとユージ。彼らも〝コピー能力〟やら〝反発能力〟やら有し、その上で〝鑑定能力〟まで持っているようだったが、どれも弱体化を受けていた。

 キラの圧勝というのは変わらないだろうが、それでも〝勇者〟を高らかに名乗っておいて、あそこまで無様に敗北することもなかった。

 そこで、検証の意味も込めて、グリューンを〝仲間〟にしてみた。

 しかし結果は言わずもがな……〝スペック・スクリーン〟は、見ていて気持ち悪くなるくらいに乱れていた。


「俺らが変なのか、俺ら以外が変なのか……」

 問題は山積み。

 〝フランツ襲撃事件〟に手間取っている場合ではない。

 〝能力〟の不調の原因も早急に突き止めねば……。

 〝ガリア大陸〟奪還には〝能力〟は不可欠。そして、そこから先……将来確実に発生すると言われている〝怪物事変〟と対峙するには、完璧に備えねばならないのだ。

 そのためにも、まずは目の前の問題。

 カインは、改めて気を引き締めた。




 大会一日目に行われた二クラスのトーナメントとは違って、二日目の〝下級〟クラスはひどい混戦となった。

 というのも、下級騎士の参加人数は五百人以上とかなりの規模になり、そこから上位三人を決めねばならなかったのだ。

 そこで竜ノ騎士団が用意したのは、サバイバルマッチ。

 八つのグループに分けて数十人を一斉に戦わせ、それぞれで残った八人でトーナメントバトル。


 一日かけての無数の戦いは見応えがあったが、誰よりも目立っていたのはその日の審判たる〝元帥〟リリィ・エルトリアだった。

 頭に血の上った騎士同士の戦いを白銀の剣一本で収めたり、今に観客席に襲い掛かりそうな魔法を弾いたり。

 暴走した二つの魔法を〝紅の炎〟で一気に食い散らしたのは、度肝を抜かれた。


 三日目の〝上級〟クラスでは、参加人数こそ十数人と少なかったものの、拮抗した戦いは見ものだった。

 三十分と長く続く試合や、爆風と土煙で何も見えなくなる試合もあり、その都度リリィが独自の判断で介入した。上級騎士たちは実力が高いだけに、審判リリィの判定により勝者が決まる流れとなっていた。


 そうやって〝王都武闘会〟は、今日の本戦開催に至るまで、順調に進んでいたのだが……カインたちの作戦は遅々として進まず、我慢を強いられた。

 ロードンは普段通りに生活している。

 二日目の〝下級〟クラスでは家に閉じこもり、三日目は午前中のみ大会観戦。午後は逃げるように帰宅。どうやら無断出店していたのが相当ネックになっているらしく、外出もままならないようだった。

 クレイグス卿へ直接仕掛ける方向へシフトしたほうがいいかもしれない。

 カインがそう思った四日目の午前中、ついに事態が動き始めた。


「緑色の閃光に、紫と青の交互の微動……。驚き、のちに、緊張と恐怖……。ロードンが動く……ってか、たぶんクレイグス卿かその関係者と接触したな」

「ああ? キラの試合は二戦目だぞ」

「ちょ……優先度考えてくれって」


 時刻は午前八時過ぎ。

 司会のジェイによる前説の真っ最中であり、あと少しで本戦トーナメントの一試合目が始まるところ。

 まだ客席がざわざわとして落ち着かないうちに行動を開始。事前の打ち合わせの通り、三組に分かれる。

 人混みに紛れてグリューンがさりげなく別行動を始め、ライカとフランツとヴィーナはそのまま三人で行動。カインは〝ネックレス〟の反応を追って、二組を先導する。


 〝ネックレス〟が指し示すのは、闘技場の外側だった。

 先ほどまで観客席の方で反応していたはずが、どうやら誰かと接触して連れ出されたらしい。

 カインは観客席の合間に設けられた階段で一階へ降り、〝四番ゲート〟で立ち止まって周囲をざっと見渡す。


 そこは、〝肉市場〟の肉屋から多くが出店する〝王都闘技場〟北側。

 今は歩行者天国となっている〝円状大通り〟と、北側の〝歓楽地区〟からのびる〝闘技場北通り〟とが合流する位置であり、会場周辺で最も人混みがする場所となる。

 連なる出店に、それに群がる人々と、視界がヒトの波で埋まって見えづらかったが……〝闘技場北通り〟に向かうロードンの姿が一瞬だけ見えた。

 カインはその後ろ姿を追おうと、闘技場入り口から出ようとして……。


「む。ベッテンハイム殿ではあるまいか?」


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