670.破滅的
決勝戦特別仕様の入場から、これまでの試合と同様に配置につくと、会場のボルテージは最高潮に達した。
お祭りが持つ独特の雰囲気もあり、司会の声も紛れてしまうくらいの盛り上がり方である。
〈みんな楽しそうでなにより……。こっちは緊張で吐きそうなのに〉
〈またそんなこと言って。言葉にしちゃうから緊張しちゃうんだよ〉
〈うぅ……。だってさ、注目の度合いおかしくない? ちょっと前まで入団志願者だったんだよ? それが満員御礼って……。よそ行きなよ、よそに〉
〈ふふ、よそってどこよ。けどまあ、やっぱ初っ端の戦いが見応えあったからね〜。みんなキラくんが強いってことも、ドミニクちゃんがあれだけやれるってことも知らないから。ただの試験の延長線上だと思ってあれ見せられたら、そりゃあ大盛り上がりよ〉
〈他もいい試合だらけだったし……。運がいいというか悪いというか〉
〈ほら、そんなわけだから。きっちり締めよう〉
セレナの合図により、すでに試合は開始されている。
だが予想とは打って変わって、バックスは突撃してこない。野獣のような見かけとは裏腹に、想像以上に慎重である。
合図から数秒。
ちり、と首筋に走る違和感で、キラは嵌められたことに気づいた。
「う、ぇ……!」
くらりと、視界が揺れる。
〈嘘っ? ちょっと前まで志願者だったのに――〝錯覚系統〟使えるなんてっ〉
試合開始直後の様子見を逆手に取られた。
〝弐ノ型〟を使っていればすぐに気づけたものの、バックスの実力の上限を見るためにも抑えていたのが仇となった。
〝錯覚系統〟が浸透して、体が傾いていく。
みじめに倒れる寸前で右足で踏ん張ろうとしたところで、一瞬思考を巡らせた。
倒れ込むところを狙うための〝錯覚系統〟――一気に距離を積める手段を持っているはず――踏ん張ったところで反撃の猶予はない。
バックスはすでに前のめりになっている。腕を背後へ突き出し、両掌に魔法の〝気配〟を蓄えている。
そこであえて、キラは流れに身を委ねた。
バックスから視線を外さず、〝防御面〟に集中する。
〈――〝躯強化〟〉
バックスは、掌から大きな爆発を打ち出すのとともに、急接近してきた。一直線に、膝蹴りを放ってくる。
それをキラは、クロスした腕でとらえる。
不利な体勢で受けたために、衝撃は逃せない。
吹っ飛ばされて、ごろごろと転がる。が、ダメージはそれだけ――ガードした腕は痛くも痒くもない。
〈一か八か成功!〉
〈ほんっと、未完成技使うの好きだよねっ〉
エルトに怒られながらも、地面を掴んで体勢を立て直す。
むろん、バックスはガードされたのを察知して、次の手を打っている。
今度は片手のみの爆破を利用し、高速移動。
ボン、ボンッ、と二回ほど爆音を弾ませ、左側から接近。
一瞬の隙に付け入る度胸と速さ。さらにはパワーもある。
だが全てが直線的。
〝錯覚系統〟を使えるとはいえ、喧嘩の延長線上。
「――」
左手で魔法を使っている。爆破に合わせたステップでは足技も難しい。目にも留まらぬ速さではあるが、キラの目は〝人形〟たちによって鍛えられている。
そういうこともあって、顔を殴ろうとしてくる右拳を捉えるのは容易だった。
「よ」
躱して、掴んで、背負い投げ。
背中から着地したバックスは、何が起こったか一瞬わからないようだった。
「――ァァ、クソがッッ!」
だが、その競争本能の強いこと。バックスは、何はともあれ敵の排除に全力を尽くした。
その右腕から、空気も震えるような魔法の〝気配〟を感じる。
〈キラくん、逃げて!〉
エルトも思わず口出しするほどの、高威力の爆発。
キラは瞬時の判断で〝気配汲み〟で〝心音〟を探り――、
「〝インパクト〟!」
しゃにむに〝コード〟を使用した。
いまだ感覚頼りの技は、半分成功して、半分失敗した。
イメージ通りに、爆発から遠ざかることはできた。〝インパクト〟でバックスを弾き飛ばしつつ、キラ自身も後方へ大きく下がる。
あと一秒も遅ければ、地面も揺るがす魔法に焦がされていただろう。
だがその代償として、ビキビキッ、と全身に痛みが走る。
意思とは関係なく、ドグドグと心臓が暴れ出し、その気持ち悪さに吐き気もする。
体の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたようで、膝をついて倒れないようにするので精一杯だった。
それでも戦闘継続のために顔を上げ……。
「勝負あり」
しかしそこで、セレナが審判としての勤めを果たした。
闘技場の入場口から、数人の魔法使いが慌てて飛び出してくる。バックスが自分の魔法に焼かれてしまったのだ。真っ黒焦げに上に、炎に巻き付かれている。
すぐさま魔法使いたちが消火。と同時に、動揺を隠せない観客たちから〝錯覚系統〟でその場を隠す。
「ハァ……ハァ……。自滅……?」
「勝つことにこだわり過ぎましたね。これが試合で幸運でした。といっても……キラ様が相手なのが最大の不運な訳ですが」
魔法で宙に浮いていたセレナがそばに降り立つ。
〝元帥〟としての役割を全うするためにも、大会中は極力話しかけてこないのだと聞いていたが……そうも言ってられないのが、彼女の顔つきでわかった。
相変わらず表情が変わらないものの、眉が若干下がっていたり、目には僅かに涙が溜まっている。
それほどにひどい状態なのだと自覚して、キラは強がらずに尻餅をついた。
「しかし、無傷でノーダメージとはいえ、新人クラスにキラ様をこれほどにまで追い詰める者がいたとは……。あのバックスという青年は逸材なのかもしれませんね。自滅という点は大幅減点ですが」
「フ……。言い方」
「それはそれとして……。キラ様の〝覇術〟とやら、しかと拝見いたしました。最後の脱出方法は何やら不安定な〝気配〟でしたが……」
「ああ、あれはちょっと違って……。ほら、前にも話した……。ぅっぷ」
「話は後で。ともかく、医務室の方へ運びます」
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