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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第7章

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650.成長

   ◯   ◯   ◯


 〝第二回ポイント大調査〟は、何事もなく終わりを告げた。

 初めこそ、キラたちの他には純粋な冒険者がほぼいないことに絶望すら感じていたが……少女ミリーに稽古をつけたことが、いい方向に転がってくれた。


 休憩時間には欠かさず素振りや筋トレに励んだり、移動時間にはムーア教授や大学生三人組に魔法を教えてもらったり。

 一つ目の〝ポイント〟では機会がなかったものの、二つ目、三つ目、四つ目と巡るうちに、ミリーは剣の腕も魔法の才覚もメキメキと上達させていった。

 魔法についてはすでにセドリックを追い越し、ドミニクと肩を並べる勢い。

 どうやら魔法というのは、とりわけ柔軟で幅の広い発想を必要するらしく、なんの偏見も持たない子どものミリーだからこその成長だった。


 そんな少女に感化されたのが、意外にもリーウが〝不良メイド〟とすら称したモールとアシュだった。

 ずっと二人一緒になってぺちゃくちゃとおしゃべりに興じているだけだったというのに、ミリーと一緒にムーア教授やリーウに習うようになっていた。

 転職活動にどうとか、あの黒髪に気に入られればワンチャンとか、動機がひどく不純ではあったが……。

 ともかく、熱心ではあり、もともとある程度魔法を使えていたのもあって、冒険者として食っていけるくらいには戦えるようになっていた。


 そんな三人の新米魔法使いに、リーウとドミニクも影響され……という具合に良い循環が生まれて、キラが出る幕もなく〝大調査〟はトントン拍子で進んでいったのだ。

 ただ、セドリックとバックスに関しては、互いに足を引っ張るばかりだった。

 セドリックは周りとの兼ね合いを考えながら動くのに対し、バックスはどこまでも一匹狼。

 野獣のように荒れた態度と戦い方ながらも、冷静は冷静であり、ずっと的確な対処をしていた……それが徹底的にセドリックの考え方と相入れなかっただけで。

 セドリックがバックスを、あるいはバックスがセドリックを意図せず邪魔することも多々あり、結局最後までろくな会話も成り立たずに依頼が終わった。


「ああ、くそっ……。今思い出しても腹がたつ……! なんなんだよ、あいつの協調性の無さ」

「セド。もう忘れないと。試験はもう明日」

「ぐぅ……。はあ……わかったよ。いないやつなんて気にしたってしょうがないもんな」


 〝第二回ポイント大調査〟は、死人はもちろん、怪我人の一人もなく終わった。

 ただキラたち以外旅慣れしていないということもあって、予期せぬ休憩が必要だったり、複数人が同時に体調を崩したり。

 キラも定期的に乗り物酔いでダウンしたりと、移動そのものが長引く傾向にあった。


 そのため、王都に戻って依頼を完了したのが、〝王都武闘会〟開催の三日前。他のグループが報告を終えた後のことだった。

 そういうこともあって、キラも根を詰めて訓練に励んだ。

 ユニィに『またクロエとかいうのに負けてぇのか』だとか『あの娘っ子たちの前で恥かきてぇのか』などと終始罵倒されながら……。

 時にむしゃくしゃして苛立ちをぶつけたものの、そこは世界最強生物。良くも悪くも、全てを受け止めてくれた。


 リーウとの接近戦の組み手や、セドリックとドミニク二人に対しての模擬戦を繰り返したこともあって、〝攻撃面〟も〝防御面〟も完璧に近い割合で成功するようになった。

 ユニィは『密度が足りねぇ』だの『強度がクソ』だのと酷評だったが、それでも及第点はもらえた。


 そして現在。

 〝王都武闘会〟開催の前日。


 キラは午前九時を回ったところで〝竜のくるぶし亭〟を訪れ、セドリックたちと合流したのち、〝パン屋通り〟に向かっていた。

 色んなところから職人たちの呼び売りの声が聞こえたり、道ゆく人々はパンがいっぱいに詰まった紙袋を抱えて満足そうにしていたり。

 そんな中、緊張で張り詰めた空気感を出すのはキラたちくらいである。

 場違いにも程があるが、〝パン工房ナタリー〟で同じく志願者のミリーが待っているのだ。多少は周囲の目線を無視してでも、頼られたからには迎えに行かないわけにはいかなかった。


