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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
6と2分の1章

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586.3-4「紙一重」

「つくづく思うけど……。どっからその能天気さが来るんだよ。そんな状態で、なんであの化け物みてぇな傭兵に立ち向かったんだ? 一歩間違ったら死んだんだぞ?」

 セドリックは残りを飲み込むように食べ尽くし、じっと見つめてきた。

 リーウの視線が痛い中、キラは適当に返したい気持ちではあったが……セドリックの目は、何か訴えかけるようなものがあった。開きかけた口を閉じて、しっかり考えてから応える。


「何を聞きたいのかはいまいちハッキリしないけど……。とりあえず、僕は能天気じゃない」

「そういうことじゃなくって……」

「いや、そういうことだよ。帝都じゃ耳に残るくらいバカバカ連呼されたけど……どんな時でも、考えることはやめてない。一瞬でも、脳みそを止めちゃいけない――痛くても辛くても死にかけそうでも、死んでないんだから」

「……!」

 セドリックは何も言わなかった。

 だが、いつにも増して精悍になった顔つきを見れば、先の言葉をどう受け取ったのかは明白だった。


「……ま。ドミニクが誘拐されてもすぐに追いかけたのはよかったんじゃない? だからユニィが協力して、結果が伴ったんだし」

「そりゃそうだけどよ……。そもそも、俺があんなヘマしなけりゃ……。何も起こんなかったんだよ」

「ふん……? 何が起こったの?」

「〝錯覚系統〟に引っかかったんだよ。しかも二回も。そのせいでアダムズさんが大怪我負ったし、ドミニクも誘拐されるし……。お前がいう通りに、考えるのをやめちまってた」

「それは、なんというか……」

 セドリックには荷が重い、とは口が裂けても言えなかった。

 喉から出かかったのは事実だが……その上で話してくれているのは明らかなのに、傷を広げるようなことはできない。


〈慣れしかないよねえ、それは。キラくんだって、ちゃんと守り切れるかわからないでしょ〉

〈〝未来視〟がどう働くかによるけど……。ヘマしない可能性がないとはいえない。そうなる前に敵を潰すのが理想だとは思う〉

〈ん〜……〝錯覚系統〟使える敵に対して? ムズ〉

〈ね〉

 キラはサンドウィッチを最後まで食べ、次にカゴに盛り付けられたバナナを手に取った。その甘さを飲み込み、頭を働かせる。


「引っかかったら割り切るしかない……と思うよ。だって、罠に嵌めるのが〝錯覚系統〟なんだし。だから、その次に起こることに対して、いかに早く動けるかが鍵になる。って……わかってるか」

「やっぱ、慣れるしかないのか?」

「慣れっていうか、心構えの問題じゃないかな。敵対している以上、相手が害意を持って行動を起こすのは当たり前で……その上で、敵の意図に動揺しないことが大事なんだよ」

「心構え……心構えな。考えたこともなかった……!」

 迷いが晴れたかのような顔つきとなったセドリックは、つと立ち上がった。


「そうとなりゃ特訓だ……! なあ、キラ、手伝ってくれよ」

「いいけど……。依頼は? エマール領……あー、旧エマール領のリモンで復興作業を手伝わないと」

「ちょっとだけ、ちょっとだけ! キラが攻撃する前に、リーウさんが〝錯覚系統〟を使えば、それなりに訓練になるんじゃね? 竜ノ騎士団の試験じゃ何が来るかわからないんだしさ」

