606.3-24「算段」
想定外の事態が待ち受けていたものの、それをも乗り越えた実感がじわじわと湧いてくる。
これまで、生き延びたことに対する安堵感が強かったが、今回はそれが一切ない。
あるのは、自分たちの手でやり遂げたのだという達成感。
レニーたちのサポートだとしても、それがたまらなく嬉しかった。思わず、ドミニクと両手でハイタッチを交わす。
「素晴らしいですね……。お二人は」
「いやあ、リーウさんがいてくれたからっすよ。俺らが動けたのは」
「私も、お二人が先んじて動いてくれたからこそ、魔法を使えました。私一人でしたら、おそらく取り逃していました」
リーウは三人の男を〝毛糸の魔法〟で拘束していた。三匹の大型の犬が男たちの服に噛みつき、泥沼から引っ張り出した後に、両手両足に複雑に絡みつく。
「俺らも無我夢中だったんで、奇跡みたいなもんっすよ。それに、〝黄昏現象〟のときに似たような経験があったんで……。それで何とかなった感じす」
「そうですか。以前にも似たものが……。なんだったか、わかりますか?」
「でも、似てるって言っても、なんとなくって感じで……。あんときは体が動けなるどころの騒ぎじゃなかったし。俺もドミニクも、居合わせたヒトたち皆吐いちゃって……」
「〝黄昏現象〟といいましたか……。恐ろしいものですね」
「キラだけは割と平気だったらしいっすけど……。……もしかして、アイツのほうで何かあったんじゃないっすか?」
「……ありえますね。キラ様の引きの悪さは帝都で身に染みています。ただ、あの遠吠えは悲鳴のようでしたし、今回もまた心配するようなことはないようですが……」
「って言いながらソワソワしてるじゃないっすか。ここは俺らに任せて、リーウさんは先にキラのとこに行ってもらって構わないっすよ」
「そうですか? では、お言葉に甘えましょう」
軽く礼をしてそそくさと立ち去るリーウと入れ替わるようにして、ほったて小屋のほうが騒がしくなる。
「……なあ」
「……多分、同じこと考えてる」
セドリックはドミニクと顔を見合わせたのち、目の前で横たわっている三人の男に目を移した。それぞれ足先でつついてみても、ぴくりともしない。
完全に気を失っている。それを確認してから、セドリックはなおも声を低めてドミニクに語りかけた。
「最初話聞いた時は、冗談にも思えたけど……。俺らの知らねえところで、ほんとに想像以上の事態になってんのな。『リモンにネズミが入り込んでる』って……今の遠吠え、そんなレベルじゃねぇだろ」
「ね。でも、さすがって感じもする」
「キラもそうなんだけどよ。なんでこう『ヤバイ』としか言い表せないヒトらに囲まれてんだろうな? 幸運は幸運なんだろうけど……ついていけるか、ちと不安になる」
「だから〝考える〟しかない」
「……だなあ。キラにも共有できたし、変に気張ることもないか。俺らがどうこうできるような問題じゃなくなってるし。ニコラさんの話じゃあ、元国王様も絡んでるんだってよ」
「規模がでかい……。だからこそ……」
「マジで……。この状況を読んで、それに対策を打って、んでもって元国王様も動かしちゃうって……ブルータスさん、何者だよ」
◯ ◯ ◯
論点が転がりに転がってしまったが……。
元はと言えば、冒険者ギルドの依頼を達成することが目的だった。もっと言えば、冒険者として金を稼ぐことが目当てで旧エマール領を訪れたのである。
それが巡り巡って〝聖母教〟枢機卿であるイグレシアス卿の手伝いをすることになり、さらには悪党たちが育てようとしている裏社会の撲滅にまで乗り出すことになった。
すなわち、元々の目的は遅々として進んでいないわけであるが――こうして巻き込まれたことで、全てにある程度の目処がつきそうだった。
「イグレシアス卿。〝聖母教〟を立て直す算段がつきそうです」
