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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第7章

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644.王都武闘会

  ◯   ◯   ◯


 リリィが騎士団本部に持つ〝元帥室〟では、昨日と全く同じメンツによる会議が開かれていた。

「まさか……。大会名から決めることになるとは、思いもよりませんでしたわ……」

「性悪アンダーソンの考えそうなことです。お祭りとするからには、自分たちで企画をしろなどと……」

「リリィさんやセレナさんはまだ慣れているから良いでしょう。私は……どうにもこういったことには疎くて……」


 四日前。

 キラの国外流出に危機感を抱いたクロエが持ちかけた話は、思った以上に広がりを見せた。

 竜ノ騎士団は例外を認めない。正しくは、〝人事局〟がそれを許さない。

 そういうわけで、キラが〝元帥〟として騎士団入りを果たすのは限りなく難しいものと思っていた。

 事実、公爵家のサーベラス家出身、かつ近衛騎〝総隊長補佐〟であるクロエ・サーベラスがキラという人物の重要性を説いても、人事局〝局長〟アンダーソンは例外を認めなかった。

 だが……。

 その判断をひっくり返すとまではいかずとも、アンダーソンが例外を認める方向に舵を切るような出来事がいくつか起きた。


 一つ目。

 これはクロエが話を持ち込んできた時にはすでに起こっていたことだが、〝教国〟ベルナンドがキラの実力とカリスマ性を見込んで、秘密裏の領土奪還作戦への参加を要請したこと。

 聖母教〝教皇〟レオン・カスティーリャの一人娘、エステル・カスティーリャが持ちかけたのだから、ことの重大さがわかる。


 しかし、現状、キラは無所属の一般人。

 冒険者ギルドで〝ゴールドクラス〟に昇格しているものの、この機密性の高い要請にギルドはなんら関与できない。

 要請を引き受けるのであれば、エグバート王国は彼の後ろ盾にならなければならない。そういう話をすれば、アンダーソンも少しは態度が軟化するのではないか……とは話し合っていた。


 二つ目。

 調べ物をしにクロエが図書館に向かった際、キラとばったり出くわし……オストマルク公国のカイン・ベッテンハイム一行も一緒だったという。

 どうやらカインたちも奪還作戦を企てているらしく……。キラはそれとなく『仲間に』と誘われたのだ。

 『話が急すぎた』『もっと互いをよく知ってから』と、後々やんわりと流されたそうだが……。別の意味で頭痛の種となる話である。


 最後に三つ目。

 これがおそらくアンダーソンの急所をついた。

 というのも、元国王であるラザラスが直々に頭を下げに来たのだ。


 エグバート王国としても〝聖母教〟総本山の要請は到底無視できるものではなく、大きな借りのある〝英雄の再来〟をそのまま見送るわけにもいかない。

 万一に備え、連携を密にすることも考えれば、国外の長期任務にも長けた竜ノ騎士団が適格であり……〝元帥〟への即時昇格も考慮すべきではないだろうか、と詰めたのである。

 いかに堅物のアンダーソンでも、これを下手に断るわけにはいかず……『大会形式の試験を開き、そこで一番の結果を残したならば認めざるを得ない』と妥協した次第だった。


「しかし……。まさかラザラス様が動いてくださるとは。思いもよりませんでしたわ」

 暖炉前のソファに三人で腰掛けていたところ、左隣に座っていたセレナがつと立ち上がった。参考資料などで雑多になったテーブルを手際よく片付けてくれる。

 リリィも紅茶のティーポットやらティーカップのセットやらを退けていると、右隣に座ったクロエもため息をつきながら手伝ってくれた。三段重ねのケーキスタンドを魔法で引き寄せて、慎重に膝の上に乗せて避難させる。


「リリィさんはラザラス様をよく把握していないので……。しょっちゅうですよ、こういうことは」

「そ、それは失礼しましたわ」

「これは私の勘ですが……ラザラス様は、まだ何かしでかそうとしていると思います」

「え……?」

「なにしろ今回の竜ノ騎士団の試験は、例年とは違って、観客を招いてのお祭り。サプライズだのパーティーだのと、派手好きなあの方が何も考えていないわけがありません」

「そういえば……。影武者を使っての戴冠式も、派手なパレードの頭に持ってきましたからね。それを考えると……何をお考えなのでしょう?」

「わかりません……。また心臓に悪いことが起こらないよう祈るしかありません」

「悟っていますわね……」


 一通り片付いたところで、紅茶のセットやお菓子盛り盛りのスタンドを元に戻す。

 セレナがそれらを癖のようにして位置を調整し、紅茶を三人分注いで、元の通りリリィの左隣にかけなおす。


「一応、決定事項の見直しをしておきましょうか」

 赤毛のメイドの膝の上には、必要な分の書類だけがまとまって重なっていた。幾分少なくなったとは言っても、分厚い辞書くらいの量がある。


「そ、それ……今から全部?」

「キラ様のようなことをおっしゃいますね。飛ばし飛ばしですので、ご安心を」

「だって。セレナったら時々無茶をするもの。や」

「また子どものようなことを……。――大会名は〝王都武闘会〟。エグバート・カップやら元帥杯など様々候補がありましたが、結局無難なものに落ち着きましたね」

「目的はキラを〝元帥〟にすることだけど……それを全面に押し出すわけにもいかないし。この場合は普通が一番でしょう」

「元帥杯……。格好良いのですが……」

「〝旧世界の遺物〟といい、変にロマンを求めるところはお母様に似てきましたわね」

「リリィ様こそ。最近、技名をつけているではありませんか」

 ちょっとした小突きに盛大なカウンターを喰らった気がして、リリィが何も言い返すことができなかった。クロエがくすりと笑ったのもあるだろう。


「しかし、ランクアップシステム、でしたか。これは是非とも王国騎士軍の方でも取り入れたいですね。それこそ組み手の大会を催したりして」

 クロエが思わず出てしまった笑みを隠すかのようにいう。

 それに対して、この発案者でもあるセレナが、今度は嬉しそうに頷く。いつもの無表情がわずかに崩れて、頬が緩んでいた。


「そうでしょう。〝王都武闘会〟は、入団志願者だけでなく、竜ノ騎士団に所属する騎士全員が参加対象。キラ様の〝元帥〟即時昇格のおぜん立てとはいえ、この状況を使わないわけにはいきません」

「よく思いついたものです……。これならば〝元帥〟が大会に参加したとしても違和感がありませんから。下剋上ではあるものの、降格はないのですね?」

「はい、上がるのみです。そうしなければ、たった一つの大会でその騎士のこれまでを否定する形になりますから。そんなものは、騎士団としてもマイナスにしかなりません」

「……シビアにいっても面白いとも思いましたが」

「クロエさんらしいといえばそうですが……。悪い方向でラザラス様に似てきましたね」

「やめてください。へこみます」

「これは失礼。ところで、キラ様と模擬戦を行ったとか。随分と落ち込んで帰ってきましたが……」


 セレナがそうやって話題を振ったことで、リリィもぐりんとクロエの方を見た。色々と聞きたいことはあったが、彼女が口を開くまで待つ。

「正直な話……。総合的な実力では、もう一歩〝元帥〟に届かないのではないかと」

「もう一歩……。キラってば、もうそんなところまでステップアップしたのですかっ?」

「い……意外ですね。落胆する方かと思いました」

「こう言ってはなんですが……キラの戦い方は超のつくほど実戦的。あの近接戦の腕前は、命のやり取りにのみ真価を発揮します。それに、内包するのは〝雷の神力〟。模擬戦では下手に使えないでしょう」

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