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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
6と2分の1章

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603.3-21「〝力〟」

 青年は、明らかに戦い慣れしていない。

 いかにヒトを欺くことに長けていようとも、実践経験がないのだ――直線的で、非常に見やすい。


 低く、まっすぐ、突っ込んでくる。

 先読みの技術と〝未来視〟とが同じ答えを出す。


 青年は大きく開いた左腕全体を使って仕掛けてきたが、キラからすればそれこそが付け入る隙だった。

 タイミングを測って一歩踏み出し――抜刀。


 通り抜けざまに、狼男の左腕を斬り飛ばす。

左腕がポトリと地面に落ちるのと同時に、怪物はバランスを崩して近くの家屋に突っ込んだ。


 キラはハッとして振り向いた。

 どうやら狼男がめり込んだ家屋は空き家のようだったが、

「……!」

 その近くには、イグレシアス卿がいた。あまりに唐突なことに腰を抜かし、逃げられないでいる。

 しかも運の悪いことに、瓦礫をどかしながら立ち上がる狼男の視界に入っている。


「ナンダ……」

 ギョロリとした第三の額の目が、イグレシアス卿を射抜く。それにつられるかのように、元からある両目も動く。

 左腕を失ったというのに、ろくに痛みも感じていない。怒りに囚われ、それどころではないようにも見えた。


「ソノ目ハァ!」

 キラはしゃにむに飛び出した。


〈任すからね!〉

 エルトの〝覇術〟が、脚に巻き付く。

 爆発的な向上した脚力により、ほぼ一歩で到達。体が流されないよう砂利道を削りながら、狼男の正面に割って入る。


 残った右腕を振りかぶっている――コンマ一秒もすれば直撃――左側からのまっすぐな軌道。気をつけるべきはパワーのみ。

 キラは〝センゴの刀〟を盾のように構えた。右手でしっかりと柄を握りしめ、左腕前腕を峰に当てて衝撃に備える。

 全てを切り裂く〝センゴの刀〟の刃を軌道上に置いておけば――それだけで、狼男の右腕が宙を舞う。


「――ッ!」

 怪物は、頭を逸らして悲鳴を上げた。

 それで倒れてくれれば話は早かったが――なにせ怪物。両腕をもがれたくらいでは死にはしなかった。


 悲鳴を殺すかのようにバクンと口を閉じ、唸りながら前屈みになる。

 そのまま、突進。

 三度の単純行動――だが、それまでのどの攻撃よりも、桁違いに速くなっていた。


 キラも警戒していた。〝センゴの刀〟を引き戻して構えるだけだった。

 だが、悲鳴を聞いたその瞬間、一瞬だけ硬直してしまった。それが仇となり、猛スピードの突進に対処が遅れる。


「――ッ!」

〈なんで……っ!〉


 もはやヒトであったことすらも忘れたかのような、捨て身の突進。

 閉じていた口をガバッと大きく開き、腹ごと胴体を噛みちぎろうとしてくる。


 ――ならば。

「〝コード〟」

 掴みかけた感覚に賭ける。


 確信はあった。〝パレイドリアの村〟では、一度自力で使えもしたのだ。

 〝川の音〟――すなわち〝血の流れ〟を汲み取れば。あとは手足を動かすように、〝雷〟をもコントロールすることができる。


 頭が冴え渡り、何をどうすればいいのか、一瞬にして判断を下す。

 バリッ、と右手に〝雷〟が巻きつき、〝センゴの刀〟へ伝播する。

 いける――勢いのままに〝コード〟を使おうとした、その瞬間。


「〝界〟!」

 イグレシアス卿の決死の叫び声が聞こえた。かと思うと、キラは虹色に淡く輝く何かに囲まれる。

 まるで結界に守られたかのよう。


 すると不思議なことに、狼男から放たれる圧力もなくなった。

 危機感に総毛立っていた肌もおさまり――その安堵感が示す通りに、虹色の結界が狼男の行手を阻んだ。


「が、バッ……!」

 流石の怪物も、この突如とした結界の出現には対応できなかった。

 大きく口を開けていたことで、何本もの牙が折れ、さらには顎も砕かれる。

 衝撃は首の骨にも貫通し、異形の体でも耐えきれず……変な方向に折れ曲がり、絶命した。


「はぁ……! 間に合ってよかったですな……!」

 出会った時からそうだったが、イグレシアス卿は高位の聖職者とは思えないほど、だらしなく地面に伸びていた。


「あの……。助かりました。けど、一体何を……」

 キラがその太った体をなんとか引き起こすと、イグレシアス卿は手に握っていたものを見せてくれた。

 それは、胸元から引きちぎったのであろう〝聖母のタリスマン〟だった。


「これですよ。〝聖母〟様のお力をお借りしたのです」

「力を借りたって……。そのタリスマンがあの〝力〟を?」

「神秘的でございましょう? 滅多なことなしには使ってはならぬ掟ではありますが……〝天神教〟の主に何かあってはなりませんから。……おや?」

「はい?」

「今、キラ様の右目が……。気のせいでしょうか」

「……?」

 エルトが慌てて引っ込んだのを感じつつ、キラは何を言っているかわからないふりをした。イグレシアス卿がそれ以上続けないよう、蓋を被せるようにして話を続ける。


「とりあえず、酒場の方を見てきます。イグレシアス卿はニコラさんを呼びにいってくれますか。こっそり済ますはずが、結構な大ごとになってしまったんで……」

「そうですな……。ヒトが亡くなる大ごと……自業自得の面が強いとはいえ、このままには出来ません」

 イグレシアス卿ははたとして立ち上がり、よたよたとその場を離れた。太り目な老人の行動にキラははらはらとし、その姿が建物の影に消えてなくなるまで目が離せなかった。


〈とりあえず……。なんとかなってよかった〉

〈だねー……。ひやっとしたけど、キラくんは余裕だったみたいじゃん?〉

〈またそうやって茶化す……。〝コード〟を使うきっかけみたいなのを理解できたから、できると判断しただけだよ〉

〈ま、実際うまくいきそうだったし? 私がいなくてもなんとか出来たみたいだし?〉

〈……母親なら息子の成長を祝ってよ〉

〈だから怒らないんじゃん〉


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