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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
6と2分の1章

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641/961

620.4-6「推薦」

   ◯   ◯   ◯


 かつて竜ノ騎士団に所属していたクロエではあるが、竜ノ騎士〝本部〟に足を踏み入れるのはこれで二度目。

 通称〝西部騎士寮〟。正式名称〝騎士団地区〟。

 約千年前から九百年前ほどは、防壁に囲まれたこの場所こそが〝王都〟だった。

 エグバート王城に次いで歴史が長いと言われているが、王城が丸ごと改築されていた期間を考えれば、〝騎士団地区〟は王国一古い場所といっても差し支えはない。


 赤煉瓦を中心とした王都の街並みとは違い、〝騎士団地区〟に設けられた〝本部〟や騎士寮や派出所は石造り。

 各所に渡り廊下を設けたり、騎士寮に隣接する形でグラウンドを増設したりと、様々手が加えられているものの、そのほとんどが千年もの。

 歴史ある〝本部〟を前に、クロエは身震いがした。


「今思えば……なんともったいないことをしたか」

 クロエは、公爵家であるサーベラス家の出身。

 本来ならば大学を経て王国騎士軍に入団するものだったが……〝不死身の英雄〟ランディの存在が、竜ノ騎士団への憧れを強くした。

 十五年ほど前。当時まだ六歳の小娘ではあったが、一度だけ指南してもらったことがある。それがちょうど、学校へ入ろうかという時期であり……クロエは、父の反対を押し切って雑用として入団したのである。


 だが、時は残酷。

 入団した五年後、突如として〝不死身の英雄〟が王都を去ってしまったのである。

 妻の具合が悪いからだとか、故郷で何かあっただとか、色々と噂されていたが……そんなことはどうでも良く、クロエはただただショックだった。

 一時は〝不死身の英雄〟の『ふ』の字を見るのすら嫌になる程。

 当時、もちろんランディがいる〝西部騎士寮〟に在籍しようと躍起になり、念願叶って入寮したのだが……あまりに大きすぎるニュースを受けて、その日に辞退してしまった。

 全く引き止められなかったことを考えると、誰の目にもわかるほど落ち込んでいたのだろう。


「こうして自由に訪れられる立場になったのも、何か不思議なものです……」

 クロエが竜ノ騎士団〝本部〟を訪れようと思ったのは、つい昨日のこと。

 もしかしたら、キラが王国を去るのではないか……。そんな漠然とした不安を抱えたのがきっかけだった。

 ラザラスが指摘した通り、全ては彼の自由。

 竜ノ騎士団に在籍しているわけでも、王国騎士軍に入ってもいない。冒険者ギルドには登録しているが、それにしても強制力があるわけではない。

 キラは一般市民なのだ。帝都へ向かったように、気の向くままに旅立てる。

 エステルが……否、〝聖母教〟が彼の力を欲していると知り、クロエはその可能性に気づいてしまった。まるで、絶望の淵にでも立たされたかのような気分だった。


 なぜかは明白。

 単純なもので、彼に惚れているためだった。

 しかも、ほぼ一目惚れ。

 リリィ・エルトリアとともに王都に姿を現してから、幾度となく『彼は誰だったのだろう』と悶々としていた。

 その時は、竜ノ騎士団〝元帥〟である彼女が連れているから、と思っていたのだが……二度目に会った時に、そうではないと気づいた。


 穏やかそうな顔つきに反して、簡単には折れない頑固さ。

 ヒトの身に余る〝神力〟により体調を崩しながらも、決して意志を曲げない強さ。

 黒髪なとこだったり、優しい目つきをしているところだったり、ちょっと色白なところだったり、筋肉質ではないところだったり……他にも色々とあるが、その全てが、今までに出会った男性たちとはまるっきり違ってグッときた。


「しっかりしなければ……!」

 初めて会った時には、騎士とは程遠い人間に思えた。

 だが、彼という人物を知るたびに、あの憧れの〝不死身の英雄〟の後継者なのだと実感する。

 そのギャップにこそやられてしまったのかもしれない。


「とにかく、私にできることを……」

 とはいえ、ラザラスに忠告された通り、感情に任せてはならない。

 〝結婚〟という言葉を意識することすら気恥ずかしいというのもあるが、リリィやセレナも大きく関係している。そして何より、キラの意志を尊重したかった。

 それゆえ、ラザラス曰く〝クロエ結婚案〟は保留せざるを得ない。その線もまだ視野には入れたいものの……。

 何はともあれ、ラザラスには何やら案があるようで、すでに動いている。

 クロエも、じっとはしていられなかった。


「竜ノ騎士団の人事局は例外を嫌うと言いますが……」

 〝クロエ結婚案〟以外に思いつく策はただ一つ。

 キラを竜ノ騎士団〝元帥〟にしてしまうこと。これほど明白なことはない。

 実力も実績も十分で、何より周囲からの信頼も厚い。

 リリィにセレナ、アランにシリウスにラザラスにローラ三世、そしてもちろんクロエも。

 冒険者ギルドでは〝ナンバー・テン〟に繰り上がっており……エグバート王国全土、どころか、歴史を振り返ってみても、これほど突出した人物はほぼいない。

 それこそ〝不死身の英雄〟ランディくらいである。


 ただ、キラを〝元帥〟に推薦するにあたって問題がある。

 彼の意思ももちろん確かめねばならないのだが……一番に厄介なのは、竜ノ騎士団〝人事局長〟アンダーソン。彼は〝人事局〟の体質をそのまま擬人化したような人物――すなわち、例外をひどく嫌う。

 竜ノ騎士団を所有するエルトリア家にすら秩序を求めるのだ。

 リリィとセレナが見習いからスタートしたのは、彼女たちがそれを望んだというのもあるが、どのみち〝人事局〟のルールがそうさせていた。

 聞くところによれば、アンダーソン局長は〝秩序の番人〟たる母へーラよりよっぽど堅物であるという。


 そう考えるとひどく億劫になり……そこでクロエは、意識して表情を引き締めた。

 舌戦は幼い頃から母との言い争いで慣れている。その上、頭のてっぺんから爪先まで鎧でガードしているのだ。

 いける。はず。

 固い決意を胸に、クロエは〝本部〟へと乗り込んだ。




 ――ダメだった。

 とりつく島もない。

 死にそうになりながら事務仕事をこなしていたところだったのだから、それはそうとしか言いようがないが……それを差し引いても、〝人事局長〟アンダーソンの意思は変わりそうになかった。


『前例がないのですよ』

 これには、まだ言い返せた。

『〝元帥〟は強いだけでは不十分でしてね』

 これにも、まだ。

『国民の理解と信頼がなければならないのですよ』

 言い返しはした。

『行政レベルではなく、国民レベルで考えてもらわねば。体制側の意見というのは、得てして国民への押し付けになってしまいますから』

 黙ってしまう。


『〝英雄の再来〟……確かに、その通り名は知れ渡っているでしょう。しかしその人物像はあやふや。これでは務まりませんな。――誰もが見習いから始めるのは、その人物に街を知ってもらい、そして街にその人物を知ってもらうためなのです。お分かりかな』

 ぐうの音も出なかった。

 苛立ちながらもなおそう論理的に言い返されては、クロエも下手に反撃するわけにはいかなかった。

 しかし、だからといってすごすごと帰る気持ちにはならず……。

「リリィさん……。いらっしゃいますか」


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