630.4-16「大陸」
「え、えっと……。なに?」
頬杖をついていたライカが目だけを向けてきていた。勝気な性格が目つきに現れているため、ぎらりと睨まれたような気すらする。
「アンタ……。人見知りなの? あんなに強いくせに」
「や……。まあ、そうはそうだけど……。こういう状況で気まずさを感じない人の方が少なくない?」
「そういわれればそうね……カインのせいでそういう感覚薄れてたけど」
「あー……。彼、グイグイくるね」
「アレは普段からそうだけど……。けど……アンタみたいな強さ見せつけられれば、誰だって気にはなるでしょ」
「ふん……? 〝ガリア大陸〟奪還、だっけ? そのための留学って言ってたけど……あんな簡単にバラしても良かったの?」
「全然良くない」
キッパリというライカ。
リーウとは対照的に、窓の外で流れていく王都に一切の興味を示さないのは、どうやらそのことで悶々としていたかららしい。
積もっていく不満を低いため息に変え、愚痴としてもポロポロ溢し始める。
「だいたい、こんなところに来ること自体が間違ってたのよ……。留学とか言って話持ちかけたって、絶対怪しまれるし……。かといって思いついたことはやらないと気が済まないバカだし……。世界一の軍事力を誇る国なのよ? 敵対視されたら生きて帰れないじゃない……! しかも、到着三日目でこんな化け物に遭遇するし……!」
「聞こえてる聞こえてる。だからさっきからダンマリだったんだ?」
「当たり前でしょ! へ、下手打ったら瞬殺よ、瞬殺!」
カインへの不満以上に、どう足掻いても逃げ場のない密室空間に閉じ込められたことへの絶望感が大きかったらしい。
ドアに限界まで体を押し付けるライカに、キラはしょんぼりとした。
〈傷つく……〉
〈しょうがないよ。キラくんの威圧感、だいぶやばいもん。私だって泣いちゃうかも〉
〈しょうもない嘘を……〉
〈ハ? 私も女の子なんですけど?〉
〈子持ちでしょうに。……リリィって、何歳の時の子?〉
〈んー? 二十二。〝元帥〟になってからだから、だいぶ遅めなんだよね〜〉
〈四十一か……。にしては……〉
〈ハッ? 永遠の三十四ですけどッ? 七年前没!〉
〈い、いや、そこ強調しなくても〉
強めの圧に思わず笑ってしまいそうになるのを堪え、キラはライカに声をかけた。
「別にちゃんとした理由があるんだったら、それ隠す必要なかったんじゃない? 〝ガリア大陸〟がエグバート王国に占拠されてる……ってわけでもないでしょ?」
「そりゃそうだけど……。普通、軍事的な話は隠すわよ。どこから漏れていくかわからないんだし、晒して得られるメリットなんてないもの」
「ああ、まあそりゃ。じゃあ、〝ガリア大陸〟ってどこかの国に支配されてるの?」
「別にそういうわけでもないけど……。お先祖様たちが追い出されたって話だから。今は国が乱立して毎日どこかしらで戦争が起こってるみたい」
「それ……。どうやって〝大陸〟取り戻すの?」
「いうわけないでしょ。でも、大きな戦力が必要ってのは確かなことなの。留学して、竜ノ騎士団ないしは王国騎士軍の人間と関わりを持って、そこでやっとどう話を持っていこうかって段階なのに……。カインったら!」
「大変だあ……」
「アンタももう他人事じゃないんだからね? 〝元帥〟と仲がいいみたいなこと言ってたわよね。その話、詳しく聞かせてもらおうかしら?」
「さ、さっきまで怯えてたんじゃなかったっけ?」
「こうなりゃヤケよ!」
大きくなったのは声と態度のみ。依然として開いた距離は埋まらず、座席には一人分の空白ができている。
「で、なんで一般人ヅラしておいて〝元帥〟と繋がりがあるのよ」
「一般人ヅラ……。うーん……。端的に言えば帝国との戦争が色々きっかけだった……と思う。その備えをするってなった時に出会ったから」
「ふぅん……? 仲良いの?」
「まあ……。怪我して心配されるくらいには。……言っとくけど、〝ガリア大陸〟の奪還の話は自分たちで持っていってね? 僕、騎士団に入ってるわけじゃないし、そういう正式な依頼には関われない」
「それも不思議な話よね。アンタくらい強かったら、引く手数多な気がするんだけど。もしかして、そういうのは嫌で断ってるとか?」
「んー……。竜ノ騎士団はそういう例外的なのは嫌ってるって話だし。王国騎士軍なんかはもっと厳しいだろうから……。まあ、自然と?」
「ふん……。もったいないわね」
そう言ってまたそっぽを向いてしまうライカ。
キラは気まずいものを感じながらも、少しばかり緊張を緩めた。
〈探られてるー……〉
〈ね。カインくんたちからしたら、フリーのキラくんは魅力的に映るかも。友達になれさえすれば……みたいな〉
〈〝ガリア大陸〟奪還ねえ……。国が乱立してるっていうけど、それは本当?〉
〈んー……。私が持ってる情報も七年前のだし、それもそっち方面にはあんまり力入れてないってことで、詳しいことはわからないけど……。ただ、確かに戦争が絶えない〝混迷の地〟だなんて呼ばれてるのは聞いたことがある〉
〈それが……。どうオストマルク公国と関係あるんだろ?〉
〈〝公国〟って名前が示す通り、公爵が国のトップだった気がする。王国でいうと、エグバート家じゃなくってエルトリア家が国王になってる、って感じ。で……その公爵家が〝ガリア大陸〟を追われて、オストマルク公国を築いたんじゃなかったかな。同時に〝ミクラー教〟も創設して……って流れだったような〉
〈〝ミクラー教〟……前にノイシュタットさんが言ってた、モーシュって人がトップの宗教……。でも……なんかあの入れ込みよう、モーシュって人こそが国を導いているみたいな感じだったけど……?〉
〈そこら辺は〝教国〟と似てるのかもね。宗教のトップ、イコール、国のトップ、みたいな。〝創造の能力者〟とかって尊敬されてるくらいだから、公爵家の代わりに国を率いてるのかも。――っていうか、そういうことはその国の人間に聞いた方がいいんじゃない?〉
〈ええ……。だって……。興味あるのかとか思われたら、もう引くに引けないじゃん。そのまま成り行きで、っていうのはちょっと避けたい〉
〈人見知りの考え方ね〉
〈じゃあ、エルトならどうすんの?〉
〈聞かない〉
〈ほら〉
キラはエルトの返事に思わずため息をつき……そこで、ライカの視線を感じ取った。国を代表しているだけあって、空気を読むのはうまいらしい。
「じゃあ、この国……っていうと括りが広いわね……王都では、どういう休日の過ごし方をするの? わたしたち、これでも留学中は三人とも学生なの。流行りには乗っておきたいでしょ?」
出身を聞くでもなく、経歴に興味を示すでもなく。当たり障りのない問いかけをしてきた。
「ショッピング……とか?」
もっとも、それもまたキラにとっては答えづらい問いかけではあったが。
「……普通」
「や、だって、僕は学生じゃないし」




