615.4-1「加入」
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時を遡る事、四日。
これまでにグリューンが辿った経緯を簡単にまとめると……。
諜報部隊〝ノンブル〟としての入団試験が始まったのが、約三週間前。
それはすなわち、〝イエロウ派〟騎士約三百人の移送というかなり大規模な護送作戦の始まりでもあった。鉄の檻に五十人ずつ詰め込み、それぞれに護送隊を編成し……そこへ、グリューン、シス、ローランの三人が混ざる形となった。
とはいっても、主導するのは〝教国〟ベルナンドの〝アルマダ騎士団〟。
五十人ほどしかいないものの、それぞれが竜ノ騎士団〝上級騎士〟ほどの実力を有している腕利きたち。
檻に入れる際に〝イエロウ派〟騎士たちが暴動を起こしたが、何事もなく制圧されていた。
〝ノンブル〟としての仕事はないようなもの。
しかしそれも当然で、たとえ入団試験であっても、〝ノンブル〟であることを知られてはならない。
試験には何ら関係のないローランはともかく、グリューンとシスは『竜ノ騎士団として〝イエロウ派〟の護送完了を見届ける』という表面上の役割を担わなければならなかった。
そう……ただ単に戦えるかどうかを問う試験ではないのだ。
ゆえに、グリューンにとっては難題だった。
たびたび脱走する〝イエロウ派〟騎士を捕まえるのには苦労しないが……グリューンは、表面上『雑用あがりの見習い騎士』として作戦に参加している。
ということで、さっさと捕まえることもできるのに、わけもなく苦労したふうに見せねばならなかった。それ以外にも、雑用あがりということで何かと仕事を押し付けられたり……。
なぜこんなことを。なんでこんな目に。何百回と舌打ちを隠していたが、それも〝キラの知人を見つける〟という目的を思い浮かべれば何とかなった。
悶々とした気持ちを抑えながら、三週間という行程を乗り越え……今、ようやく護送作戦から解放されたところだった。
しかし、なぜか晴れやかな気分ではなく……。
「意外と君は、感情に流されやすいタイプですか?」
「……は?」
〝ノンブル〟には、いくつか掟がある。
今回のように宿で部屋を借りたのならば、〝ノンブル〟とそうでない人間とで分けて借りること。出来うる限り、一部屋にまとめて泊まること。
そして、自分がいたという痕跡を一切消すこと。髪の毛ひとつも残さないように部屋を掃除し、シワひとつも許さないベッドメイクも行う。
その手順を〝ノンブル〟の一員であるシスに指導してもらっている間に、そんな間抜けな問答があった。
「俺がンなふうに見えるって?」
「いいえ。表面上は。――しかし、彼ら〝アルマダ騎士団〟と別れる際、名残惜しそうにしていましたね?」
「そりゃ演技だろうが」
「そうならいいのですが。ラザラス様から、君の行動目的は聞き及んでいます。第三者が聞けば、何と心ある人間のすることだろう……と思うでしょう」
「気色悪ぃ……」
「忠告したいのは、それが漏れ出さないようにしてほしいということ。情に流されてはなりません――特に任務中は。打算的な行動と合理的な分析を心がけてください。きっとこれから、多くの〝初めて〟に触れるでしょうから、気を引き締めるようにお願いしますよ」
「けっ……。誰かに何かを気取られるような付き合いなんぞ、元からする気はねぇよ。〝目的〟のためとなりゃ別だが」
新調した服に袖を通し、靴の紐もきちんと結び、右腰にナイフがあるのも確認してから、マントをかぶる。
そうして食料と荷物でパンパンなバックを背負って、シスを見た。
「そんで? 掟を叩き込まれたってこたぁ、俺は合格でいいってことだよな?」
「ええ。十分な成果です。先ほどの不安点は入団試験だけでは判断しようもありませんし……。その辺りを含めて、ラザラス様に報告をしておきます――グリューンくんの〝ノンブル〟入りを。〝リンク・イヤリング〟が用意されているでしょうから、その受領で〝ノンブル〟の一員となります」
「ふん……。つうかよ。お前、〝シス〟ってのは本名じゃないだろ。〝ノンブル〟って組織名もそうだ――なんで〝大国〟ルイシース風に名前をつけてんだよ」
「む、やはり鋭いですね。さすがです。……が、今教えられることは何もありません。僕は〝ノンブル〟に入る際に元の名前を捨てましたし、〝大国〟風の名付けの由来についても王国の歴史から入らねばなりませんので」
「あっそ。で、俺もその法則に従った名前を与えられんのか」
「そこはラザラス様に伺わないと、なんとも……。ただ……これまでの経緯を考えれば、君のその〝グリューン〟という名前も本名ではありませんよね」
「まあな。そういう意味じゃあ、お前と同じだ。俺の場合は忘れただけだが。――マキシマってジジイに〝緑色〟として区別をつけられた。そんだけ」
「ほう……? そちらは〝ガリア大陸〟風ですか。興味深い」
シスは根っからの諜報部隊気質なのか、根掘り葉掘り聞き出そうと目をきらめかせた。
それ以上は語る気もなかったが――グリューンが断る前に、扉からゴンゴンッという音が飛び出した。シスが諦めたようにため息をつく。
その様子にグリューンはわざとらしく鼻を鳴らして見せ、扉を開けた。
「っるせえな。んなに強く叩かなくても聞こえるっての」
「おっと! これはすまなかった! 定刻である!」
乱暴に扉を叩いていたのはケツアゴ紳士、ローラン。王都で新調したのだと散々自慢された紳士服を身につける偉丈夫である。
自慢するだけあって上から下まで一級品ではあったが、そのガタイの良さと筋肉量により、妙な存在感がある。首元の蝶ネクタイが小さく見えて仕方がない。
そして、ニコニコと快活に笑うその顔つきも、グリューンにとっては違和感でしかなかった。もともとゴツくていかつい顔立ちというのに、無理に笑おうとしているようにも感じる。まるで、屈強な戦士が頑張って紳士ぶっているかのよう。
かといって、何か企みがあるようには思えず……。ただ、ただ、変態的なまでに何もかもがかみ合っていないだけだった。
「ってかよ。別に俺一人だけ泊まり続けたってよかったんじゃねえか? 街を出んのはお前ら二人だろ」
廊下に出つつ、後に続くシスに言葉を投げた。
「そうはいっても、早いところ折り返し発たねば。騎士団としての任務が待っていますよ」
「任務……? ああ、そうか、忘れてた……。ラザ……あのジジイの頼み事があったか。めんどくせえ」
「まったく。先が思いやられますね……」
「っるせえな。――ってか、俺は俺のやりたいようにやる。そういう話だったろ」
さっそく〝ノンブル〟としての行動を要求してきたシスの抜け目のなさに辟易としつつ、グリューンは意気揚々と階段を降りるローランに続いた。
シスが受付で手続きをしている間に、外へと出る。
「……っ。なんとかなんねえのかよ、この眩しさ。〝白亜の北境〟つったか……何で建物全部白くすんだよ」
「異国情緒に溢れて良いではないか。我輩としては、念願の〝教国〟にやってきたのだと毎度実感する……!」




