660.縁の下の力持ち
「――んで、そっちは? ミリーちゃんはどうだった?」
まだ他のグループは騎士団の試験にかかりきりらしく、人通りはほとんどない。
たまに前日祭を堪能した酔っ払いがふらりと入り込んでくるものの、巡回している騎士によって正され、あるいは介抱される。
竜ノ騎士団が関わっているということもあって、ゆったりとした時間が流れていた。
「わたし……。なにもできなかったです……」
しゅんとしてうなだれ、小さな手で握り拳を作るミリー。
まだ十一の少女の悔しそうな様子に、セドリックはドミニクと顔を合わせた。
「竜ノ騎士団が温情で入団させるとは思えないけどな」
「そ。ミリーには間違いなく素質がある。確かに最初は何もできなかったかもしれなけど……最後の問題には一番に答えてた。あれで、いい」
セドリックもドミニクと同じように一人っ子。同じようにして親を亡くして、恋人でなければ生涯一人きりになるところだった。
だからこそ、ドミニクが妹を思うかのようにミリーを撫でているところを見ると、何ともいえない気持ちになった。少し、泣いてしまいそうになる
「ちなみにさ」
セドリックは不意に訪れた感情を抑えるようにして話した。
「俺は色々隔離すりゃいいんじゃって答え出したんだ。〝疫病〟がテーマだったからな。……あれ、おんなじ問題だったか?」
「たぶん、同じ。私は治療方法を探すって答えた。打つ手はないって言ってたけど、学問は進化する。だから、それが未来永劫変わらないってことは絶対ない」
「お〜……。で、ミリーちゃんは?」
ドミニクに続いてその頭を撫でると、ミリーは顔を上げていった。
「わたしは……。みんな、焦らないように、冷静になって、って……。じゃないと、病気と戦えなくなるからって……。それだけ、です」
「おお……そうか。そうだよな……。問題を解決するんだったら、まず冷静さが必要だよな。解決方法も大事だけど、場を整えるのだって騎士の仕事なんだしよ。すごいな……たぶん、キラにだってなかった発想だぞ」
「そう……? そうかな……?」
「おう。だから落ち込む必要ねえって。……その点で言ったら、俺ら不合格だし」
「……? どういうこと、ですか?」
「やー……それが……。俺とバックス、問題が出されてからずっと喧嘩してたんだよ。他のヒトたちがフォローしてくれたからよかったけど……そうじゃなかったら、絶対やばかった。冷静の〝れ〟の字もなかったな」
セドリックが笑い飛ばしていると、ドミニクがジトッとした目つきで刺してくる。
「笑えない冗談。そんなことで落ちたら、キラに申し訳ない」
「ぅぐ……。まあ、いいじゃんかよ。これで俺ら、晴れて竜ノ騎士団〝見習い〟だぜ? あとは祭りを楽しむだけだっ」
「はあ……。まだ大会が残ってる」
「それも込みだろ? せっかく合格したんだから、余韻に浸らなきゃな」
セドリックは、エリックとニコラのことを思い浮かべ……ミリーの手をとって小走りに先をゆくドミニクのあとを追いかけた。
◯ ◯ ◯
〝王都闘技場〟の周辺は、それはもう大盛り上がりだった。
前日祭。その夜を飾るのは、百を超える踊り子たちのステージ。彼女らの艶やかな踊りに添えるようにして音楽が奏でられる。時にゆったりと、時に激しく。
詰めかけた観客たちもノリノリだった。最前列ではともにリズムを刻み、その後ろではタイミングを見計らって歓声で盛り上げる。
人混みが苦手なキラは、串焼きやらおにぎりやら〝お肉サンド〟やらを買い食いしながら通り過ぎるだけでよかったが……エルトがそれを許してくれなかった。
体を勝手に操られ、人ごみを掻き分け、何とか踊り子たちが見える位置に陣取る。
キラとしては早いところ退散したかったが、エルトの頼みは断れず……。ともに踊り子の踊りに見惚れ、ともに音楽に聞き入り、時には歓声をあげたりもしてみた。
ひとしきり楽しんだところで踊り子に手を振りながら次へ。
路上パフォーマンスを行うマジシャンも負けじと注目を集めており、〝首ちょんぱパフォーマンス〟やら〝胴体真っ二つパフォーマンス〟やらで沸かしていた。
魔法の〝気配〟もせず、あまりにタネが分からなかったために、キラは一瞬刀を抜きかけたくらい。慌てたエルトに止められたものの……実際斬っていたらどうなったのかと、多少本気で考えていたのも事実だった。
他にも小さな舞台を開いていたり、大道芸人がパントマイムで摩訶不思議な空間を生み出していたり。それまで食べ物にしか興味なかったキラも、いつの間にかエルトと一緒になって楽しんでいた。
〈あ〜……。食い過ぎたかも〉
「げふ」
〈下品! ってか、どこ歩いてるかわかってるの?〉
〈ん〜……? わかんない〉
元から〝王都闘技場〟をぐるりと一周するようにして回ろうという話はしていた。
ライトアップされている闘技場は世にも神秘的。等間隔に剣闘士の石像が柱として闘技場を支え、まるで巨人たちの集会にでも立ち会っている気分になる。
事実、魔法の光により色彩豊かになった石像は、今に動きそうなほどにリアル。
それを見ながらゆっくり歩くだけでも楽しく……そうしているうちにヒトの波に飲み込まれ……見覚えのない路地裏に吐き出されたのである。
背後を向けばヒトの波が流れており、到底戻れるものではない。そういうわけでとりあえず進んでみたものの、見事に迷ってしまったのである。
〈まあ……。闘技場でかいから。適当に歩いても戻れるでしょ〉
〈それはそうだけど……。セドリックくんたちはいいの? そろそろ戻ってくるんじゃないの?〉
〈おー……。そういえば。じゃあ、とりあえず闘技場の方に向かって……〉
キラはきょろきょろとあたりを見回した。
四方八方建物で塞がれ、ろくに視界を確保できない。三本の小道が交わる三叉路であり、均等に分かれる道の先を見てもどこにつながるかは分からなかった。
ただ、真っ黒な夜空では、たびたびライトアップの魔法の光や打ち上げられた花火が美しく輝いている。
それを頼りにして、折れ曲がる道に入る。
中央に一本の樹木と花壇とを据える小さな広場に繋がっており、キラはそこで目印の確認のために立ち止まった。
今度は五叉路。左側の道ということは花火の上がり方で区別がつくものの、それでも三叉にしか絞れない。
「んー……。左か、真ん中か、右か……」
左の道から誰かが来ている。ヒトが来ているということは、〝王都闘技場〟につながるのかもしれない。
そういうわけで左の道に向かおうとして……。
「ん……?」
キラはほぼ無意識に背後を振り向いた。
嫌に耳につく足音が聞こえたのである。自分の存在感を知らせたいような、そんな自己顕示欲に溢れたザッザッという耳障りな音。複数人……七人分。
薄暗闇の中で見えたのは、チンピラたちだった。ビール瓶やらタバコやら葉巻やらを手に、祭りにでも酔ったかのように楽しそうに駄弁りながら現れる。
その一人、先頭にいるモヒカン頭と目が合った。




