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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
6と2分の1章

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597.3-15「性根」

 明くる日。〝魅了〟の有用性と危険性を散々話し合った結果、まったくもって寝た気がせず、あくびを連発する午前八時ごろ。

 眠気の吹っ飛ぶような事態に直面することとなった。


「襲われた……? イグレシアスさんが?」

「いやあ、そういうと大袈裟に聞こえますが……。少々身の危険を感じて、避難をしたというだけのこと」

 朝食を済ませて、今度は馬車ごと教会に向かったところ、すでにイグレシアス卿が作業を行っていた。

 教会の中から埃まみれのベンチやら台座やらを引き摺り出していたのだが……彼は一人ではなかった。ムキムキな体つきをした褐色の男がその手伝いをしていたのである。


 男の名前はサイモン・レニー。たいへん無口な男で、初めて対面してからイグレシアス卿に敬意を聞くまで、その声を一切聞いていない。

 獰猛な犬のような据わった顔つきに、血管の浮く禿頭、帝国人であるリーウともタメをはる背丈。セドリックとドミニクが思わず身構えるくらいに、威圧感があった。


「今朝早くにニコラ殿に相談したところ、レニー殿を護衛につけてくれましてな。いやあ、あまりにも無口で最初は戸惑いましたが、気のいいヒトで安心しましたよ」

 パンパンに膨らんだレニーの二の腕を、イグレシアス卿が笑いながら叩く。

 それくらいでは褐色肌の護衛はぴくりとも揺るがない。身体を基本から鍛えている証拠だった。レニーの口元は嬉しそうに少し緩んでおり、イグレシアス卿の見立ては間違いないようだった。


「身の危険って、いったい何があったんです?」

「実は、ここ最近、〝市民街〟では良くない状況が広まっていまして。金銭トラブルが絶えないようなのです」

「金銭トラブル、ですか……?」

「噂では、悪どい金貸しがいるとかなんとか……。街の状況を見てくださると分かる通り、今まさに生まれ変わろうとしているところでございます。しかしそれは裏を返せば、甚大な被害に遭ったヒトも多くいるということ」

「なるほど……。元あった〝労働街〟も南側は無事ですけど、北側は壊滅的。何をするにしても金が必要という人も結構な数いますよね。で、そこに付け入る輩もいる、と……」


 考えたくはないもののある意味では当然の悪循環に、キラはため息をついた。直近で街の崩壊を目の当たりにしたリーウも、憤慨したように鼻を鳴らす。

 しかし最も腹を立てていたのは、セドリックとドミニクだった。


「んだよ、それ……! どんな外道だよ!」

「許さない……!」

 そのままではイグレシアス卿もしくはレニーに掴み掛かりそうな勢いで、キラはそれを制する意味でも質問を続けた。


「その金貸しの現場を目撃しちゃった、って感じですか?」

「おそらく、そう思われたのでしょうな。何やら酷い怒鳴り声を聞いたと思ったら、風体の悪い男たちが睨んできたので。気づかないふりをしてその場を離れたものの、どうにもつけられていると早足に逃げ帰ったのです」

「で、ニコラさんに……。そういえば、イグレシアスさんの護衛は? 枢機卿ですし……」

「それが……。街の状況をざっと聞いた限り、『これは〝聖母教〟関係者と広まっては再興どころではないぞ』と思い、護衛をつけるべきではないと判断してしまったのです」

「裏目に出たんですね……」


 するとそこで、レニーが初めて口を出した。聞き取りにくいほどに低い声で、反射的に〝弐ノ型〟を発動して聴覚を鋭くする。

「現在、内密に捜査中……。ニコラ殿も問題を認識しており……自分に声がかかった模様。なので……介入は極力避けていただきたい所存」


 セドリックもドミニクも、何を言ったのか全く聞き取れていなかったらしい。リーウも同じようで、済ました顔をしながらもチラチラと見てくる。

 イグレシアス卿はレニーが初めて話してくれたことに喜んでいた。が、やはり何を言ったのかは全く分からなかったようで、ニコニコとしながらも困惑していた。


 そして当の本人たるレニーは、こうなることがわかっていたかのように、悟りの境地に居た。

 どうやら無口なのは、生まれ持った声の低さかららしい。あるいは、いくらか喋っていたものの、そうと理解されていなかったのか。どちらにしろ、その顔つきは少々わかりづらかったが、地味に傷ついている。


「あー……。なんか、ニコラさんも秘密裏に動いてるっぽいよ。だから下手に関わっちゃったら、全部崩れちゃう……みたいな」

 レニーは、初めて会話が成立したかのように、涙目になって頷いている。

「キラ様……よく聞こえましたね」

「まあ……耳はいい方だから」

 こっそりと耳打ちしてくるリーウに小声で返す。


「けど……俺ら、納得できないっすよ。せっかくエマール家から取り戻したってのに、そんな奴らが幅効かせてたら意味ないじゃないっすか。言ったら首をすげ替えただけっすよ」

 感情的にそういうセドリックに、キラは口出しはできなかった。

〈セドリックとドミニクからしたら、そりゃあ許せないよねえ……〉

〈っていっても、確かに下手に関わるべきじゃないとは思うよ、私は。どう動くにしても荒事は避けらんないもん。内密な捜査に割って入るって、それだけでも難しいのに〉

〈う〜ん……。直近でドミニクを攫われかけたしなあ……。チンピラ程度だったら……うーん……でも今の対人戦闘能力で……〉


〈けどさ。一秒でも早く解決してほしくはあるよね。セドリックくんが危惧する通り、このまま放置してたら〝教団〟みたいに悪意が蔓延っちゃう。明日になったらもっとひどくなってるかも〉

〈……それ、僕が全部やれって言ってるように聞こえる〉

〈うん。根こそぎ始末して〉

〈エルトもめちゃくちゃ怒ってんじゃん〉

 キラは呆れながらも、もちろん反論などはしなかった。

 直近で〝始祖〟の狡猾さを味わった身としては、悪党たちの腐った根性を見逃すことはできない。


「僕もセドリックと同じ考えです。根絶やしにするために時間をかけて内定捜査をするくらいだったら、今わかる全てを潰して敵の気力を削いだほうがいい。竜ノ騎士団が関わってるなら別ですけど、そうじゃないなら時間がかかる一方です」

 レニーは何か答えようと口を開きかけ、しかし途中でやめた。考え事でもするかのように一瞬だけ瞼を閉じ、次の瞬間には答えを出していた。

「先ほどの……聴覚。噂に聞く……実力。〝英雄の再来〟……その力を借りれば、早期解決は可能」

「じゃあ……」

「話は……教会の中にて」

 〝弐ノ型〟を継続して使っていたキラには全部聞こえていたが、やはりリーウたちには何がどうなったかさっぱりだったらしい。


「続きは教会でだってさ」

 〝闇ギルド〟でのこともあってか、セドリックとドミニクは闘志を燃やしていた。

 ただし、決して前のめりになるようなことはなく……おそらくはそうしたいのをグッと我慢して、いかなる指示もこなせるように静かに覚悟を決めていた。

 一方でリーウは、旅の途中であげたペンダントをしきりに撫でていた。戦士としての道を歩み始めていても、やはり緊張はするらしい。

 キラはその肩をぽんぽんと叩き、レニーの案内に従った。


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