610.3-28「連なり」
「キラ殿曰く、〝マモノのクスリ〟らしい」
「まもの……? いえ、その前に……なぜキラ様のお名前が?」
「パクスの〝市民街〟にて、〝ネズミ〟に端を発する事件があったらしくてな。裏社会が形成されていくところへ、何の偶然か巻き込まれてしまったらしい。冒険者として依頼をこなすために訪れていたというが……」
「何かと……巡り合ってしまう方なのですね」
「わしやランディも大概だったが、的中率で言えばキラ殿の方が上回るだろうなあ」
「では、そのお薬はキラ様が?」
「直接ではないがな。昨日王都に帰ってきたらしいが、リリィ殿に捕まって身動きが取れんかったと」
ラザラスはそう返しながら、ローラとクロエを交互に見やった。
姉妹のように仲が良くなり、仕草や態度もどこか似通ってきた二人だが……〝マモノのクスリ〟に対する反応は正反対だった。
ローラが嫌そうにソファの背もたれに背中を押し付けているのに対し、クロエは前屈みになって興味津々に小瓶をのぞいている。
「〝マモノのクスリ〟……とは何やら含みがあるように思います」
ローラが一言も喋ろうとしないのに、クロエが思ったことをそのまま口にだす。その様子もまた対照的だった。
「〝黄昏現象〟の時に現れたあの〝魔物〟を連想してしまいますが……。本当のところはどうなのでしょうか」
「その通り。これを飲むと、たちまちヒトがあの〝魔物〟のように変身してしまう。〝ユニークヒューマン〟の〝モンスタータイプ〟のようでありながらも、〝魔物〟のようにギョロリとした三つめの目が額に生えた……と聞いた」
「目が……。この世の生物にあるまじきその特徴が出現したというのですか。〝魔獣〟にさえあり得ないその特徴が、なぜヒトに……? しかも、この小瓶は飲みかけでしょう。ということは、半分ほどの量で〝魔物〟じみた変身を……」
「正直、今こうしてここに置いているだけでも嫌な代物よな」
「はい……。厳重に保管されるべき危険薬物です。即刻廃棄しても良かったでしょう。しかしこれをキラ様が送ったということは……きっと、研究しなければならないものなのでしょうね」
「うむ。この〝マモノのクスリ〟を使った人物が問題でな。随分と短気だったらしい」
「……はい?」
「怒りっぽい上にプライドが高く……キラ殿は『勢いでクスリを飲んだ』とみている」
「……仮に。〝ネズミ〟とやらが何らかの組織を抱えていたとして。〝マモノのクスリ〟を使った輩はその末端に過ぎず……〝マモノのクスリ〟もまた、使い捨てのように考えられているかもしれない、ということですか」
「〝マモノのクスリ〟を生産するのにさして苦労がないのであれば、たかがチンピラの手に渡り雑に使われたとしてもどうとも思わないだろうよ」
「それが敵の手のうちにあるのならばまだしも、市井に広まっては……!」
今にも立ち上がって部屋を飛び出しそうなクロエを、ラザラスは制止した。
「まあ待て。もうすでに手は打ってある。市長シェイクに全て共有済みよ。それに……広まったとしても、魔法で見分けはつく。その手立てはすでに〝連絡課〟に託した。気にすることもなかろう」
「一体、どうやって……? 見た目は普通の薬にしか見えないのですが」
「わしやクロエには、そうだろうな。だが――ローラよ。おまえはどう感じる?」
ラザラスが話を振ると、ようやくローラは口を開いた。
「い、嫌な感じがします……。肌がゾワゾワするような……。正直に言って、クロエさんとお父様がなぜそれほど平気でいられるか、不思議なくらいです」
「だろうな……。キラ殿も、同じことを感じ取っていたらしい。だが、彼以外は何も感じてはおらん」
「この感覚は……いったいどこからくるのでしょうか? 私やキラ様にあって、他の方達にないものとは……?」
