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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第7章

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665.主導権

「――キャア!」

 前方から聞こえてきたのは女性の声。フランツでもグリューンでも、ましてやチンピラの声ではない。


「ハァ、ハァ――どけぇ!」

「通して、すみません通して! ――待て!」

 続けて聞こえてきたのは逃走劇。

 豚の鳴き声のような醜く必死な声と、人混みの中でもよく通る張りのある声。何かトラブルでもあったのか、巡回中の騎士に誰かが追いかけられているようだった。


 前方のざわめきは大きくなり、

「ってぇ……!」

 それに紛れて、グリューンがうめく声が聞こえた。


 カインがヒトをかき分けて進んでいる間にも、事態は進み……。

「クリーブ・ロードン……!」

 もう少しで騒ぎの中心に届くというところで、グリューンの呆気に取られた声が届いた。唐突な事態に、カインも足を止めてしまう。


 そんな時に、もう一人の声。フランツが小さく叫んだ。

「あ……! ジョンが……!」

 どさくさに紛れてチンピラが逃走を図ったようだった。

 酔いは完全に回っていたものの、元々そういったことに強い体質なのか、動くことはできたらしい。

 たかが酔っ払いなどさして苦労もなく捕らえられようが――状況が混乱を呼ぶ。


 ヒトをかき分けたその先の光景が、一瞬にしてカインの目にも飛び込んできた。

 クリーブ・ロードンが現れたことで、少しだけ円形の空間ができた様子。汗だくな肥満男に蹴飛ばされて尻餅をつくグリューン。奥の方へヒトに揉まれながら逃げるチンピラのジョンと、それを唇をかみしめて見届けるフランツ。

