627.4-13「四人」
「魔法か何か知らないけど――その妙な力も壊させてもらうよ」
無様な姿に呆れはするものの、同情する気持ちは一ミリも湧かない。
一時の状況だけで人間性を判断するのは早計とは思うものの、放置しておくにはあまりにも恐るべき力である。
〝コピー〟に〝反発〟。
例えばセドリックやドミニクやリーウが遭遇したとしたならば、どうすることもなく敗北してしまう。
その後にハルトとユージが何をするのか……。それはすなわち、王国内に留めておく危険性にも繋がり、見逃すことなど出来はしない。
ようやく転げ回ることをやめたユージのそばに膝をついて、その首にそっと右の手のひらを添える。
「〝コード〟……」
「や、め……やべで……っ!」
ユージが力の入らない手で抵抗を始めた。
取るに足らない行動ではある。
だが、まだ〝弐ノ型〟のように〝参ノ型〟を瞬時に扱えるわけではない。時間が必要となり、集中力も要する。
首から手を外そうとユージが弱々しく動くだけでも、キラにとっては大きな障害となった。
結果。
〝雷の神力〟がユージの体内へ入り込もうとした瞬間に、
「二人とも、逃げてください!」
邪魔が入った。
〈キラくん、何か来る!〉
「ちっ……!」
エルトの忠告に、キラは舌打ちしながらその場を離れた。反射的に、声がした方とは反対の方へと飛び退る。
直後、風を切る音が聞こえる。
キラは顔を上げて、瞬時に状況を把握した。
一本の矢が迫っている――放たれたのは古めかしい木造建築の屋根から――二人の男がいる――一方が弓を――。
まだ仲間がいた。
その事実に冷や汗を流しつつ、降りかかる矢を避けた。
と、思った。
「――!」
〈追ってくる!〉
そのまま地面に刺さるかと思った矢が、不自然に方向を変える。
まるで磁石にでも引き付けられたかのように、勢いを落とさずに鋭い鏃を煌めかせる。
キラは咄嗟に〝参ノ型〟から〝弐ノ型〟に浮上し、〝未来視〟を発動した。
追ってくるのならば、掴めばいい。
だが。
「爆発する……っ?」
エルトに頼る暇もない。
心臓を唸らせ、〝雷の神力〟を引き出し、追尾する矢に叩きつける。
ドンッ、と空気を叩いて〝雷〟が暴れ――爆発する鏃を丸ごと飲み込んだ。
〈あっぶ……! ひやっとした……!〉
〈よ、よく威力抑えたね……!〉
直前に〝参ノ型〟を使っていたからか、想像以上に〝雷〟をコンパクトに使えた。
〝神力〟とは思えないほどにごく狭い範囲だったものの、密度の高い一撃で爆破を屠ったのだ。
場違いながらも、新しい感覚に感動し……そこで、辺りを見回して気づいた。
「あれ……? あ!」
真っ黒焦げになって溶けた〝雷〟の跡の周りには、ハルトもユージもいなかった。
慌てて振り返ると、先ほどまで屋根にいた二人組がそれぞれ抱えて逃走している。
と言っても、まだ南門を出るには距離がある。ハルトもユージも虫の息。とくにユージは〝雷〟の余波で脇腹が炭化している。
怪我人を抱えての逃走である。今から追いかけても十分追いつきそうだった。
〈追ってくる矢に……それを爆発させる力。あの二人もやっぱり何か特殊な能力を持ってるんだろうけど……捕まえたほうがいいかな?〉
〈んー……放置でもいいと思うわよ。厄介なのはなんとかなったんだし〉
〈ふん……。ユージってほうは……まだ無事だろうなあ。乱れてるって感じはするけど〉
〈けどあれだけ手痛くやられたんだから、王国内で自由に動けないでしょ〉
〈一応、リリィたちに話しておくかな。面倒なことにならないといいけど……〉
〈あの程度だったら〝上級騎士〟ぐらいで対処できるよ。厄介は厄介だけど……それだけ。明らかに鍛錬積んでない相手に、竜ノ騎士団が劣ることはないもん〉
エルトがそう言い切ったため、キラも無駄にモヤモヤとしたものを抱えるのはやめておいた。ため息として吐き出して、警戒を解く。
「グリューン、大丈夫だった? 咄嗟に使っちゃったんだけど」
「あんときに比べたら屁みたいなもんだろ。ヴィーナは腰抜かしちまったけどよ」
グリューンは軽くそう言ったが、彼と共にいた三人組は皆無事ではなかった。
怪我をしているわけではない。
だが……。カインはいまだに頭痛にうなされてへたり込み。ライカは顔を青くして体を震わせて。ヴィーナは今にも泣きそうな顔で腰を落としていた。
「あー……。あの……。えっと。ご、ごめんなさい」
「お前が謝ることじゃねえだろ、キラ。元はと言えば喧嘩ふっかけてきた奴らのせいだし、こいつらは根性なしだったってだけだ」
グリューンがいつもの生意気さを発揮すると、ライカがいの一番に反応した。
「ちょっと、あんたね……! 誰だって目の前に雷が落ちたらびっくりするでしょ! むしろあんたの方が文字通り無神経なのよ!」
「図太い性格してんのに繊細なのな」
「なんですって!」
どうやら少年は、三人の扱いを心掛けているらしい。ライカを刺激すれば彼女が元気になり、彼女が元気になればヴィーナが宥めに入る。
そのヴィーナもいつの間にか恐怖から逃れて、頭痛にうなされるカインへ気を配る……。
グリューンが仕方なさそうにため息をついたのをみて、キラはぼやいた。
「……仲良さそうじゃん?」
「あん? 嫉妬か?」
「……うん」
「バカじゃねえの。それで何か変わるってか?」
「んー……。いいや」
「だろ?」
態度の変わらないグリューンに安心感を覚え、キラはカインに声をかけた。
「どう? 頭痛は?」
「ああ……まあ。マシにはなった」
そうは言いながらも、カインはヴィーナに支えられて立ち上がった。反対側からはライカの肩も借り……到底、『マシ』という言葉に信憑性はない。
「〝錯覚系統〟、かけて貰えば? 死にかけの時でも効くくらいだし、頭痛なんてへっちゃらさ」
「いやあ、それが……かけてもらってこれなんだよ」
「そっか……。じゃあ、近くに僕の下宿先があるし、そこで休んでいく? ここら辺、人通りが少ないって言っても、流石に注目されるし……」
「じゃあ……お言葉に甘えて」




