638.初日
幸いだったのは、リリィとセレナが多忙につき騎士団本部で寝泊まりするようになったことだった。
ユニィとの訓練風景は、とてもではないが見せられたものではない。
心配性で過保護なところがある彼女たちのこと、一方的に頭突かれてゴロゴロと転がる様を目にすると、何はともあれ止めてくるがわかりきっている。
そうでなくとも、ダサ過ぎて恥ずかしくなる。
ただし、二人から監視を託されているであろうリーウはどうしても騙し切ることがなかった。
一日目と二日目はリーウの訓練を手伝ったこともあって、服の汚れもなんとか誤魔化せたが……三日目、もろに吹き飛ばされるところを見られれば、言い訳のしようもなかった。
「ぶへっ……!」
――ったく。初日よりかはマシにはなったが……。まだまだだな」
「ぜ、全然出来た気がしない……。もう一度……!」
――やめとけ。〝大調査〟とやらがあんだろうが。それに……そこのメイド見てみろ。すげぇ顔してら
「うぅ……」
――朝練はしまいだ。あの小娘の様子は見張っといてやっから、せいぜいがんばれ
言いたいことだけ言ってその場をぱっからぱっから離れるユニィ。そんな白馬を若干警戒しつつ、リーウが近づいて起きるのを手伝ってくれた。
「〝不死身の英雄〟の愛馬とはいえ……。めちゃくちゃですね。見た目は美しいお馬さんですのに」
「でしょ……。ランディさんも手を焼いてたくらいだからね。僕がいない間もなんか無茶やらかしたみたいで……。心強いは心強いんだけど」
「確かに、キラ様ほどのお方でもなお力の差を感じます。いつも、このような鍛錬を?」
「いや。相手にしてもらったのはこれがほぼ初めて。リリィとセレナには内緒ね? ダサいところは見られたくない」
「ふむ……。二人きりの秘密、と」
「まあね。帝国城で看病されてる時も、色々見られたし」
「……無粋ですね」
「……。僕も、余計なこと言ったと思った」
全身が泥と雑草にまみれていたところを、リーウに魔法で綺麗にしてもらう。
ユニィは、モノを教えるのは極端に下手だが、手加減を間違えるようなことはない。〝防御面〟がうまく作用しているか判断し、直前で力の入れ具合を変えてくれる。
そういうこともあって、吹っ飛ばされるとは言っても、ヒトに突き飛ばされる程度の力加減。
もちろん、数十回に一度、〝防御面〟が発動した時には、びっくりするくらいの突進力がガードした腕を突き抜けるが……怪我をするようなことはない。
最初はこのトンデモ稽古に否定的だったリーウも、白馬ユニィの摩訶不思議っぷりを肌で感じ取り、余計な口出しをしないようになった。
「昨日、〝竜のくるぶし亭〟にいって確認してくれたんだよね。セドリックとドミニクの様子、どうだったの?」
「そういえば、キラ様は〝飛ばされ稽古〟の最中でしたから、報告していませんでしたね。お二人ともすっかりと元気です。依頼中に怪我をしたり体力不足で動けなくならないように、あらかじめ体を動かすようにアドバイスしたくらいですから」
「そりゃよかった。あとは〝第二回ポイント大調査〟を頑張るだけ……だけど、どれくらいかかるんだろ? 三週間程度とかは聞いたけど……。多分、それってかなりうまくことが運んだら、ってことだよね」
「どうでしょうか……。私は王国初心者ですので……。ただ、パクスに依頼で向かった時、道中に関してはそれほど問題はなかったので、大丈夫なのではないかと」
「ああ……そっか。今まで色々巻き込まれたせいで、それ基準に考えてたけど……。王国の旅って、旅行できるくらいには安全だったんだ」
「またキラ様がトラブルを引き寄せない限りは。勉強できますね」
「……。トラブルが来てほしいような、来てほしくないような……」
「何をおっしゃってるんですか。さあ、そろそろ出ますよ。時間に遅れてしまいます」
前回、冒険者ギルドの依頼を受けて〝奇跡の街〟パクスに向かった時には、リーウの荷物はそれほど多くなかった。魔法を使えるということもあって着替えもなし。日傘と隠しナイフ、魔法の杖……挙げればそれだけである。
だが今回は、旅行用の手提げ鞄をあらかじめ購入している徹底っぷり。前の旅の反省を活かして、最低限の下着類や救急道具、念の為の男物の着替えを詰め込んでいる。
しかしそれ以上に鞄を圧迫しているのは、勉強道具だった。
絵本や文庫本数冊、鉛筆数本に消しゴム数個を備えたペンケース、練習用の紙束など……旅支度よりも完璧な備えである。
対してキラは、以前セドリックに怒られた怒涛の買い物の一つであるバックパックに着替えを詰め込んだ程度。あとは予備の剣帯と緊急用の包帯セットくらい。勉強のことなど一切考えていない持ち物だった。
実を言えば、頭の片隅には残っていたものの、リーウにあらかじめ聞いておくなどの積極性は到底生まれず……。
「あ、あ〜……。乗り物酔い、やばいからさ……。多分、勉強どころじゃ……」
「往生際が悪いですね。セレナ様より酔い止めも頂戴していますので大丈夫でしょう」
「……そう」
エルトリア邸を出発し、〝竜のくるぶし亭〟に到着するころにようやく向き合うこととなり……テンションが下がり切ってしまった。
「よっ、今日は天気がいいなあ!」
「三日ぶり……リーウさんは昨日ぶり」
逆に体調が全快した二人は、驚くほどのハイテンションだった。セドリックは普段口にもしなさそうなことを楽しそうに言い、ドミニクはそわそわと体が落ち着かない。
「なんだなんだ、キラ! 朝っぱらからジメジメしてんな、おいっ」
「……セドリックも一緒に勉強してくれる?」
「はっはっはっ。やなこった!」
「さわやかー……」
二人とも肩や背中に鞄を背負って準備万端。何を言わずともそのままの浮かれ気分で〝冒険者ギルド〟へ足を向け、キラもリーウと共に二人を追いかける。
〝冒険者通り〟の幅広な道が埋まるくらいに、ギルド前に人だかりができていた。そのざわめきを聞く限り、ほとんどが〝第二回ポイント大調査〟の参加者らしい。どうやら〝第一回〟のうわさが回り、冒険者に人気の依頼となっていたらしい。
「わあ……。やだ」
「キラ、お前今日大丈夫か? ずっとネガティブじゃんか」
「人混み前にしたら誰でもそうなるって……。――そういえばさ。依頼の参加申し込みしたとき、僕らは割と特別扱いで参加させてくれたんだよね」
「え、マジ? ……ああ。そういやお前、〝ゴールド〟だったっけ」
「そ。パーティ単位での編成じゃなくって、あらかじめギルド側でグループを決めてくれるらしいんだけど……多分あの感じだと、僕らおんなじチームになるんじゃないかな。なんか……ちょっと色々問題があるっぽいんだよね。グループ分けで」
「ん? いきなりトラブルかよ、キラ」
「いや、おかしくない?」
「ジョークだよ、ジョーク」




