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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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61.想定外

「……!」

 仮面のごとき冷徹な面持ちに血のような赤い瞳、透き通るような白い長髪。髪色と相反する漆黒のコートに黒い剣……。

 何もかもが、あの優しい老人を追い詰めた姿と同じだった。


「おいおい、そんなに気を荒立てないでくれ。あれは幻だ……どんなに憎くとも、どんなに殺気立てようと、目の前にいるブラックはなんにも知らねえよ」

「……それで、アレと戦えばいいの?」

「そうだが、その前にアドバイスだ。いつ何時も、感情をコントロールしろ。お前さんの中には、呪いともいえる”力”が眠っている。それも、二種類だ」

「ユニィが言ってた……。”覇”のことだよね」

「ああ。こいつが厄介なもんでな。血に寄生するもんだから、特に”怒り”に敏感に反応するんだ。頭に血が上るって言うだろ。活発になった血の巡りに便乗して、宿主の身体を奪おうとする。やな言い方すれば、脳を食いつくしてしまう」


「あの時、確かに怒りでどうにかなりそうで……覚えているのはランディさんが光になって逝ったことだけ」

「光になって……? どういうことだ?」

「え……?」

「あいつは……ブラックに殺されたんじゃないのか?」

「直接的じゃないってだけで。ほとんど手にかけたも同じだよ」

 思わずぶっきらぼうに答えると、レオナルドはしばらく黙り込んでしまった。


 目の前にいるブラックもピクリともせず……少し不安になっていると、再び声が頭の中に響いた。

「悪い、ちょっと考えごとをな。で……まあ、ともかく、ブラックを前にしても冷静を保て。自分の意志で戦い続けるんだ」

「うん……。だけど、あんな事になったのは一度だけだよ。その前にも、怒りで一杯になったことがあるけど……何も起こらなかった」

「呪いと言ったはずだぞ。じわじわと侵食し、放っておけば堕ちてしまう」


「堕ちる?」

「ドラゴンは知ってるか? ありゃあ竜人族が”覇”に支配された姿だ。もともと、”覇”ってのは竜人族の血に巡ってるものでな。奴らもある程度の耐性はあるんだが、それでも血を介して脳をやられ、支配に屈してしまうことがある」

「それがドラゴン……。……あれ? じゃあ、なんで僕が”覇”を?」

「さあな。もう疲れるくらいに想定外すぎるんだ、お前さん……。勘弁してくれ!」

「え……怒られた……?」


「冗談だ。――ま、なにはともあれ。これからブラックの相手をしてもらう。目的はブラックの動きを見切ってもらうことだが……お前さんが上に行くにはそれだけじゃ足りん」

「足りない、っていうと?」

「自分の能力を把握するんだ。何が出来るか、何が得意か、何が苦手か――記憶を失ったお前さんは、だからこそそれらすべてを完璧に知らなきゃならない」

「僕が出来ることを……」

「把握したところで、ブラックに勝てるとは限らない。なにせ、お前さんは自力で”神力”を引き出せない。その上、感情を制御できなければ”覇”に振り回されもする。差は歴然だ――頑張れよ」