そうやってニコラが農夫姿に戻ったイグレシアス卿に切り出すのを、キラは聞いていた。
ちらりと周りに目をやれば、リーウやセドリックやドミニクがせっせと働いている。
さらにはレニー、サワーズ、マコールも、廃れてしまった〝聖母教〟の立て直しに協力していた。
それぞれに強力な魔法使いでもある彼らが加われば、教会の内装は目に見えて綺麗になっていった。まるで新築の教会のように、どこをみてもピカピカと輝いている。
今は、リーウたちがレニーたちの指導のもと、魔法による天井の掃除を試みているところである。案の定、セドリックはめちゃめちゃに苦戦している。
「それは本当ですかな、ニコラ殿? 昨日の今日で嬉しい限りなのですが……いったいどのような方法で?」
「イグレシアス卿も、昨日の一件は色濃く覚えているでしょう」
「ええ、もちろん……。あれほど恐ろしい経験をしたのは人生で初めてです」
「もともとは、この〝市民街〟に蔓延ろうとしている裏社会を撲滅するためのもの……。結果は完璧。現状把握していた悪党共の排除に成功しました。薬物や貧困の問題は依然として残ったままですが、それもすでに手を打てるよう動いています」
「まっこと、素晴らしいこと。しかし、今その話を持ち出したということは、教会の立て直しと深く関わっていると考えてよろしいのでしょうな?」
「ええ。今回の一件で一番に問題視すべきなのは〝マモノのクスリ〟……キラ殿が居合わせたからよかったものの、そうでなければあの〝異形〟に壊滅させられていたでしょう。傷跡が未だ深く残るこの街に……」
「ああ、想像するだけでも恐ろしい……! キラ様には本当に感謝しもうしあげねば。私も無事ではありませんでした」
イグレシアス卿のいう〝キラ様〟には含みがある気がして、キラは曖昧に笑った。
「この〝マモノのクスリ〟が一つだけならばいいのですが、他にもあるのならば厄介です。ただ……こういった代物を悪党たちが誰かに譲るとは思えません。強欲なものならば、いざという時の切り札として何がなんでも手放さないでしょう」
「ふむ、ふむ。そうですな」
「ならば、その意固地な態度を逆手に取ることができます。まだあの悪党たちに仲間が残っているのだとしたら、現在は孤立無縁。徒党を組もうにも、今までのように容易くはないはず。そこにシェイク市長に〝マモノのクスリ〟の危険性について公表して貰えば……持っていることすらリスクに感じるのではないかと」
「ふぅむ……。しかし、逆効果の可能性もありましょう?」
「もちろん。それをきっかけとして、残った仲間たちで組織を立て直そうとするかも知れません。なんにせよ……動くしかなくなるのです」
「ほぉ、なるほど。彼らが市井に身を顰めてしまうと、また見つけるのは困難でしょうが……動き出してくれさえすれば、対処のしようもありますな」
「ええ。レニーたちは優秀ですから」
「しかし……。それが、どう教会の再興と結びつくのでしょう?」
「貧困問題にしても、薬物問題にしても、暗躍する悪党たちを排除したからと解決できるものではありません。むしろ、これからより一層状況が厳しくなる時も来るでしょう。このままでは、また同じことが起きかねません……今度は、内紛のように市民同士でのいざこざに発展する可能性もあります」
「確かに……」
「故に、〝聖母教〟の支えが効きます。今回の件で不安がもたらす恐怖も浮き彫りになったことですし、これを教訓とせねばなりません。すなわち、ストレスや不安を溜めることのないよう、皆が〝聖母教〟に頼ることができれば……。シェイク市長ももともと熱心な〝聖母教〟信仰者なので、彼もそのように動いてくれるでしょう」
「なるほど……! 世の人々の不安を晴らすのは、〝聖母教〟の使命! 不肖、このマルティン・イグレシアスがその役目を担いましょう」




