598.3-16「ステージ」
「――あー。レニーさんがいうには……」
朽ち果てた教会の中で、使えそうなベンチを集め、そのうちの一つをテーブルがわりにして作戦を伝える。
「他にも調査してる人たちがいて。そこにあがってきた情報で、怪しい酒場が一軒見つかったんだって。で、そこから尾行を重ねて、一つのアジトを発見……。それが現状」
「他には? それだけ?」
「目立ったのは、ね。他にも叩けば埃が出そうなところはあるんだけど、確定するところまでは行ってない感じ。ただ、リーダー格っぽいのはその怪しい酒場にいるらしいから……そこ潰せれば、あとは簡単かも」
「簡単かもって……気楽にいうよなあ」
「まあ、厄介なのは悪党の親玉だけだとは思うよ。無い頭が集まったところで、できることなんてたかが知れてる。せいぜい、人目も気にせず暴れ回るとかその程度……それくらいだったら、どうにでもなる」
「口悪ィなあ」
ケタケタと笑うセドリックは、しかしその目は笑っていなかった。どうやら、あのバーズとやらに敗北したことを引きずっているらしい。
ドミニクなんかは、話を聞いている間ずっと目が据わっている。
リーウはといえば、先ほどの緊張はどこかへ吹っ飛んだようで、ドミニクを慰める余裕すら出ていた。
「もしや、この場にいる五人だけで向かうつもりですかな?」
最初は教会の片づけをしていたものの、イグレシアス卿も話し合いに途中参加していた。老人として、あるいは聖職者として、どうしても見過ごせないらしい。
「いや……。ニコラさんにも相談しますし、他に調査している人たちとも合流しますよ。勝手やって変なことになるのも嫌なんで」
「ええ、それがよろしいですな。私はいち聖職者……戦いという意味ではお力添えはできませんが、精一杯に祈らせていただきましょう。他ならぬ、キラ様に……」
イグレシアス卿は改宗したわけではないものの、その姿勢は熱心な信者そのものだった。
この先そういうこともあるのだと目の当たりにした気分で、キラは苦笑いでしか返せなかった。
「ああ、そうだ。セドリック、ドミニク」
妙な意気込み方をしている二人に対して、キラは忠告しておいた。
「リーダー格は僕がやっとくから。二人はアジトの方を頼むよ」
「それってよ……」
「二人を軽んじてるわけじゃ無いよ。だけど――もっと、自分の現在地を自覚しておいたほうがいい。……言っとくけど、これわりと褒め言葉ね?」
「……?」
セドリックもドミニクもわけがわからないというように、互いをみやっていた。
全く意図を理解できていない二人に、きちんと真意を伝えておいたほうがいいかとも思ったが……エルトがそれを阻止した。
〈せっかくだし、黙っておいたら?〉
〈なに、せっかくって?〉
〈キラくんがあんまりにも過保護ってこと。今のが初めてじゃない? 二人に対してそういう頼み事をしたのって〉
〈そうだったかな……? 確か〝黄昏事件〟の時に、ブルータスさんの護衛を続けるようにって……〉
〈あれはほぼ事実確認だったでしょ。護衛任務を頼まれたんだから、って。あれはあれでいいけど、今回のは違うじゃん?〉
〈まあ、そうだけど……〉
〈だったらもう悩まない! それよりもキラくんだよ。〝覇術〟、すこしでも特訓しとかないと、まぁたボロボロになっちゃうよ?〉
〈う……。っていっても、誰かがいるようなところで訓練はできないし……〉
〈ん。じゃあ、私がレクチャーしてあげるよ。技名も考えてあげる〉
〈や……。ダサいのはいい〉
〈な……! この子は……っ〉
憤慨したように〝声〟をあげるエルトに笑いそうになるのを必死に堪えつつ、キラはベンチから立ち上がった。
一分一秒でも、蔓延る悪意は野放しにはできない。
ということでキラは、セドリックとドミニクがニコラに話を通している間に、怪しいという酒場〝シャンパン〟へ足を運ぶことにした。
最初はリーウもついてこようとしたものの、メイドを連れて訪れたのでは目立ってしまう。そういうことで今回は、イグレシアス卿と共に教会の改修をして待機。
怪我をして帰ってくるのでは。トラブルを抱えて戻ってくるのでは。
一人で動くということで、リーウにもセドリックにも、果ては普段は口数の少ないドミニクにすら、口酸っぱく慎重な行動をするようにと念を押され……キラは三人の異常な心配性に憤慨しつつ、酒場の席に座っていた。
〈いや、別にさ? 心配されるのが嫌ってわけじゃないけどさ? あんまりじゃん?〉
〈まあ、まあ。キラくんってば、別れてまた会った時にはほぼ怪我してるんだしさ。また何かあったら、って思っちゃうのは意味当然だよ。しかも、今度は失敗は許されないんだから〉
〈ふん……〉
〈それに、潜入がバレないように〝センゴの刀〟もリーウちゃんに預けてきたんだし。負けん気が強いところを刺激されたら、キラくん、暴れちゃうでしょ?〉
〈んん……はあ。わかったよ。気をつける〉
キラは思わず深いため息をついて、目の前にあるグラスに手を伸ばした。しゅわしゅわと煌めく泡を乗せる黄金のワインを、くいっと煽ってみる。
「ん……」
〈にが……〉
顔には出さないようにしたものの、思わず〝声〟が出る。
〈ふふ。アルコール苦手?〉
〈まあ……苦いのがヤダ〉
〈さっきから結構クイクイ飲んでるけど、酔ってる感じはしないよね〉
〈うん。だから、余計に……。飲んでる理由がわからなくなる〉
潜入が目的とはいえ、酒場を訪れた以上、酒を口にしないわけにはいかない。
そもそも、店自体の雰囲気がそうはさせてくれない。
酒場〝シャンパン〟は、〝市民街〟の隅の方においやられたかのような、ずいぶんこじんまりした佇まいだった。
外装も内装もひどく質素で、看板も小さなもの一つ。到底、客を呼び込むような魅力はない。
しかし、昼過ぎという時間帯にも関わらず、八割以上席が埋まっていた。
周りを見渡せるカウンターの隅っこの方に陣取ったのだが、次々と扉が開いて来客を知らせる。
しかもその多くが、最低でも三人以上、多くて六人が続々と現れる。カウンター席に座る客の方が少ないという状況だった。
店内はほぼ男。
王都で見かけるような紳士はいない。メイドを連れていたらそれこそ悪目立ちしていただろうと確信できるほどに、荒くれ者ばかりだった。
そういう客層のためか、誰も彼もが決まってビールを求める。店名である”シャンパン”はどこへやら、木樽のようなジョッキばかりが男たちの手元に収まっている。
〈な〜んか……あやしいだけはあるよね。雰囲気が汚い〉
〈口わる。けど……同意。さっきから愚痴しか聞こえてこない〉




