666.王都武闘会、開催
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翌日。
〝王都闘技場〟にて、開会式が執り行われた。
前代未聞と言えるレベルで前日祭から力の入った〝王都武闘会〟。竜ノ騎士団が総力を上げただけあって、その期待値も跳ね上がる一方。
満員御礼、拍手喝采。地面が揺れるほどに、空を動かすほどに、初っ端からボルテージが上がる。
大会に力を入れているのは、騎士団だけではない。
エグバート王国としても、国力増強のためにも〝王都武闘会〟は大歓迎……という建前を残しつつ、元国王であるラザラスがサプライズを用意していたのだ。
それが、〝聖母教〟司教、エステル・カスティーリャの存在である。教皇カスティーリャに代わって全試合を見届けるのである。
これに興奮しない人間はいなかった。
〝聖母のタリスマン〟の所持を許可された司教は、少なくともエグバート王国ではお目にかかることはない。
〝聖母教〟の総本山である〝教国〟のみが有する特権のようなものなのだ。カスティーリャ家の人間ともなれば、その姿を見かけるのでさえもほぼ奇跡。
そうでなくとも、すでにエステル・カスティーリャは王都で人気者である。
サプライズ的に行われたローラ三世の戴冠式により、その名と愛らしさが知れ渡ったのだ。
粛然と戴冠式をこなした神々しさと、パレードに連れ出された際の挙動不審さと、人々になれない愛想を振り撒くぎこちなさとが、見たもの全ての心を掴んでいた。
そういうこともあって、若く愛らしい女王ローラ三世と、大勢の歓声にぎこちなくはにかむエステル・カスティーリャとが並び立つと、それだけで大盛り上がり。
開会式の興奮冷めやらぬうちに続くのは、盛り上げ上手な司会による前説だった。
「――さあ! ルールの確認といこうZE!」
その様子を、キラはセドリックとドミニクと共にこっそりと伺っていた。
「うわあ……。すごい盛り上がってる、上」
現在いるのは〝王都闘技場〟の〝一階外周フロア〟。
円形闘技場をぐるりと取り囲むように各控室が配置されており、その一つの〝新人控室〟で待機しているところだった。
二階、つまり頭上が観客席となっており、その興奮の度合いが直に伝わってくる。
距離の近い隣同士の会話も潰されるほどに歓声が降ってきて……セドリックは耳を近づけ、尚且つ大声で聞き返してきた。
「何だって?」
キラはもう一度口を開こうとして、しかしなおも止まぬ観客たちの歓声に諦めた。手振りで何でもないことを伝え、魔法で拡張された司会者ジェイの言葉に耳を傾ける。
「本大会は二部構成! 予選と本戦を騎士たちが駆け抜けていくんだな!」
控室には何箇所か小さな窓が開いており、そこから闘技場の様子を垣間見ることができる。普通の窓と比べれば横に広く縦に狭いが、雰囲気はすぐに伝わってくる。
「まずは予選! 各クラスでトーナメント形式で競い合い、本戦出場者を決定してもらう! 上位三人が出場権獲得者となるんだZE!」
それをうけて、キラは〝新人控室〟をこっそりと見渡した。
千人以上いた志願者がどれだけ合格をもらえたかは定かでないが……控室には二十人ほどしかいなかった。
それもそのはずで、大会への出場は任意。
強制であればもっと人数もいただろうが、騎士団で実戦経験を積んでいる〝見習い〟や〝下級騎士〟を相手に、しかも観客が多く見届ける中で戦えというのも酷な話。
すなわち、この場にいるのは合格者の中でも腕に覚えのある者たちばかり。
それでも、各々緊張していた。壁際ですましているかと思えば顔が真っ青だったり、狭い範囲でそわそわと忙しなく歩き回っている者もいる。
ベンチで深く項垂れていたり、あるいは神に祈りの言葉をささげていたり。
平気そうにしているのはバックスくらい。騎士に志願したとは思えないほど尖った顔つきで壁際で座り……目が合うとギラリと威嚇してくる。
〈怖いんだけど……〉
〈子犬がよく吠えるのとおんなじよ。へーきへーき〉
