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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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67.片手間に

 外に出た途端、闇夜を駆け抜ける”波動”を感じ取った。

 覚えのある感覚に肌がざわつき、リリィは一目散に駆け出した。

 自らに魔法をかけ、跳ぶ。第二師団支部の裏手に広がる『リボンの森』にとびこみ、手頃な木を見つけては、その先端の枝を足がかりに跳躍を繰り返す。


 どこから波動が届いているのか、探さずとも分かった。

 皮肉にも明るい満月と満点な星空の下、『リボンの森』の原点たるフム山とアル山の狭間にて、不気味にうごめく影があった。

 月に向かって吠えるそのさまは、第一師団支部”アリエス”での光景と酷似していた。


「本当に――規格外ですわね!」


 敵への憎々しさを思い出し、リリィは奥歯を噛み締めた。

 跳躍して、跳躍して、跳躍する。

 木の枝に着地するたびに、力をつけて勢いよく空中へ飛び出し。両の掌を背後へ向けて、”紅の炎を爆発させ。伸ばした距離の先で、さらにスピードに乗る。

 そうしてものの数分で、森の先で繰り広げられる戦況を確認できた。


 リリィの想像通り、巨大ゴーレムと戦っていたのは第二師団師団長レーヴァのみだった。

 騎士団でもずば抜けた身体能力と動体視力を駆使して、二つの山の間を縦横無尽に飛び跳ねている。

 山の麓や崖や頂点で、彼女の配下の騎士たちが控えているものの、飛び散るゴーレムの残骸の後始末に追われるに留まっている。


「効きが薄いですわね」


 リリィは戦況を即座に見て取り、レーヴァとゴーレムの戦いを瞬時に分析した。

 レーヴァのスピードに、ゴーレムは後手に回ることしかできていない。

 石塊の頭が振り向いたときには、レーヴァの姿は懐に潜り。叩き落とそうと手が動けば、土の腸がその強烈な蹴りでえぐられ。あまりの衝撃に身体がぐらつけば、すでに次の一手が打たれている。


 攻撃の手数もその俊敏さも、ゴーレムがレーヴァに追いつことはない。

 が、ゴーレムの再生速度もまた尋常ではなかった。次の一手で足が穿たれたとしても、先の攻撃でえぐられたはずの腹が治っている。同様に、次の瞬間には足が元通りになっていた。


「レーヴァ! 一旦退きなさい!」

 ボンッ、という爆発音を背に、フム山の中腹から突き出た崖に着地する。

 控えていた騎士たちが、明らかにホッとして顔色を良くする。やはり、代わり映えのしない状況に焦燥感をつのらせていたのだ。

 その心中はレーヴァも同じらしく、彼女にしては珍しく素直に従った。


「あァ、糞がッ! 干からびたパンみてェにボロッカスのくせに!」


 リリィの隣に着地したレーヴァ。

 ”聖母教”の敬虔な信徒らしく、修道士のような格好をしている。が、誰もが知っているような静寂な雰囲気は彼女にはない。

 白い頭巾は彼女風にアレンジされ、自慢の長めの赤毛を留めるリボンとなっている。さらに、本来は肌を一切見せないはずの修道服は、右側面に腰辺りまでスリットが入れられ、白いタイツに包まれた褐色の脚が見えるようになっている。

