590.3-8「倣う」
「俺は力仕事は大歓迎だな! またパワーをつけれる」
「セド……。そんなにマッチョになって……何目指してるの」
「なんだよ、ドミニク。いやそうだな?」
「だって。筋肉は動きづらそう。キラなんてヒョロヒョロなのに、あんなに刀を振り回せる。筋肉の有無は関係ない、と思う」
馬車は、まるで門のようにして待ち構える二つの山の合間を渡ろうとする。
実際に目の前にした圧迫感ときたら。強い風が吹いたら崩れてきてしまいそうな恐ろしさもある。
馬たちも身の危険を感じたのか、手綱で合図をしてもなかなか進まなかった。
「んー……。なんか、またブスッと刺してきたなあ……。っていうか……おーい、馬たち、動いてー。大丈夫だからさ、多分」
〈キラくんって、ほんと危険に対してはほぼ無頓着だよね。肝が座ってるっていうか〉
それでも声をかけながら根気よく促すと、ほぼ牛歩ではあるものの、ゆっくり慎重に歩き出した。
「ドミニクさんのおっしゃる通りかもしれません。私も、メイドとして帝国城に勤めていましたが、軍人さんたちが筋力増強のトレーニングをしている印象はありません。おそらく、〝身体強化の魔法〟があるからというのが大きな理由でしょうね」
「ぐ……。やっぱ、そこっすか」
「はい。ですので、〝錯覚系統〟の対策やキラ様との模擬戦も良いですが、魔法の習得を早めた方が良いのかと存じます」
「うぅ……。けど、ほんと、俺才能ないっぽくって。キラだって魔法使わずやってけてるし……」
「キラ様に倣えると思いますか?」
「……いや、無理っす」
二つの巨大な瓦礫の山を越すと、馬たちは恐怖感から解放されたらしい。目に見えてわかるほどに足取りが軽くなる。その毛並みすら輝いて見える。
「〝毛糸の魔法〟をセレナ様直々に習って、一つ思いついた訓練方法があります。熟練の魔法使いはもちろん、初心者でも簡単に魔法のなんたるかを肌でかんじる練習方法です。試してみてはいかがでしょうか」
「んんん……。が……頑張ってみるっす」
「捻り出しましたね。その意気です」
「け、けど……。依頼受けなきゃっすよね。そんな時間、取れるっすかね? キラとの模擬戦は継続したいんすけど……」
「ご安心を。応用の幅の広い練習方法ですので。細かな作業以外ならば大抵なんでもこなせます」
「う……」
「確かにキラ様のご友人のようですね。意外と醜く足掻くものです」
「そりゃないっすよ……! キラの方が諦め悪くって頑固なんすから!」
会話に混じりもしていないのに、またモブスリと言葉で刺されて、キラは少し悲しくなった。
〈なんで……〉
〈仕方ないよ。それだけキラくんの悪あがきにはみんな苦労してるって話〉
〈わ、悪いことしてないじゃん……!〉
〈私だって、キラくん見てると心配で身がもたない時あるんだから。愛情の裏返しだと思って、ちゃんと受け止めなさい〉
〈ぬう……〉
納得はいかなかったが……帝都でネゲロがやたらと『バカ』と連発していたのは、ツンデレ的な親愛の情だったのかもしれない。
そう考えると、不服ではあるものの、エルトに逆らうわけにもいかなかった。
結局のところ、やってきたのは〝労働街〟。
〝貴族街〟改め〝行政街〟で出迎えてくれたのは、意外なことにニコラだった。
思っても見ない再会に、セドリックとドミニクは一気にテンションが上がり、勢いよく馬車から飛び出して行った。
二人の熱烈タックルに押し倒されたニコラが説明したところによると、どうやらリモンでは改革が起きているらしい。
〝労働街〟の市長を務めていたシェイクを中心として、旧エマール領に属していたすべての町村を対象に、大規模な合併を始めているところだという。
その象徴的な存在が〝行政街〟であり、〝市長棟〟やら〝役所棟〟など、〝旧エマール領〟の中枢となるよう調整しているのだ。
エグバート王国の歴史を見ても前例のない広範囲での大改革であり、そのために市長シェイクは度々王都に出向いている。
今も王都に出ており、これから場合によっては半月ほど不在にもなるため、彼をサポートするべく〝連絡課〟を立ち上げたらしい。
その一人にニコラが選ばれ、リモンと元に戻りつつある〝ハイデンの村〟とを行き来する生活を送っているという。
ちなみに、〝リモン〟という街の名前も近々変更するらしい。が、何やら随分と揉めているようで……。
ニコラ曰く。
『〝行政街〟には〝隠された村〟の者たちも多くいてね』
『困難を乗り越えさせてくれたキラくんに感謝するヒトが多くいるんだよ』
『シスくんやエヴァルトくん、竜ノ騎士団の方々にも頭が下がらない思いでね』
『で……。彼らにあやかる名前をつけようという話になるんだが、毎度喧嘩になるのさ。キラくんを軸とするべきではないのか、いやいや、シスくんを……という具合に』
そこまで聞いたところでキラはどうでもよくなっていたのだが、リーウはそうではなかった。
帝都の惨状とを重ね合わせたのか、ニコラの話を隅から隅まで聞いた上で、〝天神教〟を勧めたのである。
彼女の境遇を考えれば理解できる言動ではあるものの、初対面であるニコラにしてみれば訳のわからない話だっただろう……にも関わらず、彼は随分と熱心に聞き入っていた。
最終的には否定気味に『また改めて考えたい』という答えを出してはくれたが、キラとしてははっきりと断って欲しい気分ではあった。
ともかく。
そういう再会を経たところで、冒険者としての経緯を打ち明け、〝労働街〟あらため〝市民街〟のとある商店へと案内されたのである。
そこで出会ったのが……。
「よく……! よくぞ……! やってきてくれた、諸君! ああ、これは運命!」
「濃いぃ……」
〈濃いぃ……〉
キラとエルトが一緒になって渋くなるほどに濃い人物、ネイサンだった。
「あ、相変わらず劇場型だ……」
「うん……。この感じをまた味わうなんて……」
二人が〝陸の港〟リヴァーポートから王都へ帰るにあたって、ミテリア・カンパニーの協力も得た。
その際に派遣されたのがこのちょび髭ぽっちゃり男。
ニコラからその名前を聞いた時、二人は『濃いヒト』とだけ言っていたのだが……その意味を、キラも思い知った。
太っちょな体つきも相まって、妙な圧がある。
「君がキラくんだねっ? お噂はかねがね……! いやはや、その英雄譚を絵物語にしたいと思いましたが、いかがかな?」
「あー……。け、結構」
「残念……! 実にッ……残念! 鬼神の如き活躍を広めれば、さぞ良い稼ぎになったのでは思ったのですが……」
「は、はは……。商売上手、ですね?」
「平和な時代でも混沌とした時代でも、太陽は変わらず世を照らすもの……それに勝るとも劣らない英雄譚に、誰が損をするのでしょうか! 否、読むもの全てが救われると言っても過言ではありません!」
「……濃いぃ〜」
「ロジャー殿からもさまざま聞いております。……まだ諦めはしませんぞ」