〈それにしてもトーナメント戦か……。セドリックたちと戦ったりするかな?〉
〈そしたら全力あるのみだよ。やりにくいとかは関係ないんじゃない?〉
〈うん……〉
〈……もしかして。今更人前で戦うことを意識したの?〉
〈ぅんぐ……。やだなー……とは思う〉
〈この大会で〝元帥〟まで駆け上がる人間が、そんなこと言うもんじゃないの。しゃんとしてなさい。誰も文句なんか言わないわよ〉
〈そうは言ってもさ……。なんか……こう……見栄え的に? 例えば自称勇者たちと戦ったみたいに……まあまあ一方的になったりするじゃん? そしたら……〉
〈もうっ! グダグダ言わない! 強さを見せるための大会で、どっちが強いかを知る戦いなの! みんな覚悟はあるわよ――みくびらないように〉
〈……そっか〉
確かに、とキラは納得して、気を引き締めた。
「そして肝心のルールは、レフェリーありの決闘形式! 予選では一本先取、本戦では二本先取でバッチバチにやり合ってもらうんだZE!」
ちらりとセドリックとドミニクの方を伺うと、二人とも固唾を飲んで司会ジェイのルール説明を聞いていた。
「なお、レフェリーの判断は絶対! 勝ち負けに引き分け、中断諸々の判断はすべて委ねられる! ある程度の抗議はいいが、逆らうなんてバカしちゃいけないZO――なんたって、レフェリーには〝元帥〟がつくんだからYO! 今回は……セレナ・エルトリア!」
観客の熱狂度は今日何度目かの最高潮に達し、〝新人控室〟も一気に盛り上がった。試合前の張り詰めた空気が、一気に色めき立つ。
バックスだけは微動だにしなかったが、他は緊張も忘れて小窓に駆け寄った。キラはセドリックとドミニクを引っ張って隅の方に移動して、難を逃れる。
「やっぱ……。人気者なんだ」
「そりゃそうだろ。キラはそれが普通になってるかも知んないけど、俺らからしたら幸運の象徴みたいなヒトたちなんだぞ、〝元帥〟って。騎士団入ったとしても、王都に配属されなきゃお目にかかれないんだし」
「ああ、そうか……配属先ね。セドリックとドミニクはどこになるんだろ?」
「希望はもちろん王都だけど……。そう上手く転ぶかどうか。誰かさんが〝元帥〟にまで到達すりゃあ、話は変わってくるんだろうけど?」
「お、言うね」
「実際……。どうなんだ? キラのレベルになると、何が何だかもうわけわかんなくって……。一回、なんかすげえ凹んでた時があったけど……」
「あれは……クロエに負けちゃったから。けど、もう対策はした――次は勝算が見えてる。だから、この大会でどんな魔法使いが来ても大丈夫。のはず」
「期待してるぞ。っていうのも、俺が言うのもあれだけど……」
「わかってるよ。なんだかんだ言って……僕もエリックを焚き付けたみたいなとこもあるだろうし。二人だけでは行かせないよ」
「ありがと」
セドリックがそっと突き出してきた拳にグーでタッチをして、続くドミニクの視線を受け止め、彼女にもチョンとグータッチをする。
〈今の……。〝魅了〟、平気だよね?〉
〈……たぶん。変わりないようには見えるけど……ドミニクちゃん、表情の変化が薄いからなあ。けど、〝魅了〟にかかったら目つきが明確に変化するから……〉
〈接触の度合いにもよるのかな?〉
〈かもね。けど本格的に検証していかないと……。キラくんが女性不信みたいになっちゃう。ほんとは真逆の〝妖力〟持ってるのに〉
〈皮肉だ……〉
なおも重くのしかかってくる問題にキラはため息をつきそうになり……司会ジェイの勢いある声で、何とか喉の奥に押し込んだ。
「さあ! では早速予選トーナメントを開始するZE! まずは〝新人〟トーナメントーーもうすでに試験に合格した新米騎士たちの真剣勝負だ! 入団直後の大舞台、全力応援で頼むZE!」
キラは、扉付近のボードに張り出されたトーナメント表をちらりと見た。
「あ……」
第一回戦、第一試合。
「キラVSドミニク! 準備よろしくぅ!」
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