602.3-20「共通項」
「開けろ!」
「んえ――ッ!」
扉が内側にパッと開いたことで、青年を押さえつけていたのが途端にひっくり返る。
〈うわ——この扉、内開きだったのっ?〉
〈どこも大抵そうだけどっ? 珍しく初めっからうまく行ったと思ったら……! 何やってんのよ、バカ息子!〉
痛恨のミスに嘆く間にも、状況はどんどん暗転していった。
青年と共にバックヤードに雪崩れ込み。
素早く体勢を立て直したのも束の間、待ち構えていた太った男が砲弾のように突っ込んでくる。
寸前で回避したものの、今度は青年の蹴り。
それもなんとか腕でガードし――しかし、その衝撃までは受け流せずに吹き飛ばされた。
青年の華奢な体つきに、なってない蹴り方。
というのに、随分なパワーだった。
再び扉を破って、今度は店内に転がり出る。
立ち上がった時には、すでに物騒な男たちに取り囲まれていた。
〈今の……。なに? あの蹴り、魔法使ってないよね〉
〈わかんないけど――ピンチだよ、キラくん〉
キラは左手に巻きつけた紅色の下緒に鞘を差し入れ、〝センゴの刀〟を手離さないように握り込む。
いつも通り、咄嗟の状況でも抜刀できるよう、親指は鍔にかけておく。
「一応聞くけど……。いつからバレてた?」
周りの粗野な男たち五人は答えない。
一番先に口を開いたのは、バックヤードからのそのそとやってきた青年だった。砲丸のような大男を従えているのを見る限り、やはり彼がリーダー格のようだった。
「見かけた瞬間にだ、この化け物。何食ったら毒が効かねぇ体になるんだよ」
「毒……?」
「しかも気づきもしねぇ。ンな異常なやつを警戒しないバカがどこにいる?」
「にしては……随分無防備だった。それに、あの蹴りも……。慣れてないっていうより、戦うの下手?」
「てめぇ……! この状況でよくアオれるな、あア?」
そういう意図があったわけではないが、青年は随分と短気だった。
プライドが高いのか、あるいは劣等感が刺激されたのか……自分が始末をつけるとばかりに目線で仲間たちを威圧しつつ、一歩出る。
「生きて帰れると思うなよ……!」
「そりゃ……。こっちのセリフさ。色々と喋ってもらうためにも、一人は生きてもらわなきゃ困る」
「減らず口を……ッ」
青年はポケットから何かを取り出した。
手のひらに握られたそれは、茶色の小瓶。中にはチャプリと揺れる液体が入っている。
〈あれは……クスリ?〉
〈気をつけて、キラくん。あれから嫌な〝気配〟を感じる〉
キラは頷くことすら忘れて、青年の挙動を注視した。
青年は怒りのままに、しかしそれにしては慎重に小瓶をあおる。
半分ほどを残して蓋をして、背後に控えている大男に放る。大男は、まるで金塊でも投げ渡されたかのように慌てて受け取っていた。
「——————ッ!」
青年は言葉にもならない苦しそうな雄叫びを上げ、見る見るうちに変わっていった。。
それまで華奢だった体つきが、メキメキっという痛々しい音とともに膨れ上がっていく。
体の内側で爆発でも起こるかのように、至る所がぼこぼこと膨れる。その度に服がちぎれ、弾ける。
貧弱な体つきが垣間見えたのもつかの間。まるで獣のように、青い体毛が急激に伸び始めた。
体格も骨格も、劇的に変化しているようだった。
深く俯いた青年の顔つきも、瞬きをするごとに変わっていく。黄色い歯が牙のように尖り、同時にバキバキと口元が突き出ていく。
随分と長い変身時間だったが……キラは、その間に見定めねばならないと直感した。
〈あのクスリを飲んだ瞬間、変な〝力〟が溜まり始めた……。〝神力〟でも〝覇術〟でもない……。あれが〝妖力〟ってやつかな?〉
〈そんなわけないよ……! あんな歪んだ〝力〟、見たこともない。リョーマくんからあんなヘドロみたいな汚れた雰囲気、感じたことないでしょ〉
〈確かに。どっちかっていうと――〉
青年は、ついに完璧に変身を遂げた。苦痛が晴れるのと同時に、〝力〟に満ちた万能感に高揚したのか、大きく首を逸らし……吠える。
仲間ですらその異形な姿に恐れをなし、何人かは腰を抜かしていた。
〈何から何まで共通点が多いわね……! 帝都じゃ〝始祖〟が〝神力〟を与えて、ここじゃああの〝クスリ〟が怪物じみた〝力〟を与えた……!〉
〈しかも――見た目は〝黄昏現象〟の〝魔物〟っておまけつき〉
青年は〝クスリ〟により狼男に化けた。
それだけではなく、あの忌々しい〝黄昏現象〟にて猛威を振るった〝魔物〟の特徴が現れていた。長い体毛をかき分けるようにして、額に目玉が生えたのである。
ビリビリの服を脱ぎ捨てる様は、ヒトであったことを忘れたかのようだった。
「ドウ、ダ……! コレ、が、オレの〝チカラ〟……!」
「……振り回されてちゃ世話ないね」
「ヘラズ口ヲ――タタクな!」
三つ目の狼男は、天井にも届く巨躯。
というのに、その速さといったら。動き出しも、トップスピードへ至る速さも、駆ける動作も――全てハイレベル。
キラも反応が遅れ――、
〈〝エルト流魔道術〟〉
合図もなく体を乗っ取ってくるエルトに、防御行動を任せた。ズズ、と右目が赤く染まっていくのがわかる。
〈〝鎧熊〟!〉
姿勢を低くして鋭い爪を伸ばしてくる狼男に対し、エルトが両腕を合わせて盾を作る。
とん、と軽く後退して位置を調整し、腹をも抉るような一撃を防いだ。
到底それだけでは受け止めきれない――そうエルトは想定して、両腕に重心を置きつつも、全身に防御面を展開していた。
おかげで、壁を突き破って転がり出ても、なんら痛みはない。
〈防御は私に任せて! いっぱい技考えたんだからっ〉
〈警戒してたんだけど……反応遅れた。助かったよ〉
〈んふふ! 〝魔道術〟師範ですものっ〉
〈……ああ。それ、生きてたんだ〉
軽口を叩きながらキラは立ち上がり、ふ、と息を吐いた。〝弐ノ型〟を隅々にまで行き渡らせ、感覚を研ぎ澄ます。
〈……まただ〉
〈何?〉
〈川の音。いや――たぶん、血が流れる音〉
サアッ、と聞こえるそれに集中したかったが、敵はそれを待ってくれない。
狼男は、〝クスリ〟により判断力まで上昇したらしい。先の一撃で仕留めたとはつゆとも考えず、まだ店の中にいるという状況を利用した。
すなわち、スピード重視の奇襲である。
だが。
「まだセドリックの方が〝考えてる〟よ」




