653.試験開始
目が覚めたらそこは砂浜だった。
「あー……」
くぁ、とあくびをして、ぼんやりと辺りを見回す。
それまで王都でヒトにもみくちゃにされながら集合場所にたどり着いたのが夢かのように……あたりの景色は一変していた。
「海……。潮の香りだ……」
ざざん、と寄せては返す波に、その境界線を色濃く残す砂浜。
ごつごつとした小岩や日焼けした貝殻が埋まり、小瓶やクラゲの死体が漂着している。稀にカニが横歩きしながら物陰に隠れ、また現れてはささっと消えていく。
「なるほど……。騎士団に攫われたわけか……」
〈意外と大胆な試験方法にしたね〜〉
キラはまだふらつく体をなんとか抑えながら立ち上がり、ぱっぱと砂汚れを落とす。
状況から考えるに、宿泊施設で眠らされたのちにこの海岸まで運ばれたらしい。どこをどう見ても王都ではなく、またそれらしい影も見当たらない。
「どこか遠く離れた場所……。ってことは……」
海岸には、もちろんキラ以外の志願者も倒れていた。その数、十四人……騎士団的に言えば、一個分隊が遭難した形となる。
一人の少年が周りの景色に驚き、それに釣られて少女が一人悲鳴をあげ、大小様々な連鎖反応を引き起こす。
「王都に戻れ、って感じの試験……?」
〈だろうね〜。だけど、それだけじゃあ単なるサバイバル訓練だから……きっと仕掛けがあるはず〉
エルトのいうことは的を射ていた。
十四人の志願者たちが意識を取り戻しつつあり……そこから少し離れた所で、荷物がまとめられていた。
おそらく人数分あるのだろうが、明らかに雰囲気の違う手提げのカバンが一つ、離れて置かれている。
騒がしくなる志願者たちをよそに、キラは不思議な鞄に近寄った。中には封筒が一つと小瓶が一つ入っている。
とりあえず封筒を手に取って手紙を取り出し、内容を確認してみる。
リーウの教育のおかげでいくらか読めるものの、スラスラと理解するにはほど遠く……しかも、起きた直後から続く眩暈で集中力がまともに続かなくなっていた。
〈ああ〜……。まずい。これ、転移酔いか……。さっきからキツイと思ったら……〉
〈じゃあ、小瓶は酔い止めかな。キラくんあてでもあるだろうけど、中には〝転移〟が苦手なヒトもいるだろうから〉
〈とりあえず薬飲んで……。手紙は他に読んでもらおう〉
〈けど……。見てみなよ、みんなパニック。代わりに読んであげるから、キラくんが先導したほうがいいんじゃない〉
〈え〜……〉
〈こんな時に人見知りを発動しない。〝元帥〟になったら、否が応でも誰かを率いる立場になるんだから〉
〈ていっても、見習いからじゃん……〉
〈そうでもないかもよ? 大会に出て勝ち上がって、元帥戦を制せば……即昇格も十分ありうる。ってか、実際のとこ、〝王都武闘会〟が開かれた裏の目的はそこなんだと思うよ〉
〈はあ……。どのみち、ってことね〉
キラは重い体を引きずるようにして、志願者の集団に近づいた。
パニックになる者、皆を落ち着かせようとする者、懸命に状況を理解しようとする者……それぞれにはっきりと分かれている。
「あの……」
転移酔いのせいか、思った以上に声が掠れていた。
誰にも気づかれないかと思ったが、手前にいた精悍な青年が機敏に反応した。周りを落ち着かせようとしているだけあって、視野が広い。
「君は……。一人離れていた子だね。何をしていた?」
「あそこに荷物がまとめて置かれてあって……。一つだけ、誰のでもなさそうな手提げのカバンがあったんで。それ確かめてた……です」
「ふふ、敬語はいらんよ。しかしお手柄だね。とても冷静だ」
「まあ……。トラブルに巻き込まれるほうなんで。慣れてるは慣れてる」
「それは……心強い。しかしどこかで見たことがあるような顔だ……。その黒髪も……。いや、まて、随分顔色が悪い。大丈夫か?」
「大丈夫……〝転移〟でやられただけなんで。うぅ……」
「平気そうには見えないが……。しかし、〝転移〟と言ったか……?」
「ここが王都じゃないっていうのはわかってるでしょ。なら、騎士団がまとめて〝転移〟で連れてきたに違いはない。ってこと」
「ああ、なるほど……! これも試験の一環ということか!」
「そう。で……これ。僕もそうだけど、〝転移〟は酔いやすいから。この酔い止め飲んで、少ししたらちょっとはマシになると思う。体調悪い人に配ってあげて」
「おお……! さすがは竜ノ騎士団、抜かりない」
短い髪の毛をきっちりと整えた偉丈夫は、その精悍さと物怖じのなさを遺憾無く発揮した。チャンスとばかりに一人一人に声をかけて、パニックを落ち着かせていく。
全体的にほっそりとしているものの、やたらと筋肉質だった。露出の少ない革鎧をキッチリ着込んでいるというのに、腕や足が目に見えて太い。背中に抱えている大きな斧が、出来上がった体を証明していた。
〈わあ……。あの人が〝元帥〟になればいいんじゃない?〉
〈どっちかっていうと、副隊長ポジじゃない? 上に立つ人間はいの一番に状況把握しないと。そういう意味で言うと、キラくんはきっちり隊長らしかったよ〉
〈やあだあ〉
キラはエルトの言い方に身震いを覚え、そっと腰を下ろした。セレナ特製の酔い止めだったのか、もうふらつく感覚は無くなっている。
〈っていうか、あの人数を各地に送ったんだ……。さすがは竜ノ騎士団〉
〈効率は悪そうだけど……これも試験のうちなんだろうね。さっきまで宿にいたのに、今は見知らぬ場所……ってなったら、普通は冷静じゃいられなくなるから。セドリックくんとドミニクちゃんがギリ状況把握できるくらいじゃない?〉
〈そういうことね……。ドミニクとミリーが同じ班にいるといいけど……〉
〈そう考えると、キラくんはその逆を試されてるよね〜。基本的に単独行動を好むキラくんが、どれだけ見知らぬ集団に混ざれるか……的な?〉
〈なんか……。そこら辺探せばセレナがいそう〉
〈やめときなって。本気で怒られるよ? 試験中にそんな緩いことしてたら〉
〈わかってるよ〉
エルトと雑談をしている間にも、偉丈夫な青年のおかげで志願者たちは落ち着きを取り戻した。
そこでようやく自分の体調の悪さに気づくヒトもいて、何人かがへたりこんで薬を飲んでいた。
「君が率先して行動してくれて、助かったよ」
青年がほっとした顔つきで近寄り、同じように隣に腰掛けた。
「俺はセオドア。君は……?」
「キラ。よろしく」




