647.事件
「わあっ、カイン! ひっさしぶりぃっ!」
「だあっ、そういうのはやめろって言ったろ、フランツ! 暑苦しいっての」
「え〜っ?」
フランツ・サラエボ、二十歳。
オストマルク公国にて序列三位に位置する〝伯爵〟サラエボの当主。昔から世話になったり、今回にしても先行して王国で仲間集めをしてもらったりと、何かと目をかけてもらっている〝仲間〟である。
そのため、友情以上の熱烈な好意も無碍にはできず……一連の流れが終わるまで、シラっとした視線をライカとヴィーナから受け続ける、というなんとも胃の痛くなるプレイを強制される。
「ったく……。ふざけてる場合じゃないだろ」
「ふざけてはないんだけどなぁ〜。結婚、考えてくれた?」
「お前なあ……。震えてるくせに、んな甘え声で誤魔化すんじゃねえよ」
「ん〜っ、やっぱ心がイケメン……! ちゅーして?」
「……褒めるなら顔面にしてくれ。ちゅーはしない」
嫌なこと、辛いこと、きついこと。ストレスがかかった時には、この美少女のような美青年は一段とふざける。
それが一種の強がりだということを知っていたカインは、彼の甘えるような密着の仕方に付き合った。
一緒に椅子に座り、膝の上に乗せて、とんとんと背中を叩いてやる。確かに、〝カイン〟よりもフランツの方が年上ではあるが……カインにしてみれば、今やそうやってあやすのが自然だった。
こういう時にはライカもヴィーナも、決まって鋭い顔つきになる。
二人ともフランツのおふざけには一段と厳しいものの、いざという時には彼の盾となり矛となる。曰く、『女心を持つなら皆同志』らしい。
「で、ほんと、何があった?」
「んー……。襲われた、みたいな?」
「ただのチンピラじゃねぇな。お前がここまで追い込まれるってことはよ」
「うん……。ちょっと……こわかった」
「だろうよ」
降り着くまで背中を撫で、頭を撫でてやると、フランツは回復したらしい。ぴょんと膝から立ち上がって、前の席に座る。
「話聞く前に……。俺のローブ着てろよ。学区内は関係者以外立ち入り禁止だから、これでなんとか誤魔化せるだろ」
「ありがと……!」
「……あげたんじゃないからな? 抱きしめるだけで終わるなよ? においも嗅ぐなっ」
どうやら少しは恐怖が紛れたらしく、テヘッ、とにこやかに笑いつつローブをすっぽり羽織る。カインよりも少しばかり小柄な青年が着ると、ちょうどよくその目立つ伝統貴族服もすっぽりと隠れた。
フードも被れば、ぱっと見では誰だかわからない。
「それで? 私たちの可愛い弟分を怖がらせてくれたのは、どこのどいつよ」
「ライカちゃん? ボク、年上、年上。弟系みたいに言われるけど、立派に年上」
「この王都にも、とんだ不届きものがいたとは……。……私たちの、お、弟にけしかけるだなんて」
「ヴィーナちゃん? 慣れてないのに乗っからないで?」
ライカもヴィーナも少しのおふざけを入れるのは仲間のため。本心は相当むかついているに違いなく、空気は張り詰めていく一方だった。
フランツもそれがわかっているため、身体中からほっと緊張を抜いた。
「けどね。正直にいうとね。相手が誰かだとか、なんで狙われるのとか、全然わからなかった」
「顔は見たか?」
「ううん。旅人が羽織るようなマントを着てて、フードもかぶってたから……。粘ったけど、声も聞けなかった」
「随分徹底してんな……。数は?」
「六人。一人一人が強くって……」
「場所は?」
「北の〝歓楽地区〟。王都っていわゆるそういう場所じゃなくって、ボードゲームが楽しめる紳士の遊び場って聞いてさ。そこ行ってみようって思い立った矢先のとこだったから……たぶん、場所から襲撃者の正体を明かすのは難しいと思うよ」
「……直感でいい。王国の仕業と思うか?」
「微妙、かもしれない。人数をかけてきたことからも、ボク個人を狙ったのは明白……なんだけど。ボクも聞かれれば『オストマルクから来た』程度のことは答えてたから。王国そのものが仕掛けてきたのか、それとも、悪党が徒党を組んで狙ってきたのかは、なんとも言い難いよ」
「今のとこ判断はできないか……。別に失敗したからって、じゃあ王国の仕業じゃないかって言ったら、そうじゃないもんな……。キラとかクロエ・サーベラスとか、トップレベルが異常なだけで……。ここの学生たちも、ヤベェ奴の集まりみたいな感じでもないしよ」
カインが腕を組んで唸っていると、元自警団であるライカがキッパリと言った。
「そうはいっても、この一件に関して王国に頼ることはできないわよ。下手したら、今後、一生」
「そりゃそうだが、最悪の場合、な。ライカ、お前は昔っから一直線すぎっから。ちっとは力抜いて考えろよ」
「けど……!」
ライカが勢い余って言葉を強め――それを留めるように、他の声が被さった。
「何話してんのか知らねえが。外に漏れるぞ」
ぶっきらぼうに忠告してきたのはグリューンだった。
教室に入るなり、それが癖のようにドアを閉めて、ついでに開け放っていた窓も魔法で全部きっちり閉じる。
「び、びっくりしたよ、少年……! ずっといたのかな?」
カインもそうだが、グリューンの現れ方にはフランツが一番に心臓にきただろう。何しろ、襲撃を受けた直後である。椅子から転げ落ちそうになっている。
「そいつらの護衛だからな。ずっといたわけでもねぇが、そのへんウロウロしてた。で……お前は何者だ?」
「あ……おほん。ボク……私はフランツ・サラエボ。よろしく」
「ん。妙に強い〝気配〟を感じた。〝転移〟みたいな。誰も入ってねえのにここにいるのは、そういうことだな?」
「まあ……。詳しくは言えないけどね」
「それにしても……フランツ・サラエボ。お前がこいつらの交換留学を持ちかけたやつか。ラザラスのジジイから聞いた」
「おおっと……。びっくりだ。彼らの護衛というからには、小さくとも相応の位置にいると思いきや……元国王様のお名前が出るとは。というか、態度、変えないね?」
「面倒だからな」
「じゃ……。カインたちも別段警戒してないみたいだし。ボクもいつも通り行かせてもらうよ」
「好きにしろ」
てっきりグリューンは会話に入るかと思ったが、しきりに廊下の方を気にしたまま、ドアに背中をつけて立ったままでいた。どうやら、あくまでも護衛の任務を果たすらしい。
しかし、彼もまた王国側の人間。このまま襲撃の話を続けるのは何かと気まずい。
カインがちらりと他の三人を見る。フランツはにこりとして、ライカはキリリとして、ヴィーナはおっとりと。全員が全員、対応を任せてきた。
ため息をつきそうになるのをグッと堪えて、グリューンの方を向いて言った。
「なあ。ちょっといいか?」