「私が気がかりなのはミリー。大丈夫かな……?」

「ああ〜……。まだ十一だったっけ? 騎士団的にはどうなんだろうな。魔法学校に入るには遅いとかなんとかって聞いたけど……」

 あちこちから漂うパンのいい香りに気を取られて、キラは前をいく二人に対して遅れて応えた。


「どうだろ。僕の友達が十三で入ってるし……。リリィとセレナは八歳とかで街の見回りをしてたっていうし……まあ、二人は別格としても。でもコリーは、有望な見習いって言っても僕らよりも年上だよね……。だから……気にすることないんじゃない?」

「え……。そうか、キラって俺らとタメか」

 色んなところから伸びてくるパンの誘惑に、キラはふと負けそうになった。無意識に右手に見えた売り子に声をかけようとしたところで、セドリックに首根っこを掴まれる。


「あー……。食べちゃダメ?」

「お前な。俺らは朝食だって喉も通らなかったくらいなんだぞ」

「えー? じゃあ、尚更腹に入れておかないと。試験なんだし」

「試験……? 大会は明日だろ?」

「お……?」

「キラ……。何か知ってんな?」

「ぐ……。な、内容は知らないよ?」

「ってことは、なんでわざわざ大会前日に志願者だけが呼び出されてるかは知ってんだな」

「……暴れて試験続行不可能になっちゃダメだからって」

「……お前、危険人物扱いじゃん」


 セドリックとドミニクにシラッとした視線をぶつけられて、キラはそっぽを向いた。

 そうしている間にも、〝パン工房ナタリー〟の前で待っている少女ミリーが見えてきた。

 やはりガチガチに緊張しているらしく、まるで人形か何かのように直立不動になっている。

 店に並ぶ常連に声をかけられ励まされていたものの、コクコクと頷く様をみるに全く聞こえていない。


「よう、ミリーちゃん」

 セドリックがそう声をかけたことで、少女はようやく動きを取り戻した。

「あっ、あっ! おはよう、ございますっ!」

 がくんっ、と。音が鳴るほどに、しなりもなく直角に上半身を下げる。

「お、おう、おはよう。大丈夫……じゃねえのな?」

 ミリーの準備は万端だった。資金の関係からか革鎧を全て揃えているわけではないものの、胴鎧や籠手など、主要な部分は押さえている。

 左腰にさげている剣も、依頼の時とは違って、彼女の身長に合わせて少し小ぶりなものに変えている。

 ブロンドボブカットも、前髪が邪魔にならないようにピンで留めて……そこまで細かく整えているというのに、ミリーの顔は今にも倒れそうなほど真っ白だった。


「き、緊張……してます……!」

 ぷるぷると体が小刻みに震え……しかし、店から慌てて出てきた母親代わりのナタリーの声を聞くと、ぴたりとやんだ。

「ミリー、バカな子だね! これ、荷物! 持っておいきって言ったのに!」

「え、あっ。すみません……」

「はあ、まったく……。そんな調子でどうするの。落ちたって死にやしないし、来年だってあるでしょうに。気楽にやってきな」

「――はいっ」

「いい返事。そいじゃあ、お三方、ミリーをよろしく頼むよ!」

 バックパックを背負わせナタリーは、ぐしゃぐしゃとミリーの頭を撫でてから、並ぶ客たちに挨拶を交わしながら店に引っ込んだ。


「おっし、じゃあ行こうぜ。馬車呼んで停めてあるから、それでな。大会会場までは結構遠いんだ」

「はい!」


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