「えー……。動けるかな」

 キラは重い腰を上げて、〝センゴの刀〟を手に取った。左腰の特製の鞘にさしこんで、左手を柄に添える。

 どうやらドミニクは見学に徹するらしい。やはりというか、腹一杯の状態では動きたくないようで、模擬戦が見える位置に移動してから、小柄な体を太い木の幹に預けていた。


「リーウはいける?」

「〝錯覚系統〟は問題ありませんが……。模擬戦となると、少し緊張しますね。どのようなものを使うかにもよりますし」

「だってさ、セドリック。どういう錯覚だった?」

 セドリックはストレッチをしながら答えた。


「なんか、敵が二重に見えて……視界がブレた感じっす。それと、いきなり消えた感じのもありました」

「誘導系ですか……。治療には使わないものですね」

「あ……。無理言った感じっすか?」

「いえ。使ったことはありませんが、自己流ならばこの場で組めます。ただ、強弱を掴むのにどうしても一度テストが必要なので……」

 リーウがちろりと視線を向けてきたことで、キラにもその意味はわかった。肩をすくめて了承する。


「わかったよ。――セドリック、僕が先にやるよ」

「お。よっしゃ、リベンジしてやる!」

 やる気満々で剣を構えるセドリック。リーウはその後ろの方へしずしずと移動し、杖を取り出し集中する。

〈ああ……。セドリックの手本にもならなきゃだから、〝未来視〟はなしか〉

〈ん。裸眼で戦うの、久しぶりじゃない?〉

〈メガネじゃないんだから。言い方独特すぎない?〉


 キラはいつも通りに構えつつ、〝呼吸〟は意図的に乱す。〝弐ノ型〟を発動しないことが逆に難しく感じ、少し笑ってしまいそうになる。

 ただ、これまでの無数の戦いの中で培ってきた先読みの技術は、この軽い模擬戦においても遺憾なく発揮した。

 リーウの目線、わずかな動作、口の動きで、キラは緊張感を高める。


「行きます」

 リーウがそう告げると同時に、セドリックが動き出した。


 キラは半歩後退し――ぐら、と脳が揺れるのを感じた。

 リーウの魔法の才能は、ドミニク誘拐犯の魔法を完璧に再現していた。

 迫り来るセドリックの姿が、二重にぶれる。だけでなく、平衡感覚もおかしくなる。


「……!」

 想像以上にキツい。

 先読みをするどころではない——セドリックを目で捉えようとすればするほどに、脳みそが混乱して距離感すらも掴めなくなる。


 視覚は使い物にならない。

 そこで、キラは目を閉じた。


 セドリックの動きだしやその歩幅、剣の構え方、傾き方、剣身の長さ。

 一瞬読み取った情報を頭の中で組み立て、〝仮想〟セドリックを作り出す。


 出来上がったイメージと、実際に聞こえてくる足音とをすり合わせ――キラは、セドリックの動きを見ずとも読み取ることに成功した。


「フ――」

 あとは。

 剣の届きようのない懐へ潜り込むのみ。

 狂った平衡感覚にのみ気をつけ、自らが踏み込む感覚を手がかりに、セドリックに接近。


 そして。

「え……!」

 セドリックの動きが一瞬固まったのを感じ取った瞬間に、足払いをする。それと同時に体を当ててやれば、簡単に転ばすことができた。


「――勝負あり、かな」

 そこでようやく抜刀して、転がったセドリックの肩を峰でトントンと叩く。そこで〝錯覚系統〟の影響は一秒ごとに弱まっていき、もう目をあけても平気だった。


「――ぷはっ。まじかよ……! 刀抜かずに対処できんのかよ、今のっ?」

「というより、抜かないのが正解な感じかな。視線がぶれるのはもちろんだけど、自分の体の感覚もわけわかんなくなったから。むやみやたらに刀を抜くよりも、相手に密着して攻撃させない方がよっぽど安全……って踏んだんだよ。で、後は剣を振られる前に接近するだけ」

「はあ……なるほど! それがお前のいう〝考える〟ってやつなんだな。一瞬の判断力と度胸が必要なわけだ」

「まあね。これ、結構良い鍛錬になるかもよ。自分の感覚が狂う中で、正常に働くのは脳みそだけ……だから、考えざるを得ない。ある意味、頭脳戦特化な訓練方法かも」

「おお……! っしゃ、やるぞ〜!」

「っていっても、依頼があるんだからほどほどに」

「わぁってるって!」


 と……セドリックは張り切っていたものの。

 たったの一度でダウンしてしまった。

 リーウも強弱の感覚をしっかりと掴み臨んだようだが、戦士としてまだまだ未熟なセドリックには、〝錯覚系統〟は天敵だったらしい。自分の感覚を勝手に揺さぶられることにとことん慣れていない。

 そもそも最大の弱点だったことが露呈し、まずはそこからの脱却が課題となった。


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