636.4-23「枠組み」
このまま接近戦に持ち込むか、遠距離戦を徹底するか。クロエが判断に迷っているのが、相対する剣から感じ取れた。
強気に攻めても良かったが……少し、仕掛けてみる。
駆け引きによる攻守ではなく、強引に〝センゴの刀〟を押し付ける。
するとクロエは眉を顰めつつ、半歩引いた。力を緩めて、剣を退きつつ、体勢を崩しにかかる。
〈ま、そう来るよね……!〉
これを読んでいたキラはぐっと下半身全体で踏ん張り、前のめりに倒れないように上半身を引く。
その瞬間に、〝未来視〟を発動する。
読み通り――わずかばかりに距離が離れたことで、クロエは魔法を放とうとしている。剣を脇に弾き、左手を突き出して、〝風〟を放ってくる。
キラは寸前で体勢を直し、刀を振るった。
峰で、クロエの左手を弾く。
「なっ……!」
クロエが切迫した表情で後退し――キラは、それを無意識に追いかけてしまった。
そこへ……。
「ンっ……! 〝錯覚〟……!」
「本当に……油断のならないお方ですねッ」
ぐら、と。頭が揺らいで、体が傾く。
キラはどうすることもできず、
「ぐへっ」
クロエが再構築した〝風〟の魔法で弾き飛ばされた。
ゴロゴロと転がり、ずぶ濡れの泥まみれになったところで、頭がはっきりとする。すぐさま受け身をとって、〝未来視〟で安全をとりつつ、後退する。
〈ああっ、くそ! もう少しだったのに!〉
〈キラくん油断するから! 確信はダメだって自分でも言ってたじゃんか!〉
〈おっしゃる通り! ごめんなさい!〉
互いに、ほぼダメージゼロ。
長引く戦いに、キラは自然と口元を緩めていた。
「楽しいって思えたの……。割と初めてかも」
「私もですよ、キラくん。同時に……これほどの緊張感、味わったことはありません」
◯ ◯ ◯
オストマルク公国〝東都〟ブルーノ。
当時深刻化していたスラム街で〝目が覚めた〟カインは、これまでにあらゆる体験をしてきた。
〝スラム人〟と差別されたり、子どもながらにスラム街での抗争に身を投じたり、国の平和のために〝スポーツ思想〟を広めてみたり。
ライカとは最初は顔を合わせればケンカをするような間柄で、ヴィーナにはこそこそと魔法を教えてもらっていた。
中でも、〝ミクラー教〟の教祖たるモーシュが起こした奇跡の数々は鮮烈だった。
なにしろ〝創造の能力者〟。その〝魔法の神力〟に出来ないことはない。
一度、〝黄昏現象〟の発生に巻き込まれたことがあるのだが……それまでの努力はなんだったのかというくらい、モーシュが一人で解決してくれた。
まさか、上昇した魔素濃度を空を割って宇宙空間へ放出してしまうなど、誰も想像しない。
モーシュは、ヒトの形を保っているのが不思議なくらい、人外の化け物なのである。それでいて普段は人間臭さを感じさせるのだから、卑怯というほかない。
彼女ほどの傑物はいないだろうと、確信していた。
のに。
「レベル……違いすぎんだろ……」
世界で一番の強国と名高いエグバート王国。
〝ガリア大陸〟を奪還するという大きな目標を達成するためには、この国の協力を仰ぐことは必要不可欠。渋るモーシュに何度も何度もその重要性を説いて、ようやく訪れることができた。
初めは、色々と軽くみていた。
この数年でカイン自身も戦闘力に自信がついてきた。
ライカやヴィーナをはじめとした仲間たちも、順調に育っている。
いざとなれば王国の力など必要ないとさえ考えていた。しかもモーシュも〝ガリア大陸〟の奪還に意欲を示しているのだから、ただの保険のようなものとしか考えていなかった。
だが……今、キラとクロエ・サーベラスの模擬戦を見て、いかに自分が甘かったか思い知った。
二人とも、人外の実力を有していた。
恐ろしいのはキラだ。
防御に何かしらの手段を用いていたが、それ以外は一切魔法を使っていない。攻め手は刀一本のみ。なのに、魔法使いと対等に渡り合う……どころか、接近戦では終始追い詰めている。
だからといってクロエが弱いかと言えば、そうではない。
彼女も、接近戦では歯が立たないと心得ている。
にも関わらずたびたび懐に潜り込まれ、窮地に陥るが……その全ての危機に、的確に対処している。
キラの圧倒的な戦闘センスと反射神経に、対応力で押さえ込んでいるのだ。
常に先手を読まれると判断するや、多彩な魔法で物理的に手数を増やし。さらにはタイミングをずらして、あるいは駆け引きに持ち込んで、判断ミスを誘う。
確かに、モーシュの〝魔法の神力〟は規模的にヒトの枠組みを外れているが――キラもクロエも、別のベクトルで人並外れていた。
幸運なのは、それが当たり前ではないということくらいか。
周りの学生や教師たちの反応を見れば、二人の戦いがいかに突出しているのかがよくわかる。
ただ、王国のトップレベルが全てあの水準にあるのだとしたら。
下手に協力を仰ぐわけにもいかなくなった。
万が一、エグバート王国に世界征服の野望があったとして、その可能性を知らずに、〝ガリア大陸〟にオストマルクの全勢力を傾けてしまえば……あっという間に、国が乗っ取られてしまう。
モーシュがいればなんとかなるとは思うものの、キラやクロエをはじめとしたトップ戦力が揃ったら……。
「ねえ、カイン。もしかして私たち……藪蛇つついた?」
「珍しいな。弱音吐くなんてよ……」
「だって……! 南門の一件でもあったけど……」
ライカは感情に任せて口走りそうなその先をグッと抑え……しかし、やはりこらえきれないようだった。距離を縮めて顔を近づけ、小声で叫ぶ。
「〝鑑定能力〟、アンタも上手く使えないんでしょ? しかも、キラにだけじゃなくって、エグバート王国国民に対して」
「まあ……。レベルを見るだけならできてたのが、それも上手く機能しないって感じでよ……。キラを〝仲間〟にできたら、色々とわかるとは思うんだけど……」
「やめといた方がいいんじゃない……? だって、機嫌を損ねてみなさいよ。私たちじゃ勝ち目なんてないわよ」
「そんなこと言い出したら……。このままなんの成果もなくすごすご帰る、ってことになんぞ? それでもいいのかよ」
「ぐ……。そ、それは……。でも、だって……」
「俺も下手打っちゃいけないとは思う。でも、あの〝能力者〟二人とは違ってバカじゃないし悪人でもない。慎重に動く必要はあるが……大丈夫だろ」
「カインがそういうなら……」
本当に渋々うなづくライカ。彼女に続けて、耳をそば立てていたヴィーナも周囲にはそれとわからないように肯定している。
「出会ってすぐ仲間ってのは、ちょっと性急すぎたか……。後でそれとなく保留にしておくとして……。何はともあれ、まずは友達からだ」
【お知らせ】
一か月ほど投稿をお休みます。
再開は5月2日(木)。
よろしくお願いします。




