667.キラVSドミニク
いきなりの身内同士の対決。
とはいえ、キラは特に気にしていなかった。ドミニクと、その恋人であるセドリックも、おそらくは。
むしろ、少しワクワクしていた。
ドミニクは〝治癒の魔法〟が得意とだけあって、後方支援的な立ち回りを得意とする。
魔法の中でもとりわけ難しい〝治癒系統〟を才能で習得したとだけあって、前衛としてもメキメキと成長している。
その腕前は、すでにリーウと肩を並べるほど。
ドミニク本人の気質として、やはり後衛でのサポートが肌に合っているようだが……戦場に向かう以上、敵との正面衝突はほぼ避けられない。
そんな彼女の強さを、キラは知っておきたかった。
大勢に見られながら〝勝ち〟を要求される状況は、そう多くない。様々なプレッシャーがかかった中、ドミニクがどれほどの動きを見せてくれるのか……楽しみで仕方がなかった。
〈なんか……。こういう感覚、初めて。不思議だ……。フワフワ、ワクワク〉
〈ふふ。弟子が全力で立ち向かってくるの、わりと緊張するでしょ?〉
〈あー……。かも。ワクワクしてるのも大きいんだけど……。変に失敗したりしないかとか、それで凹んだりしないかとか、それも結構気になる〉
〈ちゃんと師匠してるってことだよ。だから下手な同情は禁物だよ?〉
〈わかってる。二人がエリックを連れ戻せるように……僕も、頑張る〉
すでに、審判セレナにより試合開始している。
キラは〝センゴの刀〟の鯉口を切るに留めて、ドミニクの出方を伺っていた。
「どう来る……?」
試験前にしたアドバイスは、無駄になった。
感覚を魔法で強化して、〝気配〟に敏感になっておく。そうすれば敵が魔法を使ってきた場合に備えることができる。
だが、今回の敵であるキラは、そもそも魔法を使えない。
だからこそ、事前の対策が困難となる実戦に近い状況となり――彼女のアドリブ力が試される。
「〝充填式〟」
ドミニクが選択したのは、得意な遠距離戦でも、教えたナイフ近接術でもない。
リーウが授け、ドミニクが編み出したオリジナルの魔法――。
「〝レッド・グローブ〟」
両拳に真っ赤な炎を灯したその様は、まさに〝燃える剛拳〟。帝都のペルーン・パニックで対敵したトーマス・マキシマと似た戦闘スタイルである。
旅の途中、少し話しただけだったが、それが彼女にとって刺激になったらしい。
あの翁ほどにガタイは良くなく、むしろ小柄だったが――かなりの迫力があった。
試験開始までの数日、セドリックとひたすらに組み手をしていたのが結果として現れている。
「――いいね」
キラはニッと笑い、駆け出す。
その瞬間に、ドミニクが右の拳を振るった。
それに〝グローブ〟が呼応。大きく膨らむや、ぼんっ、と炎の塊を吐き出す。
キラは、あえて〝気配汲み〟を選択――飛んでくる炎の軌道を目で読み取りつつ、ドミニクの〝グローブ〟の〝気配〟が膨らむタイミングを肌で感知する。
〝充填式〟の名の通り、次々炎の塊を放ってくる。
キラはそれを右へ左へと避けながら接近し――、
「――やる」
〝グローブ〟の連続膨張が途絶えたかと思うと、キラの視界からドミニクが消えていた。
〝弐ノ型〟により鋭くなった聴覚がその場所を教えてくれる――彼女は、自らが放った炎の塊に隠れるようにして移動している。
闇雲にばら撒いていたわけではないのだ。
キラは靴の底で地面を削りながら、一旦停止。
視界に映る炎の数は二十四。
こう多くては、〝気配〟の揺らぎを辿る〝未来視〟は潰れてしまう。
鋭敏になった感覚でドミニクの居場所を探ろうにも、一瞬では不可能。
炎が空気を焦がす音が、二十四個分。ドミニクの軽い体重による足音は紛れてしまう。
ただし。
方向はわかる。
左側から回り込んでくるつもりだ。
できるだけまばたきをせず、その全てを視界にとらえて、スルリと抜刀。
「ヤ――ッ」
いくつかが通り過ぎたのち、ドミニクは小柄な体を活かして、中央の炎塊をくぐって飛び出してきた。
キラはそれに対し、後退はできない。他の炎塊が背後を通り過ぎ、下手をすれば飲み込まれてしまう。
敵の動き方をも制御する〝グローブ〟の遠近両式戦闘術。
それに舌を巻きつつも、だからといってやられるようなヘマは打たなかった。
目の前に突如として敵が現れることなど、すでに〝人形〟でなれている。
一瞬でドミニクの動きを読み、突き出される燃える拳の前に〝センゴの刀〟の峰を置く。
炎の拳による一撃を防ぐ。
きっと彼女はそれも織り込み済みで、今度は逆の左拳から近距離での炎塊を放つだろう――その動きに入られる前に、キラは懐へ踏み込んだ。
「くっ――」
息を呑むドミニク。一瞬の隙にカウンターを差し込まれるのを考慮していなかったに違いない。
ただ――彼女がこれまでに積み上げてきた鍛錬が、今この瞬間にこそ、発揮された。
この一ヶ月。ドミニクはキラと幾度となく模擬戦をしたのだ。その経験値が、間違いなく彼女の反射神経に刻まれていた。
キラの一歩が届く前に。
〝グローブ〟を消し、できる限り距離をとりながら、腰からナイフを引き抜く。
まさに神がかり的。目にも止まらぬ早業。
〝センゴの刀〟が届く前に、ドミニクはナイフでの防御体制に入っていた。
「ほんと……!」
学べば学ぶだけ伸びる姿に、キラは目を細めた。
むろん。
完璧に守りに入られたからといって、攻め手を見失うということはない。
瞬時に頭を切り替えて、ナイフに刀を押し付ける。
力を込めるでも、斬りつけるのでもなく、ただグッと押す。
「……!」
ただそれだけで、ドミニクは身動きができなくなる。
退いたところで意味はなく、この至近距離では魔法への集中力も削がれる。
それがわかっていたからこそ、キラは簡単に足払いができた。
「そこまで」
〝センゴの刀〟の刃をつきつけたのと、セレナが終了の合図をしたのと、ほぼ同時の出来事だった。一瞬遅れて、観客が沸き立つ。
「ちょっと前の僕なら、詰んでたかもね」
「うそばっかり」
「……お。喜んでる」
「うるさい」
一回戦第一試合、勝者キラ。
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