634.4-20「列強」
「ああ、ここです。すごいですね……! 〝世界新聞〟だけでなく、カルティエ社が発行している新聞すべてが網羅されています。ああ、本も……これ、幻ですよ……! 〝ルイシースの食〟……ミテリア・カンパニーに食事関連で完敗を喫した一冊です」
「ヴィーナ、それ……。貶してるの? 喜んでるの?」
「大喜びですよ……! 話に聞くだけで存在するとは思いませんでしたから」
「なぁる……。ナチュラル・キル」
「変なちゃちゃ入れないでくださいよ」
テンションの上がったヴィーナは、〝ルイシースの食〟を慎重に手に取った。
その様子を横目に、ライカが〝世界新聞〟の段を指でなぞる。
「ねえ。〝世界列強〟って知ってる?」
最新の目録を引き出し、ペラリとめくる。
〝世界新聞〟とやらは週刊なのか、一週間ごとに区切られている。見出しや文章の書き方を見るに、どうやらゴシップ系の新聞らしかった。
クロエも普段は読まないのか、興味津々に覗き見る。反対側にいたというのに、わざわざライカとの間にすっぽり入り込んで。
「いや、知らない……。っていうか、クロエ? そこ、狭くない」
「……では、こうしましょう」
「や、僕の後ろ側に回り込んでも……。まあいいや」
わざとらしく密着してくるクロエに、キラはノーを突きつけられなかった。
「で、〝世界列強〟って? 国の序列みたいなこと?」
「いいえ。個人の話。この世で誰が一番強いのか? それを検証する企画なのよ」
「へえ……。それがわかるのも、またすごい話だね」
「……それ、嫌味?」
「え? どっちかっていえば……疑問?」
「たかがゴシップなんだから、冷静なツッコミはなしよ。〝推し〟がどれだけ認められてるか計る唯一の記事なの……!」
「推しって……。たとえば?」
「もちろん、我らがモーシュ様! 堂々のトップなの! 〝列強三傀〟の一人!」
ほら! と自慢げに記事を見せられたものの、キラには何が何だかよくわからなかった。
新聞の上から半分は三人の名前とその詳細で占められ、下半分が七人分の名前が記載されているらしいというだけ。
「文字あんまり読めないけど……確かに、一番上に〝モーシュ〟って書かれてる気がする」
「気がするじゃなくって、確かなの! 世界で一番強いお方なのよっ」
「世界で一番……。〝ミクラー教〟のトップなんだっけ?」
「そ! 誰よりも心優しくて、誰よりも気高くて、誰よりも美しい……それがモーシュ様! 美女って言葉はあのかたのためにある言葉ね。〝虹色の瞳〟なんて、一目見たらイチコロよ」
「美しい……? 虹色……? え、何歳?」
「――女性に歳を聞くのは御法度よ」
「や、だって、若く聞こえる……〝ミクラー教〟のトップってことは、少なくとも……」
「シャラップ! おだまり!」
やましいことは何もなく、害意なんてものもこれっぽっちもない。というのにピシャリと言いつけられ、キラは思わずクロエの方を振り向いた。
背中にピッタリと体を密着させてくる彼女は、しかし、味方にはなってくれなかった。ゆっくりと首を横にふる。
「キラくん……。世界の理の一つです。不用意に触れてはなりません。私やリリィさんならばともかく」
「そ、そうなんだ……」
そうやって神妙な声で嗜められれば、キラも深入りはできず……。〝世界列強〟記事に目を落として、別の話題を振る他になかった。
「それで、二位が……?」
「ヤマトノ大国〝主席〟ヤマト、とありますね」
「ヤマトノ大国……竜人族の国。リョーマの言ってた〝次席〟とは違うんだ……もう一つ上のくらいの人かな」
「いつの間に竜人族と仲良くなったのかは後で聞くとして。三位は〝霧の国〟皇帝レ・ファニ……ヴァンパイアの王様ですね」
「ヴァンパイア……〝霧の国〟? それが正式名称?」
「正体のわからない国です。ヴァンパイアが集う場所とされているだけで、どこにあるのか、どのくらいの規模の国なのか、見当もつきません。〝大賢者〟とも呼ばれるレ・ファニという人物が、強大な力を持っているというのは把握してはいますが……」
「へえ……。で、四位が……。ユ……?」
「ユニィ」
「ユニィ……。……ユニィ?」
「〝英雄の愛馬〟と詳細欄には綴られていますね」
「んー……。なるほど。そりゃあ、あんだけ無茶苦茶だったら世界的に知られててもおかしくはないかぁ……。ランディさんと旅してた時にはおとなしかった……みたいな姿は想像できないし。というか、この記事書いた人、よく馬なんて載せようと思ったね……? 正気を疑わなかったのかな?」
「キラ様もまだまだですね……。白馬といえばユニィ、というくらいには名の通った馬なのです……! 詩の〝不死身の英雄〟においても、数えきらないほどの名シーンがいくつも……!」
「ず、随分熱がこもってるね……」
ランディ・オタクなクロエからすれば、あの不思議生物も同じくらい神聖視すべき存在らしい。いつものクールな姿からは想像がつかないほどに鼻息が荒い。
「ねえ……。なんか、妙な言い方するわね? あの〝英雄の愛馬〟がまだ生きてるみたいな……。だって、五十年とか六十年とか、そんなレベルよ? ってか、ほんとに実在するの?」
「え? 生きてるよ? 今は僕の馬……っていうと、なんか色々と気持ち悪い言い方になっちゃうけど。現役だよ。闘技場を丸ごと崩壊させたり、山みたいな敵をぶっ飛ばしたり……信じたくない気持ちはわかる」
「えー……」
呆然としたライカは「え」としか発言できなくなった。ぽろりと目録を落としそうになるのをキラは慌ててキャッチし、ホッとする。
「リリィとかセレナとか……クロエも載ってたりするのかな?」
「どうでしょう……。五位が〝氷の使徒〟エンリル、六位は〝大地の使徒〟ヨルズ。で、ヒューガ、イヅモ……アラン殿が九位ですね。十一位からは次のページ……」
「ん。これ、リリィじゃない? 十五位」
「ですね。ちなみに私、その一つ上にいます。セレナさんが十六位ですね。……なぜラザラス様が十八位に……現役は退かれたはずなのに」
「え……! クロエ、すごっ。リリィよりも強いって認識されてるんだ?」
「ゴシップ記事はあまり好みではありませんが……こうしてキラくんに褒められると、やはり嬉しいものですね」
「これ、書いた人がどのくらいの位置にいるんだろ……」
「そこですか?」
「だってさ。どういう基準で順位つけてるか、気になるじゃん。強さに物差なんてないのに」
苦笑いするばかりのクロエからは同意は得られず……そこでキラは、彼女が何か言いたげな様子に注目した。
「どうしたの?」
「……その。キラくんに話があると、先ほど言いましたが……」
「ああ。そういえば。どんな話? あー……ここで話せる?」
「いえ……。少し内密なものなので。ただ――それに関連して、一つお願いがございます」
「なに?」
「私と、一対一の真剣勝負をしてくださいませんか」




