629.4-15「本意」
「仲間……?」
唐突な勧誘にキラはいまいちピンと来ず、逆にグリューンはすぐさま反応していた。
気に入らない、とでもいうかのようにこっそりとカインに鋭い視線を送っている。が、特に反論などはせず、静観を貫くようだった。
「ぶっちゃけていうとさ。この国に留学したいって思ったのも、すげぇ強い奴らがいるからっていうのが大きいんだよ。世界最強とも目される竜ノ騎士団に、国の根幹を守り続ける王国騎士軍……。一部隊でもいいから力を貸してくれたら、ってよ」
「話がいまいち見えないな……。王国の戦力で、何をしようって?」
慎重に話を進めると、どうやら〝覇術〟が勝手に発動していたらしい。
いつもの全身をたぎらせるような〝弐ノ型〟とは違い、全身が冷えていく感覚すらある。帝都港で無意識に発動した時と同じだった。
カインとライカは漏れ出る威圧感に機敏に反応した。
それほど大袈裟ではないものの、何があってもいいように身構える。対して彼らほど戦闘に慣れているわけではないヴィーナは、顔を青くして固まるばかり。
グリューンはギョッとしていたものの、特に危険を覚えなかったらしい。平然としてスコーンに手を伸ばしている。
「……ん、ごめん。ちょっと、警戒した」
「い、いや……こっちこそ悪い。もっと順を追って話すべきだった」
「それで……? 留学の目的が王国の戦力ってことは……オストなんとかがそれを望んでるってこと?」
「オストマルク公国、な。詳しく話すと長くなりすぎるから端折るけど、〝ガリア大陸〟を取り返したいんだよ。昔、戦争で故郷を追いやられたからよ」
「ガリア大陸……ガリア大陸。どこかで聞いたような……?」
キラが首を傾げていると、エルトがこっそり耳打ちしてくれた。
〈あ。ほら、帝都で連続した脅迫事件があったじゃん? そのうちの一つで”ミクラー教”のノイシュタットっていう司教が巻き込まれて……〉
「ああ、そうだ。ネゲロがガリア大陸奪還とかなんとか呟いてた……。〝ミクラー教〟のノイシュタットって人助けた時に……」
「お、まじか、ノイシュタットさん知ってんの?」
「知ってるというか、偶然知り合ったというか……。連続する事件を調べてた時に、巻き込まれたらしくって……。〝ミクラー教〟ってオストマルクの国教なんだっけ?」
「まあな。けど……んー……? なあ、なあ……キラはよ、〝天神教〟ってのに聞き覚えある? ノイシュタットさんから届いた手紙に、なんかそういうのが帝国で設立された、みたいな話があってちょっと話題になったんだけどよ」
「あー……。知ってる……というか……なんというか」
「……〝てんじんさま〟だったりする?」
「不本意ながら」
「マジ……? いや不本意て……」
呆然とした顔つきが何を意味するのか気になったが、それよりもグリューンの反応に目が吸い付いた。
何か警戒するようにカインへ鋭い視線を飛ばしていたというのに、少年は首がとれるほど急激にグルンと振り向いてきたのだ。
悍ましさすらある反応っぷりに、キラはぎょっとした。エルトは幽霊的ななにかと勘違いしたらしく、甲高い悲鳴をあげて引っ込んでいく。
「な、なに……。びっくりするじゃん」
「聞いてねえぞ?」
「え? いや、だって、そりゃあ……。だってさっき久々に会ったばっかだし……それに、自分から言う?」
「んじゃあ今言え。〝天神教〟ってのはなんだ?」
「んん……。言わなきゃダメ?」
「おう。じゃなきゃ〝てんじんさま〟って呼び続ける」
「く……。まあ帝都で色々とあったんだよ。そしたら、そう呼ばれ始めて……で、周りの人たちが勝手に宗教化しちゃって……みたいな。ざっくりいうとそんな感じ」
「……俺も入る。聖典かなんかがあんのか?」
「今のところ、〝てんじんカード〟だけ……。……ほんとに入るの? そういうの興味ないでしょ?」
「っるせえな。入れろ」
「僕、一応〝主〟なんだけどな……。リーウが試作品持ってるはずだから、あとでエルトリア邸に寄ってよ。ついでに何があったかも話すし」
「……よし。おい、カイン。さっさと用件言っちまえ」
年相応にそわそわとし始めるグリューンに、キラは吹き出しそうになった。
一方でカインはようやく我に帰ったようで、こほんと咳払いをする。ライカとヴィーナは、複雑な感情の入り混じった顔をしていた。
「や、用件つっても、もう終わりっちゃ終わりなんだけどよ……。今言ったように〝ガリア大陸〟奪還のために王国の戦力が欲しくって……そんなところに、キラの実力見ちゃったから。仲間になってくれねぇかなあ、って」
「んー……」
「つっても、かなり急だったか……。悪いな。何も今すぐって話しじゃないし……俺らは留学しにきてるわけだから。頭の隅にでも入れておいてくれれば」
「返事、考えておくよ。どこに泊まる予定?」
「もう大学には編入しててさ。寮にいるんだよ。だもんで、学校に来てくれれば……。事務室とかにいけばいいのかな? 多分」
「……わかんない」
「お。じゃあ、とりあえず一緒に行ってみるか?」
軽いノリで距離を詰めてくるカインに少し戸惑いつつ、キラはうなづいていた。
向かう先は〝王立都市大学〟。〝竜のくるぶし亭〟から歩いてもいいものの、下手すれば二時間以上かかる距離となる。
ということで馬車を拾うものの、キラにグリューン、カインとライカとヴィーナと、一台の馬車に詰めかけるには多すぎる人数。
二台目のタクシー馬車を時間差で捕まえ……そこでちょっとした問題が起きた。
キラもグリューンも知った顔同士で乗り込むものだと思っていたが、それにカインが待ったをかけたのである。それじゃあ面白くない、と。
そういうわけで、グーとパーを出し合った結果……。
「……」
「……」
キラは、ライカと共に乗ることになった。
二人きりの乗車の上、まだ知り合って間もない男女ともなれば……前を走る馬車とは比べ物にならないほど盛り上がらない。
しかも、キラには〝魅了〟の問題がついて回っている。
〝接触〟が発動条件になったとわかっているために気をつけようはあるが、それでも人見知りをしてしまうキラには拷問とも言える時間となってしまった。
〈どうするの、仲間になる件〉
痛いほど静かな空気の中、エルトが〝声〟をかけてくる。
キラは、車窓で流れる王都の街並みをぼうっと眺めるライカを気にしつつ、同じく〝声〟で返した。
〈ん〜……。セドリックたちのこともあるし、あんまりなあ、って思う〉
〈じゃあ、なんであんな曖昧に?〉
〈気になったのは〝ガリア大陸〟なんだよ。〝神殿〟を探すのに、地理を把握しておくのもいいかも……って思ってさ。カインたちの仲間になった、っていう口実があれば、多少は〝始祖〟の目……というかその情報網もそっちに気が向いて、〝神殿〟を探しているって悟られる可能性が低くなるかもだし〉
〈でもさ? そうなると、キラくんと、もう一人必要だよね。だって、キラくんが動いちゃあ、どのみち意図がバレるでしょ〉
〈そこなんだよ……。候補はいるけど……そうとなると全部話さなきゃ訳わかんなくなるし……。どうしたものか〉




