596.3-14「沙汰」
「そういえばイグレシアスさんって、この街の出身ってわけじゃないですよね」
「おや、そういえば話しておりませんでしたな。私はもともと教皇猊下の命により、エステル・カスティーリャ様の付き添いとして王都を訪れていまして。エグバート王国王女ローラ三世の戴冠式ののち、かの〝イエロウ派〟が猛威を振るった土地……すなわちここ、元エマール領リモンの視察に帯同したのです。ラザラス様の案内で」
「それで、この教会を見つけて……」
「私も、そしてエステル様も、大変な衝撃を受けました。市民の皆々様の様子が少々変わっていると感じてはいましたが、はっきりとした拒絶を目の当たりにしたようで……。そこで、エステル様が王都に滞在中は、せめて私だけでも残って何かしたいと思い至りまして」
「なるほど……。で……」
続けて問いかけようとしたところ、声が喉に詰まった。エルトが〝覇術〟で体を乗っ取り、余計な言葉を引っ込めたのである。
〈ちょ……?〉
〈聞こうとしたこと、だいたいわかるわよ。エステル・カスティーリャ様が誰かって話でしょ? ぽかんとしてたもんね〉
〈う……。やっぱ、聞いちゃまずいくらいには常識として知っておかなきゃいけない人?〉
〈そ。教皇カスティーリャ様の御息女。風の噂じゃ、金と地位に物言わせるような我儘娘らしいけど……イグレシアス卿がその補助を任されたみたいね〉
〈ああ……そういう意味でも触れられない感じだ〉
〈って思って一応止めたんだけど……。この感じだと、だいぶ良い方向に変わったんじゃないかな。我儘娘だったら、自分のサポートとしてついてきた枢機卿を置いていくはずないもん〉
エルトと話し合っている最中の沈黙が、イグレシアス卿には全く別の意味に受け取ったらしい。老いた顔をくしゃりとさせて、参ったようにいった。
「エステル様の悪評もご存じでしたかな。確かに、教皇猊下もこぼすほどになかなか……強い性格をしていらっしゃいますが……。しかし、それもいずれはポジティブな方へと向かうでしょう。どうやら此度の旅にて、さまざまなことを受け取られたようですから」
「じゃあ、イグレシアスさんはエステルさん……あー、エステル、様と一緒に国に帰るつもりで?」
「はい。ですので、なんとしても〝聖母教〟の再興の芽を残さねばならないのですが……なかなか難しい話となってまいりました」
「イグレシアスさんは街には残れないんですよね……?」
「滅多なことがなければ、なかなか難しいでしょう。枢機卿という立場がそうはさせてくれないのです。どちらにせよ信頼できる司教を派遣はしますが、距離も距離ですし、時間もかかりましょう」
コソコソと頭の中で教えてくれるエルトによれば、イグレシアス卿もエステル・カスティーリャも、〝聖母のタリスマン〟とやらを持つ高位の聖職者……本来ならば〝教国〟ベルナンドの外に出ることはない人物たち。
〝聖母教〟の核を担う二人のどちらかが留まってくれれば、その熱意が伝播していくことも考えられるが、長期間の滞在など到底不可能。
それを真に理解して、キラは思わず唸っていた。
「うーん……。イグレシアスさんにも頼れず、シェイク市長も現状微妙ってなると……。キツすぎない……?」
「しかし、シェイク市長のカリスマ性に頼るというのは良き案かと。確かに、矛盾と感じ取られればこれほど厄介なこともないでしょうが、〝聖母教〟信仰者ではないと公言していないことを逆手に取り、慎重に根回しをすれば……。いきなり〝聖母教〟の威光を振りかざすようなことを、誰よりシェイク市長が受け入れないでしょう」
「んー……確かに。考えてみれば、そういう根回し得意そうだし……。そこら辺は実際に相談してみるしかない、のか……?」
「私も同席いたしましょう。むしろ、私が率先して動くべき事案ですから」