 レオナルドの言葉が終わるのと同時に、それまで静かだったブラックに変化が起きた。ゆらりと長い純白の髪が揺らめき、漆黒の剣から黒い靄が漏れ出す。

 来る。

 キラは肌をさす圧力に目を細め――振り返った。


 すんでのところで、影を伝って一瞬で背後に回り込む奇襲を受け止める。

 火花を散らす、刀と剣。その刹那、ブラックの赤い瞳と目が合う。どこまでも冷え切り、どこまでも感情のない、闇深い目つきだった。


「く……ッ」

 その人形の如き瞳に、キラは途方も無い怒りを覚えた。

 目の前にいるのはブラック本人ではない。それを分かってはいたが、かの英雄の命を奪ったことさえ忘れてしまった目つきに、気が狂いそうだった。

「おい、さっそくか! 感情を制御しろって言ったろ――そら見ろ、お前さんの身体が動き始めた!」

 レオナルドの言葉が、どことも知れぬ奇妙な言葉に聞こえる。


 キラはブラックから遠ざかりつつ、遅れて自身が怒りに飲み込まれそうなことに気づいた。深く息を吐きだして、内側にこもっていく熱を冷ます。

「お……? よしよし、いい感じ――んんっ?」

 驚いたような声が響く中、キラは猛追してくるブラックの黒剣をさばいた。

 驚異的な太刀筋だった。狙いが正確無比なのはもちろん、僅かな隙を間髪入れずについてくる。


 しかも――。

「んッ……!」

 ただでさえブラックの剣術に気を抜けないというのに、キラ自身の影が牙をむくのだ。

 ブラックに合わせるようにして、黒い棘が突き出て串刺しにしようとしてくる。

 それでも、目いっぱいに身体をさばいて回避し、刀で剣を受け流す。

 一つのミスも一分の油断も許されないが、戦えは出来る。


 だからこそ、

「ホント……! 攻められないッ」

 ”神力”の有無の差を肌で感じた。

 黒剣を手に襲いかかってくるブラックには、”神力”を発動する挙動がない。

 今までに何度か帝国の奇襲を受け、その中で魔法を使う黒ずくめの男と戦うこともあった。グリューンと戦ったときもそうだが、共通して言えるのは『癖がある』ことだった。

 一つ間を置き、呼吸を整え、魔法を使おうとする瞬間がある。

 しかし。その”間”も”呼吸”も、ブラックには一切なかった。

 さながら手足を使うかのように、”神力”による強烈な攻撃が繰り出される。


「くそ……ッ!」

 降りかかる黒剣を受け止め、直後、キラは身体を反転させた。

 影から突き出る黒い棘を、刀の反りを利用して受けとめ――横へ足をさばいて、黒剣の刺突を避ける。

 ぎりりと歯を食いしばり、ブラックへ向かって反撃に出る。


 が、

「なん……ッ」

 ブラックはその足元に黒い水たまりを作り、沈みゆく途中だった。

 振るった刀が、空を裂く。その間にも水たまりは円状に広がり、キラの足元を満たした。

「身体が――足が――ッ!」

 まるでぬかるみにはまったかのように。

 その場から一歩たりとも動くことができない。


 そうして、真っ黒な水たまりは、ズズッ、と胎動を始め、

「グッ……!」

 幾本もの棘があらゆる方向から襲いかかった。

 体を捻り、刀を振るい――しかし全ては捌けず、横腹を貫かれてしまった。

 その衝撃と痛みに、うめき膝をつく。

 それでも顔を上げる。


「――!」


 眼前には黒剣が降り掛かってきていた。

 呼吸すら忘れてその刃をにらみ続け――鼻先すれすれでピタリと止まる。

 ブラックは、時が止まったかのように静止していた。しばらくすると、足元の影に飲まれるようにして、ぱらぱらと消えていく。

「本当はもう少し手前で止めてやるつもりだったが。ともかく、これで一旦区切りだ」

「そう……」

 キラは頭の中に響く声に生返事をして、へたりと腰を地面におろした。


 立ち上がる気力すらないくらいに消耗していた。貫かれた横腹は、何もなかったかのように痛みが消え去っていたが……それ以上に、ブラックの剣術と”神力”を同時に相手していたことで、一気に限界を超えてしまった。


「色々と言いたいことがあるが……まあ、とりあえず。お前さん、化け物か」

「え……?」

「”神力”も使えない、”覇術”も使えない、ましてや魔法なんて縁遠い――言ってみれば普通の剣士に過ぎないお前さんが、なんでブラックと対等に渡り合える……?」

「なんでも何も……完全に負けたけど」

「そりゃそうだが……。最後ブラックの一手で動きが封じられるまで、一つも掠りもしなかったろう」

「だって……避けなきゃ」

「ったく! この想定外少年が! オレがアドバイスできるレベルじゃねえだろ!」

 理不尽にも美女の怒鳴り声が頭の中でガンガンと響く。キラはそれに対抗する気力も元気もなく、取ってつけたように生返事をしておく。


「ま、お前さんにとっては不幸中の幸いってことか。今のブラックの実力と、オレが記憶しているあいつの実力に差はあるだろうが、”闇の神力”に慣れるには十分だ。で――」

「”覇術”って何?」

「話の腰を――まあいい。お前さんは”覇”という呪いにかかっているのは教えたとおりだが、この呪いそのものをコントロールするすべがある。それが”覇術”さ」

「”覇術”……。ランディさんが使っていた”力”っていうのも?」

「ああ、このことだ。”覇”の支配を乗り越え、逆に主導権を握った時、どんな魔法にも劣らない力を手に入れることができる」

「じゃあ、僕も……」

「ランディがそうだったように、お前さんにも必須の力だ。”神力”に耐えられる身体を得て、かつ”神力”をノーリスクで操るためには、”覇術”を体得しなきゃならんのさ」


「なら、早く――」

「そりゃ無理だ。少なくとも今は。手順通り、慎重にやっていかねえと」

「死んでしまう……?」

「おそらくな。”覇術”を身に着けた人間はそういないんだよ。必要なやつがそもそも稀だし、竜人族とお目にかかれる伝手やら強運を持ってるやつも少ない。だから――失敗したらどうなるかだなんて、オレにも分からないのさ」

「そっか……”授かりし者”が”神力”に耐えられる身体を作るには、もう一つある。”聖地”を訪れたほうが安全、ってこと?」

「そっちもまあまあ大変だがな。けど”聖地”は動かねえし、”流浪の民”は案外いる。――ってことで、この話はこれで終わりだ。今すぐ”覇術”は体得できねえし、だから”神力”にも手を伸ばすことはできない。で、だ」

「で……?」


「オレ、お前さんに襲われかけたわけだが」

「はい?」

「ってか、今も魔法で抑え込んでいる状態なんだが」

「……はい?」

「お前さんの身体弄ってたら、『えっち!』って女の声で襲ってきたんだよ」

「何言ってるの?」

「そらオレが聞きてえよ! ――うんっ? そうか、なるほど!」

 頭の中で響くレオナルドの声は、濁りのない美しいものとなっていた。

「安心しろ! 間違えようもない。この女声の『誰か』さんはお前さんの味方だ!」


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