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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第7章

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656.決断

「テーマは、〝疫病との戦い〟じゃ。心して取り組むように」

 老人の言葉に促されるように、その背後に控えていた町民たちが移動する。

 竜ノ騎士団から依頼されて、台本通りに動けるように何度も練習したのだろう、戸惑いなく素早く動く。

 それまで色がはっきりと別れるように整列していたというのに、かき混ぜられたかのように一緒くたになる。円となって密集し、それぞれが思い思いの演技に入った。

 一人が咳をしだすと、もう一人、また一人とわざとらしくコホコホと喉を鳴らす。苦しそうにうめいていたり、大袈裟に膝をついたりと、流行り病に対する恐怖を表現していた。


〈なぁにを見せられてんだろ〉

〈からかわないの。こうして試験に協力してくれてるんだからっ。態度に出ちゃったら心象最悪だからね?〉

〈それは……そうだね。文句言うのは間違ってた。でも……こういうのはなんか……こう、ソワソワする〉

 突如として始まった舞台劇を、ほとんどの志願者は食い入るように見つめていた。試験ということもあって、町民たちの恥ずかしさ混じりの大袈裟な芝居は目に入らないらしい。


「このサンドラ・タウンに降りかかったのは、ヒトからヒトへ伝染する恐怖の病。その猛威は止まることを知らず、死人が出るばかり」

 町長が持ち前のしゃがれ声で朗々と喋ると、舞台もその言葉に合わせて変化していった。

 具合が悪そうな町民たちの中から、ついに倒れるものたちが出てきた。赤い服も青い服も関係なく、バタバタと倒れていく。

 キラはその様子を冷静に観察し続け、セオドアたち志願者は鎮痛なため息を漏らす。


「さまざまな魔法、さまざまな薬草を試すも、打つ手立てが見つからない。正しく疫病……恐ろしき事態となってしもうた」

 するとここで、大きな変化が起きた。

 青い服を着た町民たちが、まるで町を出ていくかのようにして門の方へ集まる。対して赤い服の方は、青服と真っ向から対立するように町の中に居座る。


「このままでは町が終わる……。そう悟ってしまうと、自ずと誰もが行動を起こす。町を離れようとするものたちと、そうではないものたち。――赤服が〝移住組〟、青服が〝居残り組〟という塩梅じゃな」

 真っ二つに別れた町民たちは、正反対の演技をしていた。

 〝移住組〟である赤服は、ひどく辛そうにしている。立つのもやっとというように隣にいるヒトの肩を借りていたり、体全体を使った咳のフリをしたり。

 対して〝居残り組〟の青服は、しゃんと背筋を張っていた。しゃんと背筋を伸ばし、誰一人として疫病にかかっていないことが一目でわかる。


「さあ、志願者諸君。君らは、これをどうする? 全員を町から離れさせるか、あるいは留まらせるか」

志願者たちは戸惑いを隠せないでいた。意見を求めるかのように、互いに互いをみやる。

 セオドアもその一人で、まるで助けを求めるかのように視線をぶつけてくる。キラはそれをわかってはいたが、あえて気づかないふりをして腕を組んでいた。


〈病を抱える〝移住組〟と、健常な〝居残り組〟か……〉

〈まあ、究極の二択だよねー……。町から離れさせると、疫病を世界に解き放つ結果にもなりうる。町に留めれば封じ込めるけど、町民たちを見捨てることにもなる〉

〈正解はないけど、決断しなきゃいけない……か。まあ……そういうこともあるだろうしね〉

〈……思い出しちゃった?〉

〈……いいや。ゲオルグたちとはまた状況が違う。まだ、救いはある〉


 老人に問われる前には答えを出していたキラは、しかしすぐには動き出さなかった。

 この状況における〝最善〟は、何を優先すべきかで変わってくる。流行病を防ぐならば町民の一人も出してはならず、町民の安全を求めるならば町の外へ出て行かねばならない。

 志願者たちは、人命の重さを天秤にかけるかのように、ああでもないこうでもないと議論していた。


「町の外に病を広げるべきじゃない」

「けど……。じゃあ、町のヒトたちを見捨てるってか? 罪を犯したわけでもないのに、そりゃあんまりだろ」

「じゃあどうすんのよ。国中に疫病が広がったら……。被害は想像もつかなくなるでしょう」

「町に残ろうとしてるのは健常者ばっかなんだしよ。何かあるんだろ」

「でも、病気に罹ったら打つ手立てはないって……」

 話はぐるぐるとループするばかり。皆それぞれに意見を出し合っているものの、ただそれだけ……誰もが、自分で決断することを恐れている。

 セオドアもそれっぽいことをポロポロと口に出しているものの、現状を確認するようなやり方ばかりだった。


「君は議論に混ざらないのかな?」

 騎士団から監督官的な立ち位置も任されたのか、町長が問いかけてくる。

 志願者たちからは様々な視線を感じ、キラは少し考えてから口を開いた。

「僕はもう決めたんで……。とりあえず、様子見的に待ってるだけ……です」

「ほう。迷いがあったようには見えなんだが?」

「実際に直面すると、決断に時間を割いてる暇はないんで。迷いも後悔も、後に回します」

「ふぅむ……その言い方は……。いや、詮索はよそう。しかし――少年よ、確かに君のいうとおりじゃ。状況は刻一刻と悪化していく」


 試験は最終段階に移行したらしい。

 止まっていた時が動き出したかのように、〝居残り組〟も〝移住組〟も動き出した。

 赤い服も青い服も着ていない青年がガラガラと荷車をひいて現れた。荷台には農作業や漁業のためのクワやモリがいっぱいに積まれている。

 武器とは言えないものの立派な凶器になりうるそれらを、まず真っ先に〝居残り組〟が手にした。それぞれが武器を手にした状態で、赤服の〝移住組〟と対立する。

 すると〝移住組〟も受けて立つとばかりに、同じように荷台からクワやらモリやらを手に取った。

 いまに抗争が始まるといったところで、老人が咳払いをして注目を集めた。


「自分が助かることしか考えぬ〝移住組〟に、住み慣れた土地を離れられん〝居残り組〟。皆で生きていくための議論が、暴力による決着に行き着いてしまったのじゃ。もうすでに、血を血で洗う事態に発展してしもうた」

 次に何を求められるかは、簡単に予想がつく。だからこそ、決断しきれていない志願者たちは戸惑いをあらわにしていた。


「ここへ現れたのが、君たちというわけよ。むろん、竜ノ騎士団の騎士として。なれば、決断を下さねばならん。――それを見せてくれ。集団で出した結論であれ、個人で出した結論であれ、それを目に見える行動として表現してほしい」

 志願者たちにヒントを与えるかもしれないと一瞬迷ったものの、キラはすぐに行動に移した。


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