 竜ノ騎士団の騎士はまだロードンに追いつけていない。人ごみに流されそうになっている。


 ロードン捕獲の絶好の機会。

 だが、ヒトの注目を集めすぎている。


「〝風、吹いてくれ〟」

 そこでカインは最大限に頭を回し、〝ことだま〟を呟いた。

 脳みそと空気中の〝魔素〟が直接繋がったかのように。イメージがそのまま〝魔法現象〟として現れる。


 集まる人々の頭を撫でるかのように、強風が通り抜けた。

 皆、たった今起きている騒ぎに注目するどころではなく、頭を押さえたり目を瞑ったりして、風をやり過ごす。

 その隙に、もう一つ〝ことだま〟。


「なんだよ、〝酔っぱらってんの〟?」

 そうやってロードンに〝錯覚系統〟をかけて、〝ムゲンポーチ〟から引き抜いた〝クリアマント〟を被せる。

 モーシュの〝三種の神器〟はその機能を遺憾なく発揮し、使ったカインでさえもロードンがどこにいるのか一切見えない。

 ただ、それで取り逃すようなことはせず、ロードンの重い体を抱えた。


「フランツ、グリューン、手伝ってくれ。風が続いてる間に、裏路地に……」

「……それが最優先か。つっても見えねえんだがよ」

「何となくわかるだろ。ほら」

 三人がかりでも重たいロードンの体を何とか裏路地にまで引きずり、ほっと息をつく。


 だが、そこで一休みできるほど事態は軽くはなかった。

 ロードンが追われているのは竜ノ騎士団であり、その理由はもちろん無断出店。

 それなりに人手をかけ……それを〝クリアマント〟と〝錯覚系統〟とで何とかやり過ごしながら、時間をかけて宿にたどり着いた。


 とはいえ、また酔っ払いの友人として連れて入ることもできないため、ここでもまたスニーキングに注力した。

 そうして実に一時間以上もの時間を費やし……。


「本当に……。状況が目まぐるしく変わりますね……」

 ベッドにごろりと寝転がり、ヴィーナの膝枕を満喫しながら、一連の気苦労を癒す。気を抜けば意識が飛びそうで、カインは声を出すことで何とか起きていた。

「チンピラたちの様子は変わり無かったんだよな?」

 その問いかけにはライカが答えてくれた。一旦部屋の隅の方に寄せて集めたチンピラ三人を顎でさす。


「もちろん。一ミリたりとも動いてないわ。なんたって、私とヴィーナがいるんだから」

 現在、部屋の中央にいるのはクリーブ・ロードン。手足を縛って、念の為猿轡も噛ませて、座らせている。


「おい、カイン。お前が尋問するんだろ。いつまで寝そべってんだよ」

「も、もーちょい休ませてくれよ、グリューン。ってか、お前どんだけタフなの。フランツなんてもうぐうすか眠ってんのによ」

「そっちがヤワなんだろ。俺は普通だ。そんなんじゃあ、キラを仲間に引き抜こうったって無駄だ。途中でついていけなくなんぞ」

「うっせ……。俺だって、あんな張り詰めた状況じゃなきゃ……」

「あのな。どういう仕組みだか知らねえが、そのやたら強力な〝ことだま〟に振り回されすぎだ。最低限を知れっての」

「ぬぅ……! 正論で言い返せねぇ……!」

「ってわけで、ほら、尋問開始。疲れてた方が余計な力が入らなくて済む」

「鬼教官かよ……」


 カインは仕方なくヴィーナの膝枕から離れて、ベッドの端の方ににじりよる。

 膝に肘を置いて気だるげな体を支え、前のめりになってライカに合図をする。


「おっさん。〝俺の聞くことだけに答えろよ〟」

 猿轡を解かれたロードンは、唾を吐いて何やら罵ろうとしていたが、コヒュ、と喉を鳴らすにとどまった。

「何で俺らを狙う? 刺客を差し向けたよな?」

 ロードンは喉をくぐもらせて抵抗したが、〝錯覚系統〟はその程度では破れない。本人の意思に関係なく、ぽろぽろと言葉が漏れていく。


「王国を……あるべき姿……真なる自由を……。うぅ……。〝ロードン商会〟を……頂点に……。そういう……約束だ」

「ふん……? それと俺らがどう関係してんだよ?」

「国際問題にすれば……。外交問題にかかり切り……。内部の崩壊には……気付けない」

「無断出店して追いかけ回されてたやつの考えとは思えないほど、しっかりと策略してんのな。それが通るかは別として」


 その瞬間、ふとグリューンの視線に気がついた。ロードンを睨みつけていると思っていたところへ目があったため、不意に見返してしまう。

 ただ、何かがあったわけではないらしく、グリューンはロードンの方へ目を向けた。

 少しだけ不思議に思いつつ、カインは尋問を続けた。


「お前が考えたんじゃないだろ? 上がいるはずだ。約束がどうとかいったよな」

「うぅ……。ぐ……」

 それだけは口外したくないのか、ロードンは必死に抗っていた。

 だが、そのブクブクと肥えた体つきを見るに、欲望に忠実な男である。そのための努力も惜しまないだろうが……だからといって、圧力に耐え切れるような根性はなかった。


「ク……。クレイグス、卿……。全て、は……指示……」

「ってことは……。そのクレイグスってのも、〝反王国派〟ってやつの一人か。――この際洗いざらい話せよ。他に何をやった?」

「金で釣って……海賊行為をさせて……。リヴァーポートでは……反乱軍を……」

「……だってよ?」

 ちらりとグリューンを伺うと、少年はロードンの話に集中していた。腕を組んで、顰めっ面で記憶を探っている。


「リヴァーポート……。キラ周りの報告書のどれかで見た気がする……」

「お前……。ストーカーか?」

「バカいえ。俺はただ全部を知っておきたいだけだ。――思い出した。〝黄昏事件〟の時に、ミテリア・カンパニーの連中が〝反王国派〟を気取る連中と遭遇したんだったか……。海賊行為ってのは覚えがないが……似たようなもんだろ」

 色々と気になる言葉が出てきたが、カインは少しの疑問でさえも押し殺した。

 〝反王国派〟のクレイグス卿。〝フランツ襲撃事件〟はすでに収束したようなものだが、そのクレイグスとやらを捕えることができれば……。根本的に解決するだけでなく、王国との交渉に有利な状況を作れる。


「……よし。もののついでに、そのクレイグスってやつをとっ捕まえてやる。それで全部にカタがつく」

「これで大会を観られると思ったら……。策はあるんだろうな?」

「大丈夫だって。キラの試合には十分に間に合う。……多分」

「期待できねえな。聞いてから判断する。こっから先は、わざわざ面倒ごとに突っ込むだけだ……無茶と思ったらやめさせる」

「いいぜ。こいつをつかって――」


   ◯   ◯   ◯


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