595.3-13「手口」
「――ちなみに、キラ様、帝国での〝悪意〟とやらを具体的に伺ってもよろしいでしょうか」
キラはリーウの手も借りて、なるべくわかりやすく説明した。
〝教団〟の存在や、〝神無し論〟による求心力。自分の手を汚すことなく帝都を崩壊に追い込む〝始祖〟のやり口と、その情報網の根深さなど……。
流石に〝神力〟を複数有し、なおかつヒトに与えられることは伏せておいたが――簡単な説明だけでも、頭の回るニコラとイグレシアス卿にはその厄介さと恐ろしさが伝わった。
「なんと極悪非道……! しかし真に恐ろしきは、〝始祖〟とやらは誰かの背中を押したのみ……それが巡り巡って、国の崩壊にまで繋がろうとは。キラ様も良くぞ無事に生還されましたな」
「無事……。無事……? まあ、レオナルドのおかげもあって五体満足ではあります」
「レオナルド……? まさか、あの〝奇才〟の?」
「はい。もともと、彼女に会うために帝国に行ったんですけど……。いろいろと巻き込まれてしまって……って感じ、です」
はて、と首を傾げるイグレシアス卿にかまわず、キラはニコラに問いかけた。
「セドリックたち、呼んできてもいいですか。どっちにしろこの教会を綺麗にしなきゃですし、二人なら特に偏見もないんで良いアイデアが出るかも」
「ん? うむ……そうだな。冒険者としての依頼については、私がネイサン殿に掛け合ってみよう」
「ありがとうございます。――リーウはここに残ってて。教会を一気に綺麗にする手順、考えておいて」
メイドとしての使命が疼くのか、リーウは目をきらりと輝かせてうなづいた。そんな彼女をその場において、キラはくるりと背中を向けて小走りに離れる。
〈わざとらしかったかな?〉
〈いや? 順調だと思うよ〉
〈ん。っていうか……ニコラさんとネイサンさんの組み合わせって、なんかちょっと意外な気がする〉
〈んん? なんで? 〝連絡課〟ってやつの関係で知り合ったんじゃないの?〉
〈だってさ。セドリックたちは、一緒に王都まで旅したっていうじゃん。それって、この街からしたらネイサンは新参者の部外者なわけで……。そんな人が、いきなり〝連絡課〟と繋がりを持てるかな?〉
〈そういうことにはホント敏感だねえ。ミテリア・カンパニーの人間なんだし、別に不自然はないと思うよ? だって、〝武装蜂起〟が成立したのもミテリア・カンパニーが内密に融通してたからってのもあるんだし〉
〈ああ、そういえば……。んー……でも、なんか……〉
〈まあ、まあ。引っ掛かりはあるかもしんないけど、別に良いんじゃないの? 〝教団〟みたいに悪い雰囲気じゃないんだし。っていっても……ちょっとわかるけど。ニコラくん、絶対なにか隠してるよねー〉
〈でしょ? 気になるじゃん?〉
〈それでも、やっぱ何もしないほうがいいよ。何か考えがあるんだったら、首を突っ込んで輪を乱すわけにもいかないんだしさ〉
確かに、と納得はしたものの、気になるものは気になり……。キラは、ニコラの隠し事を意識しないためにも、動かす足を早めた。
息を切らして崖の門に近づいたところで、二人からのお使いをすっかり忘れていたことに気づいた。
もともと〝市民街〟に向かっていたのは、もう既に底をついてしまった食料の買い出しのため。
すっかりと忘れていたせいで面食らうほどに怒られてしまったが……経緯を話すと、それもぴたりとおさまった。〝隠された村〟で育ったこともあり、ニコラほどではないものの信心深いようだった。
当然、二人も〝聖母教〟の再興に前向きになり……〝市民街〟への道すがら、帝都での出来事もざっと説明。
二人とも納得はしてくれたが、『相変わらず……』と呆れられはした。
だが、〝聖母教〟への不信感と無関心が引き起こす最悪の事態に、二人とも危機感を持ってくれたようで……。
ネイサンの紹介してくれた宿で支度をしている際に、セドリックが妙案を閃いた。
「――シェイク市長が適任なんじゃないか、ってセドリックが話してくれたんです」
「ほう……?」
廃れた教会に戻ると、すでにリーウを中心に復旧作業が開始されていた。
何はともあれ、『〝聖母教〟は一からやり直す』という態度そのものを示さなければならない。帝都での経験を生かしたリーウの提案をもとに、まずは綱と杭とで教会を囲み、復旧作業中であることを明確にしたのである。それも、立札を見やすいところに四箇所設置する入念ぶり。
そうした上で、兎にも角にも外観重視で立て直す。その最初の作業はやはり雑草抜きであり、先に作業していた三人に加わり、各自せっせと小山を築くこととなった。
「〝労働街〟じゃあ、シェイク市長は救世主ですし。そんな人が〝聖母教〟の信仰者として活動をすれば、自然と信頼が戻ってくるんじゃないかと」
「ふん……。確かに、カリスマ性のある方だが……」
セドリックとドミニクは、競うようにして雑草の山を積み上げていた。
片や農家の子、片やその恋人。手慣れた手つきと片手鍬のスピードは素晴らしく、もはや二人だけで駆逐する勢いだった。
その一方でリーウは、魔法を駆使して雑草を引き抜きながら、イグレシアス卿と何やら熱心に話していた。
〝聖母マリア〟やら〝聖典〟やらという言葉がちらほらと聞こえてくる。どうやら、〝天神教〟における〝物語〟を作るにおいて、色々と参考にしているらしい。
「今までシェイク市長は、宗教とは無縁の活動をしてきた。神に頼らず自分たちで〝労働街〟を盛り上げていく……そう士気があがったのは、何よりあの方の存在が大きい。彼が宗教を嫌っているというふうにすら解釈している者もいるだろう」
「ああ……。なるほど……」
下手をすれば、シェイク市長を見る市民の目が懐疑的なものへとすり替わってしまう。
〈それでもいいとは、私は思うんだけどね〜……。今のとこ、他に手立てがないんだしさ。それ以外ってなったら、もう〝天神教〟しかなくなっちゃうよ〉
〈イグレシアスさんの手前、それは避けたい……けど。ん〜……丸く収まるのはそっちかなあ。でもそうなると……〉
〈それこそ〝教団〟と同じ手口を使う羽目になるよね〜……。キラくんを救世主として崇めませんか、って。ハンカチなりなんなり配って……〉
〈うへ……。っていうかさ、そもそもイグレシアスさんってなんでこの街に? どれくらい滞在するつもりなんだろ?〉
〈さあ? 聞いてみれば?〉




