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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
6と2分の1章

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632.4-18「情報」

 エルトと話しているうちに、馬車が止まった。

 御者に開けてもらったドアから降りると、そそくさとグリューンが駆け寄ってくる。


「なんかされなかったか?」

「グリューン……多分、聞く方間違ってる」

 ぎらりと目を怒らせるライカは、なかなかに迫力があった。彼女と付き合いの長いカインとヴィーナは、ハラハラとして様子を見守る位置にいる。

 しかしグリューンはどこ吹く風。それどころか、けっ、と吐き捨てる。


「見ろよ、あのおっかねえ面。どっちかっつったら、あいつの方が問題起こすだろ」

「なんですって!」

「カインも言ってたぞ。お前に何度ビンタされたかって」

「……!」

 キシャァァ! という恐ろしげな吐息を漏らすライカ。三白眼にまで尖った鋭い眼差しで、カインを睨みつける。


「……。お、俺、ちょっくらキラを学区内に入れてもいいもんか聞いてくるわ。ヴィ、ヴィーナ、あとはよろしくな」

「え? ……えっ」

 カインは逃げるようにして、ろくに返事も聞かずにそそくさと立ち去る。

 ライカが鬼のような形相をしたものの、青年が逃げ込んだ先は〝王立図書館〟。

 流石に追いかけ回すと目立つと感じたのか、ふしゅー、ふしゅー、と奇妙な音を立てて自分を落ち着かせていた。


「あの……では、いきましょうか」

 ヴィーナは、どうやらカインとライカのそういったやり取りには慣れているらしい。

 困惑を隠せない、というよりも、目の前で痴話喧嘩を繰り広げる二人に引いているようだった。感情が先走る彼らとは打って変わって理性的である。

「はあ……。ヴィーナ。その目、やめてよ……」

「では少しは恥じらいを持ってください」

「う……。お説教の時のモーシュ様に似てきた……」

「もちろんです。お二人が羽目を外さないようにと託されましたので」

「うぅ……」


 背筋を伸ばして歩くヴィーナと、がっくりと頭を落としてトボトボと歩くライカ。

 性格も何もかもが反対に見える二人ではあるが、その歩調はほぼ一緒。親友だからこその会話のように思えた。


「不思議な組み合わせ……。ヴィーナって子は聖職者だったり?」

 先に行く二人の背中をチラチラと見つつ、こっそりグリューンに耳打ちする。

「そう聞いた。〝ミクラー教〟のな。その教祖の〝モーシュ様〟とやらの側近だったらしい。〝巫女〟なんだと」

「モーシュ……。〝創造の能力者〟っていうのは聞いたけど……その〝能力者〟ってのは何? グリューンは知ってる?」

「それ知ってんのは意外だな……どこで聞いた?」

「帝都で。ほら、ノイシュタットって人を助けたって言ったじゃん? その時に」

「妙に繋がりがあんのな。けど……俺も詳しくは知らねえ。少なくとも、帝都じゃ聞き慣れねえ言葉だ。ただ……」


「ただ?」

「どうやら〝能力〟って言葉は重要な意味を持つらしい。お前に仕掛けたチンピラ二人組……あいつらが使った訳のわからねえ力を、魔法じゃなく〝能力〟として扱ってた」

「扱ってたって……〝能力〟として断定してたってこと? 魔法じゃなくって?」

「おう。カインとヴィーナがさっき馬車でコソコソ話してたのを盗み聞きした。疲れて寝たふりしたらあっさりだ……。あいつら、本当に国の要人だって自覚があんのか?」

「さすが元スパイ……。今も、かな?」

「……。話してねえぞ?」

「ライカが、グリューンが竜ノ騎士団だって言ってたからさ。君、そういうふうに国に関わるのは懲り懲りだと思ったから……ちょっと意外で。誰かに勧誘されたのかなって」

「なんだよ。驚かせようと思ったのによ。――一応釘刺しとくが、俺がそうだってことは口外すんなよ?」

「もちろん」

「なら良し」

「それで、〝能力者〟っていうのは……」

 まだまだ疑問は湧いていたものの、キラは即座に声を落として言葉を切った。


「なにコソコソ話してるのよ。男同士で」

 どうやら話し込んでいるうちに、歩く足が緩んでいたらしい。ライカもヴィーナも、〝王立図書館〟正面玄関への曲がり角で待っていた。

「いやあ……。僕、読み書きが苦手だからさ。図書館……って思って」

「嘘……っ。だって、ここ王都でしょ?」

「そ、そんな驚かれるとは思わなかった……」

「読み書きができないって、じゃあ新聞は読まないのっ?」

「うん……。っていうか、ライカは読むの? そっちのが意外」

「失礼ね!」


 ぷんすかと怒るライカ。

 そのあまりの反応の良さに、カインがなぜビンタされているのか分かった気がした。

 容姿も性別も性格も全く違うが、ネゲロのからかいやすさと通ずるものがある。


「〝世界新聞〟読めないなんて、もったいないわね」

「世界……。有名なの?」

「もちろん。カルティエ社はミテリア・カンパニーと双璧をなす世界的な大商会なのよ。いろんなところでいろんな情報を集めて、それを新聞にして広めてるの。世界を旅したような気分になるんだから!」

「へえ……。大商会っていっても、色々あるんだ……。ロジャーのとこは〝食〟特化で、カルティエ社は〝情報〟特化」


「……なんか、今親しげに呼んだわよね。ミテリア・カンパニーのボスの名前」

「え? 知り合い……友達……戦友? まあ、何かと関わる機会が多かったから」

「はあ……。もういい。〝元帥〟と親しい時点で、あんたの人脈がおかしいのは重々承知だから」

「なんか……。ロジャーにも言われた気がする」

 グリューンの方をチラリと見ると、少年も呆れたように肩をすくめた。

「お前、普通の友達いないだろ」

「セドリックとか、ドミニクとか……他にもいるよ。あれからいっぱいできたんだからさ。グリューンだって」

「そうかい」


 〝王立図書館〟を訪れたのはこれで二度目だったものの、一度目の感動が薄れることはなかった。

 入り口からまっすぐに伸びる幅広な廊下の両側には、天井にまで切迫する本棚がずらり。

 天井自体も十数メートルとかなりの高さであり、それに本棚も比例しているのだから、さながら巨人のための図書館のよう。

 前にリリィと訪れた時には、突き当たりにある〝本棚柱〟と呼ばれる螺旋階段をあがり、中二階を見て回るうちに迷子になってしまった。果ては大学内へ迷い込み、第一王子たるレナードのケンカを買うこととなったのだが……。


 今回はそんなことにはならない。

 というのも、入り口付近に設けられた受付に向かった際……。

「あれ……? クロエ?」

 バッタリと、私服姿のクロエ・サーベラスに出会ったのである。

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