664.チンピラ
「しかし、グリューン、お手柄だな」
「まあ……。キラがやったからな」
「へえ! そりゃまたすげえ偶然。そのまま協力してもらうって手も――」
「ねえな。ありえねえ。俺が許さん」
「食い気味に否定すんじゃん……。なんでだよ? あの人の手柄なんだろ?」
「あいつは大会に出るんだよ。すでに竜ノ騎士団〝見習い〟だ」
「げ、マジか……」
「んで、順当に勝ち上がって〝元帥〟になる。その邪魔をする奴は、誰であろうと許さない。そっちの都合でトラブルに巻き込むんじゃねえよ」
「はいはい、わかったよ」
軽く言いはしたものの、カインには重い事実だった。
キラがまだエグバート王国の一般市民だったならば……たとえ〝ゴールドクラス〟冒険者だったとしても……まだ仲間に誘えた。
〝ガリア大陸〟の奪還から、さらにその先……。友達として、助けて助けられる関係が強固になる未来もあった。
が、正式に竜ノ騎士団の人間となってしまったら、話は変わる。
〝元帥〟という立場が騎士団内でどれほどのものかは不明なものの……〝元帥〟キラの言葉と行動は、彼のものだけではなくなるというのは確か。
他国の作戦行動に力を貸すとなると、それがそのままエグバート王国の意思とみなされても何らおかしくはない。
ということは、キラがキラの意思で奪還作戦に参加するのは実質不可能であり……彼の力を借りたいとなれば、オストマルク公国の大使としてエグバート王国や竜ノ騎士団を説得しなければならない。
友達として頼るより、断然ハードルは上がる。
そうとなると。
〝伯爵〟フランツ・サラエボの安全……〝アンチ王国〟の存在に、王国貴族……。思った以上に複雑な事情が絡み出したこの〝フランツ襲撃事件〟、なおさら物にしなくてはならない。
「ボクが気がかりなのは……」
そう切り出したのは、隣のベッドでぴょんと跳ね起きたフランツ。
「そこの四人、ただのチンピラにしか見えない、ってことなんだよ」
カインも薄々気づいていたことには、グリューンがすげなく答えた。
「どうせロードンが適当に雇ったんだろ。〝反王国〟的な思想やら、無許可で出展してる傍若無人さは置いといて……表向きは名の通った商人だ。使い慣れた手下より、使い捨てにできる木っ葉の方が色々やりやすい」
「あー……。もし万が一、色々と事情の知ってるであろうあの刺客たちが捕らえられたら、自分の悪事が諸々ばれるもんね……。金で雇っても、〝錯覚系統〟で自白させればいいけど……例えば正体を隠して接触してたら、証拠がない限り知らんぷりできるし。なんなら始末できる。えげつないなあ」
「どの世界でもクズはそんなもんだ。それに群がるのもゴミ……汚ねえ循環ができるってことだな」
「き、君も歳の割にえぐい言い回しするね」
「悪かったな、貴族サマ。嫌なら目も耳も塞いでろ」
フランツへのきつい言い方に、カインは怒るよりも興味が湧いてしまった。
まだ十三歳の少年の身に何が起こったのか。そして、誰にでも噛み付くような生意気な性格でありながら、なぜキラにだけは全幅の信頼を置いているのか。
その関係性を紐解くことができたならば……。〝ガリア大陸〟奪還に向けて、キラの力を借りれるかもしれない。友達として、あるいは……。
そこまで考えたところで、ピキリと糸の張るような頭痛が走った。瞬間的に何かを思い出しそうになるものの、いつものように雲の如く掴めず、消えていく。
「カイン、大丈夫?」
「また例の頭痛ですか……?」
「もしや……。ちゅーが必要なのでは……? ミュミュミュ……」
敏感に体調を察知して心配してくれる三人。どさくさに紛れてベッドに乗り込んでくるフランツを押し除け、カインは平気なふりをして起き上がった。
「ライカもヴィーナも心配しすぎ。ただの偏頭痛だっての。フランツ……お前、それ……呑気すぎだろ」
「元気になってもらおうって思ったんじゃん〜」
「はいはい、ありがとよ」
カインは苦笑いしつつ、靴を履き直した。
借りた大部屋は、八つのベッドが半分に分かれて並んでいる。部屋の中央にはテーブルやら食器棚やらクローゼットやら柱時計やらが集約され……空いたスペースに、四人のチンピラが転がっていた。
「捕らえたはよかったが……手がかりを持ってないんじゃなあ。しかも元々七人いたってことは、逃げた三人がロードンに報告してるだろうし……」
カインが呟くと、グリューンが間を詰めるようにして問いかけてきた。
「報告っつっても、『キラに一方的にのされた』って事実があるだけだ。まだ俺らが囮作戦を仕掛けたってことはバレてない。やりようはある」
「ん……? 言われてみりゃ、そうか。要はこいつらが勝手にヘマしたってだけだもんな」
「ロードンにしてみりゃあ、目的を達成する以前の大問題だ。そこにのこのこチンピラが戻ったら……どうなる?」
「そりゃあ怒鳴り散らすだろう。……ああ!」
「ただでさえ人間違いっつう失敗に腹が立ってんのに、それを大衆の面前で知ったらどうなるか? 例えば、フランツがこの中の一人と仲良さげにやつの店の前に立てば……絶対にボロが出る」
「んん……! 意趣返しとしちゃあ、最高だな!」
「なら、とっとと行動に移すぞ。今は八時……十時になれば、催し物が全部終わる。もうこの時間帯がラストピークだろ。人目があるうちに仕掛けたい」
「だな。じゃあ……。一人だけでいいから……」
「一番右端のでいいだろ。そいつを俺とフランツがロードンの出店へ連れていく……おどしながらな」
「俺も加わりたいが……遠くから様子を見ておくだけにした方がいいかもな。ライカとヴィーナは、他の三人の見張り。そんな感じでいいんじゃないか」
痺れが解けてきたチンピラたちはともかくとして、皆異議はなかった。
ジョンと素直に名乗ったチンピラ男に〝錯覚系統〟をかけて、本当に酔い潰させる。
チンピラにしては意外と華奢な青年をフランツが支え、グリューンが先導する……その様子は、まさに酔い潰れた友人を何とか介抱しているところだった。グリューンも、親戚の子どものようにはしゃいでいる。
カインは普段とはまるで違うグリューンの姿に吹き出しそうになりながらも、その後ろ数十メートルをついて歩いていた。
「ほんと……人通りすげえな」
チンピラのジョンを送りつけるためには、裏路地を通る必要はない。
むしろ、周囲が見返すほどに酔い潰れた姿を見せておく方が、ロードンへの一撃が重くなる。
そのため、宿を出て主要な通りを経由して、歩行者天国となっている〝円形大通り〟に入る。
目論見は大当たり。人混みのためにフランツたちの姿は見えないものの、すれ違うヒトたちの話し声でよほどの酔っ払いが前にいるのだと確認できる。
「ロードンがどう出るか……。乱闘は起きねえとは思うけど……」
万が一に備えておかねばならない。
モーシュが出立前に与えてくれた〝三種の神器〟の一つ、〝ムゲンポーチ〟に手を伸ばす。肩掛けバッグの中に潜ませたそれに手を差し入れ、剣があることを確認しておく。
今や回転式拳銃のほうが使いやすいものの、人混みや接近戦となると、やはり剣が一番の頼りとなる。
出番がないことを祈るしかなかったが――そううまくことは運ばなかった。




