641.評定
「お……? セドリックが剣を教えてる。あの女の子……名前は確か……」
「ミリーさん……でしたか。保護者の女性がナタリーさんですね」
「親子かと思ったけど、主と召使なんだってね。ああいう関係もあるんだ……。っていうか、セドリック、ちゃんと教えられるのかな」
「そこは信じてあげましょう。気掛かりなのは……〝ポイント〟での調査です。どうなさるおつもりですか?」
「んー……」
二つ並ぶ焚き火を取り囲んだ〝ポイント調査〟の一団は、昼食を通して仲良くなっていた。
学生たち三人は二人のメイドに興味津々に話を聞き、そのそばではドミニクが大学教授と何やら意気投合している。
腰の曲がった老人は、ぽっちゃり婦人ナタリーと共にミリーの応援。そのミリーは、つたない動きでセドリックをハラハラさせながらも頑張って剣を握っている。
ただ、一匹狼なバックスは、一人離れたところでガジガジとパンを貪っていた。
「〝魔獣〟の生態調査がメインの大学組と、ある程度実力のあるバックスはいいとして。メイドさん二人に、老人一人、親子二人……。この五人がちょっとね……」
「やはりそうですよね……。とくにご老人……バートン卿は御年七十歳ということですから、さすがに無茶はさせられません。魔法を使えるとはおっしゃっていましたが……」
「リーウから見てどうなの? そういう雰囲気みたいのはある?」
「正直なところ、あまり……。実際に魔法を見ていないので何ともではありますが……形式ばった〝ことだま〟を使っていたのをみましたから、戦いという面では厳しいのではないかと。ムーア教授と親交があるようですし、どちらかと言えば学者肌な魔法使いと推察します」
「そっかぁ……。〝大調査〟だもんなあ……。興味湧く人もそりゃでてくるか……。ナタリーさんはミリーの付き添いって感じで、全然戦闘には関与しなさそうだし……」
「メイドのお二人……モールとアシュは転職活動がてらという話でしたから……。あらゆる意味で、望み薄です」
「あれ……。なんか、評価辛辣?」
「メイドたるもの、『意に沿わないから』『仕事がキツイから』という理由で、職場を転々とするのはどうかと……。その家に一生を捧げよとは言えませんが、それにしても貫くべき忠義があると思います。私はともかく、キラ様を値踏みするなど……言語道断。許しがたい」
「ああ……そういえば鼻で笑われた気がする、僕。それでエルトリア家のことは黙ってたんだ。セドリックたちにも口止めして」
「あの手の人間は、金のために周りを壊します。私が言えたものではありませんが……一目でヒトとなりを判断した気になっていては、メイドなど到底務まりません。本当の意味での転職を勧めたいところです」
愚痴が止まりそうにないのを自覚したのか、はたとしたリーウはわざとらしく咳払いをした。
「失礼。……思ったのですが、無理に戦いに参加させることもないのでは? 〝ポイント〟の外にいれば〝魔獣〟にも襲われませんし」
「それ言われればそうなんだけどさあ……。じゃあ、なんでいるのって思っちゃうんだよねぇ……」
「ふむ、確かに……。仕事を肩代わりして報酬もそのまま折半では、割りに合いません。とくにあのメイド二人には……銅貨一枚も渡したくありません」
「よっぽどだね……。それに、あのミリーって子は、調査の護衛に参加したがるでしょ? で、バートン卿だっけ? あのおじいさんも〝魔獣〟見たさに出張るでしょ。……っていうか、みんな〝魔獣〟見たことあるのかな?」
「王都から出たことがないのですし、おそらくは……」
「ふん……。僕も見物してる場合じゃないかも。誰がどれくらいできるか、きちんとチェックしておかないとね」
「しかしキラ様、まだ体調が……」
「リーウのおかげで良くなったよ。風も気持ちいいしさ。……吐いたらごめんね?」
キラはよろよろと立ち上がり、リーウに支えられながらも和気藹々と盛り上がる一団に近づいた。
「お、キラ。どうだ……って、まだ真っ青だな、顔! 素直に寝とけよ!」
「ま……。動ける程度には楽になったよ。それで、どう?」
「いや、どうって……。……お、俺がどうなんだって話にもなりそうな気がする」
「自信なさげー」
「し、仕方ないだろっ。成り行きとはいえ……こんなんガラじゃねぇんだって」
「それ、僕も同じこと言えるんだけど」
「お前は強いからいいだろっ」
こそこそと近寄り弱音を吐くセドリックは、先ほどまでミリーに指南していた姿とは真逆だった。幸いにして、ミリーには聞こえていないようだが……。
少し離れたところで緊張したように背筋を伸ばしているミリーと目が合い、キラは声をかけた。
「その剣は……君の?」
「あ……は、はいっ! 今度……。竜ノ騎士団の試験、受けようと思ってっ」
まるで試験官でも相手にしているかのような硬さに、逆にキラは戸惑ってしまった。するとそこへ、ナタリーがのぶとく掠れた声を飛ばしてくる。
「黒髪のお兄さん! あんた、〝ゴールドクラス〟なんだって? ちょいと稽古つけてあげてよ!」
「それは……。構わないですけど。まだ派手には動けないんで、ちょっとだけ」
「だってさ! ミリー、頑張んな!」
なおも心配そうにオロオロとするセドリックをどけて、キラは少女の前に立った。
少女は助けを求めるように母親代わりのナタリーに顔を向けようとして……それをぐっと抑えた。ふるふるとブロンドボブカットを振るい、覚悟を決める。
「お願い、しますっ!」
「いいよ。おいで」
剣を構える姿は、〝不死身の英雄〟の孫娘ユースを思い出させる。しかし、かつて英雄と呼ばれていた祖父に師事していた彼女とは違い、ミリーの格好はまだまだ不器用だった。
走ってくる姿も、上から下へ剣を振るう姿も、可愛らしい。
「たあっ」
脅威はない。
キラは刀を抜くことなく、〝気配汲み〟に集中した。五感を研ぎ澄ませて、〝血因〟を意識し、〝防御面〟を試みる。
そうして、ぱし、とミリーの剣を手で受け止めた。折り曲げた人差し指と中指で刃を挟む。
〈んー……。ダメだ。〝血因〟が動いてるのはわかるけど……骨とか肉体にどう作用させればいいのかまだ感覚が……。反復練習しかないかあ〉
〈ひ、ヒヤヒヤするなあ……! 腕でも差し出すのかと……!〉
〈え? 安全策取るに決まってるじゃん〉
〈そういう意味じゃあキラくんは信用ならないの!〉




