648.囮
グリューンに一通り事情を説明すると、少年は一言。
「何でそれで失敗すんだよ」
あけすけな一言に、カインたちは呆気に取られてしまった。
「お、お前な……。フランツが危なかったんだぞ?」
「そういう話じゃねえよ。なんで六人がかりで一人殺すのに失敗するんだよ、って話だ。〝テレクロス〟だか何だか知らねえが……。その一点が気に食わねえ」
「じゃあ……。何かからくりがあるって? 失敗したこと自体に?」
「……さあな。だが国が関わる汚れ仕事だったんなら、それだけ力かけて失敗しましたじゃあ、格好がつかねえのは確かだ。逆に、お前らが任せる立場になってみろよ。俺と同じ感想持つだろ」
「ああ……。そりゃ、まあ、そうか。なら……」
「この国は、貴族平民に関わらず、騎士団を持つことは禁止されてる。竜ノ騎士団が全土に展開してっからな。だが……傭兵となりゃあ、話は別だ。こっそり私兵団として持ってるやつもいるかもしれねえ。だから……『国として』って話をするならそういう範囲内に限定される。あとは悪党の組織か」
「相変わらず頭が回るなあ……」
思わず感心していると、ライカが鋭く言う。
「まさか、あんたが関わってるとかじゃないでしょうね」
「俺は一人で十分だ。今のフランツの驚きよう、見たろ。ここに毒の煙でも投げ込めば、それで大体終わる」
「そ、その発想がパッて出てくるのが怖いんだけど」
「フン……。俺としちゃあ、伯爵なんて地位にいる奴が、なぜ護衛の一人もつけないのかが疑問なんだが?」
「だって、フランツ、強いんだもん。平気だって思うでしょ、普通」
「それで危険な目に遭ってりゃ世話ねえな」
グリューンが何物にも動じない性格だと言うのはわかっていた。だが見かけは十三歳の少年で、今は魔法のローブを着ていることからも、学生のようにしか思えない。
ゆえにカインは、グリューンのいいように腹が立つどころか、ライカに噛み付くことのほうにハラハラとしていた。
どうやらフランツも同じ思いのようで、あえて会話に割って入るようなことはしなかった。
「ね、ねえ、カイン。あの子、強すぎない? 怖いもの知らず」
「俺も、そういう意味じゃあ一番の勇者だと思ってる」
コソコソと話していると、二人の会話にヴィーナが割り込んだ。
「お言葉ですが、グリューンさん」
そう切り出す彼女は、実を言うとこの中でも一番に気が強い。
〝ミクラー教〟教祖であるモーシュに〝巫女〟に指名され、彼女のお世話を任されていたのだから、自然とそうなる。
グリューンを気に入っていてはいても、それはそれとして問い詰められる気概がある。
「この一件は、あなたの仕える国に関わることなのですよ。そのような無責任で第三者的な発言は、控えられてはどうでしょう?」
「あ? 知らねえよ、んなこと」
「……へ?」
「俺が騎士団にいんのは、俺の目的を果たすためだ。国への忠義とか、知ったこっちゃねえな。国がどうとか、誰がどうとか、正味どうでもいい。勝手にやってろ」
「では、あなたは何のために……?」
「答える義理はねえな。興味があるとも思えねえ」
すげなく跳ね除けられたことで、ヴィーナはしゅんとしてしまった。気が強いのと、だからといって平気かと言う話は別問題である。
カインはすかさずフォローに入り、空気を宥めた。
「まあ、まあ。グリューンは割とあけすけに話してくれてっから、多分大丈夫だろ。けどよ、こうなった以上、フランツの護衛は必須だろ。どうする?」
やはり、ここでもグリューンは率先して会話に入ろうとはしなかった。ここで仮に立候補していたのならば怪しいところだったが、話の流れに身を任せている。
〝教国〟ベルナンドで因縁浅からぬ〝イエロウ派〟騎士に関しては、終始グリューンが主導権を握っていた。カインは、どちらかと言えば少年の苛烈な性格に押されて放置しただけ。
グリューンがフランツを狙っていたのならば、自分の方に手繰り寄せようと会話をコントロールしていただろう。
なのにそれを全くせず、しかもそっぽを向いて廊下の方に気を配っていると言うことは、おそらく今回の一件には関係がない。
カインはそう判断してつつ、口を開くライカに注目した。
「そうはいっても、やっぱり王国関係の人間は信用ならないわよ。貴族レベルって言っても、たとえば国王とかと繋がりが全くないってわけじゃないでしょうし。駒として利用してるってケースも考えられるでしょ」
「わたしもライカさんの言う通りだと思います。事実関係がはっきりとするまで、王国関係者とは距離を取るのが無難かと」
「ってなると、グリューンはどうするって話になるけど……。カインはどう思うのよ? 一番は私たちが動ければいいけど、学生として生活してるし……。いっそのこと、私かヴィーナ、どっちか外れる?」
カインは腕を組んで少し悩み、口を開いた。
「……この一件さ。多分、スラム街の時みたいな差別問題とは違って、単なる一つの事件に過ぎないと思うんだよ。要は、フランツを狙う輩を捕まえればいいだけ」
「ふん? 守りに入るんじゃなくって、むしろ攻めろってことね?」
「そう。たとえばだけど、囮作戦で誘き寄せれば一網打尽にできて、そこで決着がつく。そうすりゃ、護衛をどうするかとか、考えなくていいわけだ。……その〝テレクロス〟、まだ何回か残ってんだろ?」
フランツが頷いたのを見て、カインは続けた。
「この一件を俺らで片付けて王国側に報告すりゃあ、他に狙っている奴がいたとしても牽制になる。王国側の人間であろうが、悪党だろうがな。下手すりゃ外交問題になるし、いざとなったらモーシュさんがいる」
「それもそうね……。グリューン、あんた、騎士団とかに報告しちゃだめよ」
ライカはピシリと言ったが、彼女もグリューンを高く評価している。
元自警団として、頑固なまでに態度が一貫しているところとか、誰に嫌われようがブレないところとか、色々と気に入る点があるのだろう。
厳しい口調ではあるものの、弟か妹に注意するような親しさがあった。
「んなこたしねえよ。何なら見張っとくか?」
グリューンにしてみれば皮肉混じりの返答だろうが……それが、カインにとってはヒントとなった。
「おお。それじゃん」
「あん?」
「グリューンがフランツの護衛をすればいいんじゃね? そんで、さっき適当に例に出しちまったけど、囮作戦が組めるんじゃね? そしたら一石二鳥じゃん!」
「なんか……めんどくさい気がするが。話くらいは聞いてやるよ」




