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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第7章

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691/961

668.一分間・2

  ◯   ◯   ◯

 

 準決勝、第一試合。

 そこまで難なく勝ち上がってきたセドリックは、入場直前になって、体がガチガチに緊張していくのを自覚していた。


 何せ、次の相手はキラ。

 ドミニクが善戦して以降の試合は、全て最初の一太刀で終わらせている。

 十秒とかからなかった試合もあり、その強さが尋常でないことはもう皆が知っている。黒髪に、珍しい〝刀〟とくれば、〝英雄の再来〟と気づいたヒトも少なくないだろう。


 負けは濃厚。というより、確実。

 相手はワンチャンスも拾わせてくれない最強格。

 しかもセドリックは、まだ〝身体強化〟すら咄嗟に使えない魔法下手。

 ドミニクのように一瞬追い込むことすらできない。むろん、純粋な剣の腕で勝てるはずもないだろうことは明白。


 心の準備はできていたし、胸を借りるつもりで戦おうと思っていた。

 なのに、緊張していた。ガチガチと震えてしまう。

 試合直前というのに、戦い方や立ち回り方を考えるでもなく、その理由を探ってしまう。


 そうして、ふと思い当たることがあった。

 これが、二度目の真剣勝負なのだ。

 一度目は、〝隠された村〟で。村を飛び出したエリックを追いかけるためにも、キラに〝一分間〟の勝負を挑んだのである。

 結果は、いうまでもなかった。


 そして、おそらくは今回も。

 そんなことは分かっていた。

 分かってはいたが……嫌だった。

 たかだか一撃喰らっただけで心折れてしまうような戦いをするのだけは……あの〝一分間〟を繰り返してしまうのだけは、絶対に避けたかった。


 大会への出場を決めたのは、どれだけ自分が成長したかを証明したかったからである。

 他ならぬ、キラに対して。

 師匠として面倒を見てくれたというだけでなく、〝隠された村〟で初めて顔を合わせた時からずっと、彼は一貫して味方でいてくれた。

 キラほど強い人間に仲間が必要かどうか測りかねるが……。


 それでもセドリックは。彼に対して受け身になるだけではなく、そのそばで自分は〝仲間〟なのだと、誰にでも胸を張って言えるような人間で在りたかった。

 でなければ。エリックに鼻で笑われてしまう。


「勝つぞ……」

 入場入り口前にいるのは、セドリックただ一人。

 ポツリとつぶやいた言葉は、廊下に反響して自分の耳に入ってくるはず。

 しかし観客が沸き立つ中では、自分の声すらかき消されてしまう。


「勝つぞ」

 もう一度。

 自分に染み込ませるように。


「勝つぞッ!」

 今度は、誰にも負けないように。

 あの〝一分間〟で抱いた心意気だけは、未来永劫、見失ってはならない。

 そう思った途端に体が軽くなり、入場の合図と一緒に一歩を踏み出せるようになっていた。


「――ん。いい殺気だね」

「殺すつもりはないけどな。でも……お前に、勝ちたい」


 セドリックは剣を構え、キラは〝センゴの刀〟の鯉口を切る。

 距離は十メートル弱。互いに、自然にその位置取りとなっていた。


「よかったよ。やる気のない相手ほど、つまらないものはないからね」

 そう呟いたキラが集中力を高めていったのが、セドリックにも分かった。試合開始の合図がないというのに、もう追い詰められたかのように気圧されてしまう。

 鬼神の如き殺気。肌がビリビリと震えるほどの殺気。


 以前は臆して反応が遅れたが――、

「試合、はじめ」

 今度は、仕掛けてくるキラをきちんと見ることができた。


 その動きに無駄はなく、セドリックの練度では〝身体強化の魔法〟は間に合わない。

