659.正反対
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〝北の三番〟にて、キラが一番早くに帰ってきたのは、実を言うと大きな衝撃だった。
試験開始からものの一時間での合格は騎士団史上最速……しかも、グループで複数人が合格したのではなく、たった一人のみの到達。
後の騎士団の歴史に〝北の三番の伝説〟として語り継がれるほどの事態であった。
というのも、この〝置き去り試験〟は過去にも実施されている。
どのグループも事前の説明はなく、『大会前に王都に戻るように』という指示が残されるだけ。
これに対してキラは、考えうる最速最短のルートを秒で導き出した。
不審な鞄を見つけ、入っていた手紙と小瓶から意図を見出し、近くに町があるものと推察する。危機的状況への対処能力の高さからある程度の説明を受けてはいたが、そうでなくとも結果は変わらなかった。
本来ならば、ほぼ全てのグループが崩壊する。
いつの間にか気絶していたと思ったら、森か山か荒野か、どこかも知れぬ土地で目が覚め。
共にいるのは顔を合わせたばかりの、あるいは意識もしていなかった志願者たちだらけ。一人二人は知り合いがいたとしても、ほか十人以上は赤の他人。
殴り合いの喧嘩が始まってもおかしくはなく、ある種のリーダーシップを発揮したセオドアなどはむしろ〝当たり〟の部類ではあった。
まとめ役も制止役もいないグループは、そこで強制終了ということも……。
運良く何もなかったとしても、カバンから見つかる指示書の内容に絶望する。
どうやって王都から遠く離れた場所に移動させられたかもろくに考えられず……手当たり次第に周囲の探索に時間を費やし、夜を迎えてしまう。
そうして不安な気持ちを抱えて一晩を過ごし、陽が登る頃に近くに町があると気づくのだ。
それが普通であることを考えると、キラの試験時間などあってないようなものであり――セドリックもまた、かなりのスピード解決といえた。
「そりゃ暴論だろうが、バックス! 隔離すりゃいい話だろ!」
「あァッ? テメェこそ頭湧いてんのか! 感染力が低けりゃここまで大事にャなってねェんだよ!」
「だからって……! 町燃やすとか正気かよ!」
「病気持ちを殺すとまでは言ってねぇだろうが! 何が感染源かわかりゃしねぇんだぞ――死体すら残しておけねぇだろうが!」
「だから! 何があったか調査しなきゃ元も子もないだろっ? またどこで疫病が発生するかわかんないんだぞ! 病人を隔離して、遺体も調べて、そこでようやくだろ!」
「徹底しろっつってんだよ! 病気には潜伏期間ってのがあんだろうが! それすらわかってねェ奴が隔離とかヌかしてんじゃねぇよ!」
「この脳筋ストレート野郎……!」
「やんのかクソ雑魚!」
キラが祭りで呑気に散財している頃。
セドリックはバックスと掴み合いの喧嘩をしていた。
〝第二回ポイント大調査〟で徹底的に噛み合わなかった二人が、なんの因果か同じグループに配置されたのである。
当然のように最初からいがみあっていたのだが、良くも悪くもそれが相乗効果を生んだ。
時折殴り合いにまで発展して進行を遅らせる一方で、互いに負けたくない一心で解決策を導き出したのだ。
〝北の三番の伝説〟と張り合うほどの快進撃。
だがそれも、〝疫病との戦い〟をテーマにした試験で頓挫した。各々の信ずるものを問う課題に、意見が真っ二つに割れてしまった。
ちょっとした食い違いから言い争いになって三十分。
このお決まりのような光景に慣れきってしまったグループメンバーは、もう止めることなどはせず、互いに〝疫病との戦い〟について議論していた。
意図せず不協和音を生むセドリックとバックスがいたからこそ、グループの他の十三人が結束するという、側から見れば皮肉な結果である。
キラ一強となってしまった〝北の三番〟グループと打って変わって、〝南の一番〟グループは全員合格。
終始足を引っ張っていたセドリックとバックスも、なんとか無事に〝見習い〟として認められる形となった。
約二時間。〝北の三番の伝説〟に次ぐスピードクリアとなった。
「ほんと何なんだよ、バックスのやつ……! 町燃やした後のこと考えろよ」
試験終了から一時間。〝転移の魔法〟の影響やら〝錯覚系統〟での催眠やらでぐうすかと眠っていたセドリックは、寝起きの自分の一言で不機嫌になっていた。
悶々としながらベッドで転がること三十分。午後八時をすぎようかというころ、窓の外から流れてくる陽気な音楽を耳にして、ぱっと起き上がった。
「あーっ、もう気にしねぇっ。念願かなって竜ノ騎士団に入ったんだから……。実感ないけど」
ベッドから抜けて、ぐ、ぐ、と体を伸ばしつつ、窓のそばによる。
〝南の一番〟の最上階である五階の部屋ということもあって、さっそく窓を開け放ってしまうくらいにいい景色だった。
窓いっぱいに映るのは、巨大な円形闘技場。旧エマール領〝リモン〟にあったそれとは違い、造りもその大きさも比較にならないくらいに素晴らしかった。
普段はそっけないであろう砂色の闘技場は、〝王都武闘会〟前日祭の催しか、魔法で派手にライトアップされていた。
闘技場を支える石柱の代わりとなっている巨大な剣闘士の石像が、今にも動き出しそうなほどリアルに彩られている。
周辺では花火が上がり、それに合わせて陽気な音色が風に乗って流れてくる。
「闘技場でもなんかしてるっぽいなあ……。みんな誘って遊び行きたいけど……」
部屋で大人しくしているべきか。花火を見ながらぼうっと考えていると、下の方から何かが飛んできた。開いた窓に光の玉がコツンと当たって霧散する。
通りを見下ろすと、ドミニクとミリーが手を振っていた。
「おー! 二人とも宿に帰ってきたのか?」
「そう。合格だって」
いつものドミニクの愛らしい声は、五階という高さやら祭りの騒ぎやらで紛れてしまう。
セドリックは一層声を張って待つように指示をし、急いで部屋を出た。剣と財布入りのバッグを一緒くたに肩に背負って、宿の中を駆け足で降る。
「ごめん、なんて?」
二段飛びで階段を駆け下りたとはいえ、五階分はなかなかの運動量。しかも途中で宿に配置された上級騎士に呼び止められて軽い説教を受け、ゆっくり降りたのとさほど代わりない遅さで二人と合流した。
「私もミリーも同じグループで、一緒に合格。セドも、宿に帰ってきたならそう」
「事前説明の通りだったんだな……よかった。キラは?」
「それが……。試験開始一時間で終わったんだって。途中、リリィさんに会って聞いた。しかも、一人だけ合格。だから、一足早く出店を楽しんでるみたい」
「うぁ……マジか。すげぇ。けど……一人だけ合格かあ」
「まあ、協力は苦手そうだけど……。でもこれは試験で、冒険者ギルドの依頼とは全くの別物だから。受からない方の問題」
「って考えると、俺はラッキーだったかも。バックスと一緒になってよ……ずぅっと言い合いになんの。けど……グループ全員合格だった」
「ある意味、それもすごい。二人がダメダメだから周りが頑張ったんだろうけど」
「だ、ダメってことはねえよ……。俺の手柄もいくつかあるんだぞ」