 彼女の戦闘スタイルに合わせた改造のために、仕方のない部分もあるが……何より”聖母教”信者を驚かせるのはその口の悪さだ。


「よォ、元帥。アンタ、アレの撃退方法、思いつくかい?」

 こぶりな顔は、リリィもむっとするほど端正。一重のまぶたの鋭い目つきも八重歯の覗く口元も、彼女の勝ち気な性格が引き立てている。

 さらには、流れる汗としなやかな筋肉の似合う褐色の肌。

 胸部の出っ張り具合では勝っているものの……リリィとしては、嫉妬せずにはいられないほど、女性としても戦士としても際立った魅力を持っている。

 口の悪さか態度の大きさ。どちらか少しでもマシだったなら、世の男も女も思うがままに魅了していただろう。そうでなくとも、彼女を慕うものが多い。


「一撃必殺。あるいは、術者を直接叩くか。それがゴーレム使い相手の定番ですわよ」

 リリィはレーヴァから視線をそらし、今注目すべき敵を睨んだ。


 山の中腹にいるにも関わらず、ゴーレムは見上げるほど大きい。

 不安定にゴツゴツとした姿は、まさに土人形。頭に胴体に腕に脚……何もかもが土塊や岩で構築され、少し触っただけでも崩れそうなほどに、ガタガタとして重なり合っている。

 鈍重な人形は、さながら人間のようにゆっくり顔を向け、手を伸ばそうとして来ていた。


「しかし、何より考慮すべきは、これが”授かりし者”の力ということですわ」

 リリィは右の手のひらを向け、紅の炎で球状をかたどった。

 拳ほどの大きさで解き放ち――伸びてくる土の手に着弾。紅の炎球は、風を巻き込みながら迫ってきていたその巨大な手をどろりと溶かし、そのまま腕の中へ潜り込む。

 そして、肩辺りまで直進し、爆発。


 ゴーレムの左腕はもちろん、胴体や頭の一部も一緒にえぐる。

 豪快な壊れっぷりに騎士たちが歓声を上げるが、ゴーレムは即座に再生し始めた。ガタガタと体を震わせながら、周囲の岩や土塊を引き寄せる。

 フム山の岩壁もガラリと剥がれ始め、それを目にしたリリィは第一師団支部での出来事を思い出した。


「”アリエス”では、まるで生まれるかのようにゴーレムが生成されましたわ。岩の壁から岩の卵が生まれ落ちましたのよ」

「ケッ。ってこたァ、そもそもゴーレムっていえるのか怪しいんじゃないかい? 魔法使いたちのゴーレムは、魔力で石やら土やらをつなげ合わせるんだ……卵みてェに一旦丸めてなんて方法、聞いたこともねェ」

「いずれにしろ、”神力”であることに違いはありません」

「舐められたもんさ。こんな訳もねェ人形で、アタシらをどうにか出来ると思ってやがる。――見舞ってやんよ、一撃必殺!」


 ぐっと腰を落とし、レーヴァは勢いよく跳んだ。

 彼女いわく、『勢いつけて蹴っ飛ばしゃ、大概どうにでもなる』。

 その物言いの通り、彼女の戦い方は実に単純だった。極限にまで魔法で身体能力を高め、持ち前の動体視力で弱点を見抜き、強烈な蹴りを放つ。

 音をも置き去りにする速さが脳天に直撃するのだ――ゴーレムの身体は、真っ二つになるどころか、その衝撃波で全身を粉々に砕かれた。


 騎士たちが、今度こそはとばかりに、レーヴァを歓声で褒め称える。

 事実、とんぼ返りするレーヴァが隣に着地してからも、ゴーレムは再生する素振りすら見せなかった。

「……不気味だなァ」

 だが、レーヴァの表情は快活さを取り戻すことはなく、むしろ苦虫を噛み潰したかのように八重歯をちらりと見せていた。


 これまでの襲撃で精神的に答えていたであろう騎士たちに水を差さないよう、リリィも静かに頷いた。

「傍目からにも、核のようなものはありませんでした」

「ああ。てっきりアタシも、そういうもんを中心として作られたゴーレムかと思った。こりゃァ、舐められてるっつうより……」

「このレベルのゴーレムを片手間に作れるからこそ、ついでにあてがった……といったところでしょうね。わたくしたちならば手間取りはしませんが、他の騎士や、そもそも力を持たない方々にとっては脅威そのもの」