「それはな――」
ラザラスが答えようとしたところ、それを遮るようにノックの音が響き渡った。
クロエが率先してソファをたち、来客を出迎える。
「これは――エステル・カスティーリャ様。いかがされましたか」
「……少々。よろしくって?」
「はあ。私は、まあ、構いませんが……」
ラザラスは小さく頷いて入室を許可した上で、ローラに素早く告げた。
「〝使命〟にも大きく関わることだ。ついでで話すことでもない……また機会を改めるが、それで良いか?」
「はい、もちろん」
――数十分後。
「ぬぅぁ……! あ、頭が破裂しそうじゃ……! なぜこうも次から次へと……神はタイミングを図って欲しいもんよなあ!」
「天を仰いで怒鳴りつけたところで、どうにかなるのでしょうか……?」
「娘が反抗期……!」
エステルが大きな爆弾を残して去っていったのち、ラザラスは開口一番情けない声を出していた。
執務机についたローラも、冗談めかしてはいるものの、ひどい頭痛に悩まされているように眉を顰めている。
彼女のそばに立っていたクロエも、疲れたようにため息をついている。
ただ、どうやらエステルの話そのものではなく、先ほどの考え事について耽っているらしい。むつかしい顔つきをして、何か焦りを抱えている。
「極秘裏の〝領土奪還作戦〟……。まさか、〝教国〟がそこまで強硬手段に出るとは……思いもしませんでした。〝イエロウ派〟との軋轢の歴史はもちろん知ってはいましたが……」
「〝聖母教〟という観点で考えれば、旧エマール領での〝武装蜂起〟は歴史的大事件のようなもん。〝イエロウ派〟のトップがエマール家と判明し、しかもそやつが祖国へ帰ったときた……何にしろ、動かねばならん。わしでもこうしておるわ」
エステル・カスティーリャは、とある話を持ち込んできた。〝領土奪還作戦〟とやらに大きく関わる話である。
〝イエロウ派〟とは、元々〝聖母教〟の分派。〝聖母マリア〟を主として崇めつつも、『神は〝悪魔〟に害され、御隠れになった。ゆえに〝聖母マリア〟を地上に遣わした』と異質な教えを説いている。
その〝イエロウ派〟が〝聖母教〟と袂を分つこととなったのが、およそ三百年前に起こった〝西方事変〟。
〝聖母教〟の分派たる〝イエロウ派〟も、もちろん〝教国〟ベルナンドを故郷とするわけだが……当時、大きな権力を握っていた西方の一族が謀反を起こし、領土を占領したのである。
それが表面化した時には、すでに〝アベジャネーダ国〟として名乗るほどに規模が拡大し――〝教国〟ベルナンド有する〝アルマダ騎士団〟でさえも、強引に取り返すのも困難な戦力を保持するほどに拡大していた。
三百年もの間、ベルナンドはアベジャネーダと小競り合いを繰り返しながらも、現状維持を選択せざるを得なかったが――この数ヶ月の間で、歴史がひっくり返るような事態がいくつか起こった。
一つは、エマール家の元に〝イエロウ派〟が集っていたということ。
〝ノンブル〟であるシスの調査により判明したもので、それゆえに〝労働街〟での〝聖母教〟の影響力が失われていた。
それに続いて、エマール家の当主であるシーザー・J・エマールが〝イエロウ派〟のトップ――すなわち、アベジャネーダ国の国王であることも判明した。
この事実は、エグバート王国としても見逃せないものである。
ラザラスとしては、『現王家が初代エグバートの血を引いていない』という〝王家の秘密〟を握るに至った経緯が隠されていると睨んでいる。
が……それも今は後回しにしておきたくなるほど、エステル・カスティーリャの提案はぶっ飛んでいた。
彼女は、〝教国〟ベルナンドが前々から秘密裏に〝領土奪還作戦〟を進めていると明らかにした上で、要求に近いお願い事をしてきたのである。
それが――。
「キラ殿を貸してくれ、か……」