 頼れる武器は、〝隠された村〟からずっと愛用している剣一本のみ。


 しかし、それはキラも同じこと。

 なにやら〝雷の神力〟以外にも何か〝力〟があるらしいが――、

「あ――」

 キラが何かを使おうとしてやめたのを、セドリックは直感した。

 そこで、受け身の姿勢から攻勢へ転じる。今は亡き両親から授かった大柄な体を生かして、覆い被さるようにして突進。


 一瞬、キラの足が止まる。

 思考か行動か、ともかく隙をつけたのだ。


 好機。

 逃さず、畳み掛ける。


 キラに対して大振りは禁物――速さ重視――それをできるだけ広範囲に。

 脳をフル回転させ、考えるのと一緒に体を操る。

 右から左へ。コンパクトに、横に凪ぐ。


「ぅ――」

 それをキラは、抜刀すらせず、かがむだけで避けてしまった。

 体格差を、逆に利用された。


 避けるか防ぐか。どちらにしろ直撃はしてくれないと踏んでいたものの、思考と動きに若干のズレが出てしまう。

 少し力を入れすぎた。体が剣に引っ張られる。


 キラがその大きな隙を見逃すはずがない。

 神速の居合術が来る。


 直感――のち行動。

 足運びで重心を整え、剣を引っ張って防御に入る。


 真剣勝負とはいえ、これが殺し合いではないことが幸いした。

 キラが狙ったのは剣の方。弾き飛ばしてケリをつけるつもりだったのだ。


 それを、すんでで回避。

 折れたのかと思うほどの衝撃と痛みが腕を駆け抜けたものの、愛剣を放り投げるようなことはしなかった。


「――根性入ってんね!」

 ニヤリとして言い放つ彼に、言い返すこともできない。

 なおも、キラ優勢。だが、差はほとんどない。


 キラは刀を振り切り、尚且つ、剣を弾いた影響で腕がよそへ流れている。

 対してセドリックは、上に弾かれたのみ。両手で剣をしっかりと構えて、振り下ろせばいい。


 考えている間にも、閃きを実行する。

 が――失敗。

 キラはするりと重心を移動させるや、まるで〝センゴの刀〟の陰に隠れるようにして、防御体制に入ったのだ。


 ソリのある刃で受け流されて、地面を叩いてしまう。

 切先がめり込み、腕がジンと痺れて痛みが走る。先ほどのと合わせて、涙すら出そうだった。

 だが。まだ、剣を握れている。


 今度こそ、キラが決着をつけに動く――刀を構える速さといったらない。

 瞬き一つしている間にも、もう距離を詰めようとしている。


「まだだ――ッ!」

 その前に、セドリックは踵で剣を蹴った。その勢いを利用して地面から引き抜き、振り上げ攻撃に転じる。


 それを、キラは。

 〝センゴの刀〟を手放して。

 左の手の甲で防いだ。


「はっ?」

 一瞬で剣筋を読み、剣の腹を殴り、攻撃を払ったのである。

 そのことに気づいたのは、キラに見事に投げ飛ばされた後だった。


「ま、まじかよ……」

 負けたショックよりも、驚きが勝る。

 脳みそに、その瞬間の光景が焼き付いて離れない。

 〝元帥〟セレナが試合終了の合図をするのも、観客たちの地鳴りのような歓声も、耳に入ってこなかった。


「すげえな、今の! なんなんだよ、お前!」

 セドリックが興奮のままに立ち上がると、キラは目を丸くして見上げてきた。

「そりゃこっちのセリフだよ。ドミニクといい、君といい……成長著しいったら。最後の、も少し前だったら大怪我前提で動かなきゃいけなかった」

「へ……?」

「〝隠された村〟の時とは段違い。これで魔法使えたら……考えただけで羨ましくって、腹がたつ」

「……」


 きっと。

 戦場でキラと出会っていたのならば、最初の打ち合いで終わっていた。試合形式だったからこそ、五体無事と言える。

 だが、そうであろうとも。

 雲の上の存在だと思っていたキラ相手に、善戦したのだと理解できて……。


「————ッッッ!」

 声にならない喜びが爆発した。


   ◯   ◯   ◯


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