「じゃあ、まあ……今はともかく、教会を元の通りにしていくだけですね」
そんな形で二日目が始まった。
ニコラは早い段階で〝連絡課〟の仕事のために抜けてしまったが、それでも五人総出で草をむしっていれば、午前中には一通り綺麗になっていた。
昼食はイグレシアス卿の奢り。
〝市民街〟の定食屋でそれぞれ好きなように注文し、王都からの旅路では味わうことのなかった料理で腹をいっぱいにした。
とりわけリーウは、エルトリア家とはまた違った手料理の数々に感動していた。
おにぎりと味噌汁の組み合わせに舌鼓を打ち、醤油の垂らされた焼き魚に頬が綻ぶ。ただ、梅干しの存在感には唯一納得がいかないようだった。
キラはキラで〝肉オンリー定食〟を、セドリックとドミニクは〝天ぷら定食〟、イグレシアス卿は体重を気にして〝ヘルシーセット〟を頼んだ。
各々腹を満たしたところで、イグレシアス卿は一旦宿に。
教会の再興に少しでも力を添えられればと、手紙でカスティーリャ嬢にことの成り行きを説明するという。他にも、〝市民街〟を回って〝聖母教〟への意識調査をこっそりと行いたいらしい。
そこでキラたちは、イグレシアス卿の意思を確認できないままに動くのも難しいということで、教会の復旧を一旦中止。
ボロボロとなった建物の観察に止め、気づいた点をリーウにメモしていってもらう。
とは言っても、建築に関して素人の集まり。
あれが危なそうだとか、中のものはどうするだとか、ざっくりとしたことしか決めることはなかった。
途中、意見が食い違ったりもして、二時間ほどかかって終了。
そのあとは瓦礫の撤去作業の続き。
セドリックの魔法の訓練も兼ねて、山の頂上のでかい瓦礫を下ろしていく。今度はリーウも元気なためにかなりの速度で進んだものの、相変わらずセドリックは一つ降ろし終えるのにも苦労していた。
ただ、その後の鍛錬で、セドリックは目覚ましい進化を遂げた。
苦手な魔法に真っ向から取り組んだ成果か、初めて〝身体強化の魔法〟の発動に成功したのである。
リリィたちのことを思えば短時間しか使えず、戦いに使えないくらい安定しないが……それでも、戦士として一段階上がったのは間違いなかった。
確かな手応えにやる気の上がったセドリックは、それまでとは打って変わって、魔法の訓練にものめり込むようになった。
キラとしては、格上との戦いを成立させる〝凌ぎ訓練〟に集中して欲しかったが……口を挟むのは野暮というものだった。
手持ち無沙汰となったことで〝覇術〟をこっそり特訓しようかとも思ったが、そこに待ったをかけたのがドミニク。
誘拐されたことがずっと頭に残っているらしく、二度とそんなことにならないためにも接近戦での戦闘術を学びたいようだった。
子どもと勘違いしてしまうくらいに小柄で、しかも友達の恋人。〝魅了〟のことを考えれば、下手なことはできない。
しかし無碍に断ることもできず、訓練方法について考えるふりをして、どんな妥協案があったものかと頭を悩ませていたところ……。
〈これ、逆にチャンスじゃない? うまくすると、〝魅了〟の条件がはっきりするかも〉
そうエルトが早口にアドバイスしてきた。彼女はこれまでのことから、すでに当たりをつけているようで……キラは彼女を信じて、ドミニクの鍛錬に付き合うことにした。
することはリーウへの訓練と変わらない。
ナイフを用いた突発的な戦いを想定したものである。本当ならば護身術を教えたいところだったが、エルトがそう指定したのだ。
時折襲いかかる人間の考えることを口に出して教え、ドミニクはその都度必死になって頭を働かせ……鍛錬が終わるのと同時に、一日が終了する。
眠りについたその夜、キラは夢の中の真っ白な空間でエルトから聞いたのだった。
〈わかったよ。〝魅了〟の条件〉