「あァ、メンドクセェ! 核がねえってことは、そんなモンがなくても急ごしらえのゴーレムが作れる――イコール、下手すりゃ地面さえありゃ手駒を増やせる!」

「相手側にとって見れば、騎士団の十二の師団長は厄介者。片手間で翻弄できるということですから、それはもう有効活用するでしょうね」

「ハッ、糞がッ! 分かったところで対処のしようがねえ! ――んんッ? 元帥、なんで今ここにいるんだッ?」

「今更?」


 思い切りの良い天然をかますレーヴァに、リリィは呆れた。少ししてから、彼女たち師団長にも今回の作戦は伝わっていないのだと思いいたり、軽く説明しようと口を開く。

 そこで――視界の端にうつったものに肌を粟立たせ、ぱっと顔を向けた。


「あー……なるほどー。元帥がいるのかー。じゃー、歯がたたないのも無理がないねー」

 真っ暗闇の中に浮かぶ真ん丸な月。静かに、しかし、たしかに地上を照らす月光を背にして、空中に留まる誰かがいた。

 ひらりひらりとマントがはためくものの、周囲の暗さや若干の逆光もあり、その姿の全貌を掴むことができない。


 リリィは剣を抜き放ち――対してレーヴァは、即座に仕掛けた。

「アタシは簡単にひねりつぶせるって――なァ、オイ!」

「言葉の綾ー」

 レーヴァが神速の勢いで距離を詰め、身を翻して蹴りを放った直後。

 ドラゴンが、現れた。

 夜闇のどこから現れたのか、翼を広げて制動をかけつつ、しっぽを曲げて”神足”の蹴りを受け止める。


「ハッ、良い乱入の仕方じゃんよ!」

「レーヴァ、上へ!」


 リリィの突然の合図にも、レーヴァは赤毛を揺らして、素早く反応した。

 空中ながらも身軽に身体を反転させ、ドラゴンの尻尾を踏み台にして、高く飛び跳ねる。

 ドラゴンの面長で凶悪な顔がその動きを追い――リリィも彼女に合わせて地面を蹴った。

 ボンッ、ボンッ、と足の裏で炎を爆発させつつ、肉薄する。


 両手の中で剣に”紅の炎”を宿し、振り抜いたところ、

「おっとー、それはいけなーい」

 空を切るばかりだった。

 リリィは唇を噛みしめるより先に、ドラゴンの不自然な挙動に目を見張った。

 何かに引っ張られるかのように。ぐん、といきなりドラゴンの巨体が下へ引きずり降ろされたのだ。


 リリィは瞬時に頭の中に浮かんだ可能性に目を細め、剣から炎を消し去った。

 丸めた背中をレーヴァの足場にし、彼女の重さがなくなったのを感じてから、”紅の炎”で何者かへ牽制。

 しかし、またもドラゴンの身体に阻まれ、リリィは勢いに流れるままにフム山の崖へ後退した。


「ずいぶんと……下劣ですわね、”授かりし者”」

「ロキだよー。名前で呼んでー」

 場も状況もわきまえないようなのんきな声に、リリィは奥歯を噛み締めた。

「今のではっきりしたなァ。ドラゴンすらも操ることの出来る”神力”……群単位での魔獣の襲撃も、これで合点がいく。――しっかりしろ、元帥!」


 レーヴァにごつりと肘打ちされ、リリィはハッとした。一度目を閉じ、意識して呼吸をしてから、再び敵に目を移す。

「確かに……。いかに凄腕の魔法使いでも――たとえセレナでも、あれほどの魔獣を同時に操れはしませんもの」

 ぶつぶつと呟きながら体の内側に溜まった熱を吐き出していく。徐々に頭が冷え、同時に冴え渡っていくのを感じて、ロキに向けて問いかけた。


「王都に対する襲撃も、十二の騎士団支部に対する襲撃も、あなたのその力によるものと理解して良いのでしょうね?」

「そうだよー」

 あまりにも軽い答え方に、リリィはちらりとレーヴァと視線を交わした。

 二人して少しばかり困惑していたが、今度はレーヴァが鋭い声でロキに言葉を刺した。


「どんなに強大な力を持っていても、だ。アタシらを目の前にした以上、逃れはできねェ。ドラゴンを味方につけたからって、調子づいてんじゃねェぞ。それともアレか――今度はアタシらのどっちかを操るって作戦か?」

「あー、そこは心配しなくてもいーよー。”神力”は魔力を弾いちゃうからー。そーなったら廃人になっちゃうからー、いらなーい」

「……ンだよ、この糞餓鬼。いやに素直で気味悪ィ」

「聞こえてるー」

「そうかい。なら、覚悟しな――今度はドラゴンごとぶち抜いてやらァ!」


 止める間もない。

 レーヴァは音すらも置き去りにして、神速の勢いで飛び出した。

「そっかー。でも」

 確実に迫る脅威に対して、ロキは不気味なほど動じなかった。

 というのも、最初から戦う気などなかったのだ。

 その足元からは、黒いモヤのようなものが立ち上っている。リリィはそのことに遅れて気づき、舌打ちをした。


「時間切れ。ばいばーい」


 黒い靄に……”闇”に飲まれるように、ロキが姿を消し。

 レーヴァの豪脚は、真ん丸とした月を歪めるほどの衝撃波を、虚しく打ち込むだけだった。

「”授かりし者”が二人……。こんなときに――」

 悔しさのあまり今までにない罵詈雑言で声を荒らげるレーヴァを眺めながら、リリィは呟こうとした口を閉じた。

 キラがいたのなら。

 そう思ってしまう自分に対し、嫌な気持ちになってしまう自分を見つけてしまったのだ。


  ○   ○   ○


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