584.3-2「ゴールド」
〝竜のくるぶし亭〟でセドリックとドミニクと合流し、その足で冒険者ギルドへ。リーウの冒険者登録をすませて、早速依頼を受ける。
読み書きの達者なリーウのおかげで、馬車や野宿の道具の貸し出しもスムーズにやりとりができ……一時間足らずで王都を発つことができた。
「にしても……。帝国人のリーウが王都でも普通に読み書きできるのって、なんか不思議」
「? そうでしたか? 確かに、遠方の地での生活に不安は感じていましたが……言語学的な意味での心配はありませんでしたよ」
「あれ。そうなの」
ガラガラと揺れる中、キラは離れゆく王都から目を離した。荷台の後方で足を放り出して座っていたのをやめて、中の方へ移動する。
冒険者ギルドから馬車を借りたものの、御者までつけてくれたわけではない。そのため、セドリックが一人で手綱を握っている。
本来ならば、その隣に小さな恋人たるドミニクが座っているはずだが……彼女は現在、リーウに人形のように抱えられ、不満げな顔つきをしていた。
帝国人であるリーウは、どうやらドミニクの背の低さに衝撃を受けたらしい。
何しろ、リーウの身長は一八四センチ、対してドミニクは一四五センチ程度。側から見れば親子ほどの身長差である。
リーウも普段は身長についてあまり考えたことはないらしいが、王国にやってきてからは何かと目につくようになったという。
すると不思議なことに、瞬く間に低身長へのある種の憧れが出始め……そこへドミニクが現れたというわけだった。
ドミニクとしては不本意だろうが、確かに小柄で可愛らしい彼女は、膝の上で愛でたくなるほど。
それが許されるのは、この世でもセドリックくらいだったが……突如としてリーウという存在が現れた形となる。ドミニクも、不満そうにしてはいるものの、決して嫌がってはいなかった。
「それにしても……お前の〝名前貸し〟すごかったな」
馬車の前方から流れてくる言葉に、キラは再度馬車の中を見渡した。樽に木箱にカバンと、全く準備しないで冒険者ギルドに向かったとは思えないほど、物資が充実している。
「僕もびっくりしたよ。コインも〝鉄〟から〝準金〟に一気に格上げされたし」
「それな! 〝ゴールドクラス〟に、〝ナンバー・テン〟入りだって? そんなに何したんだよ」
「んー……。まあ、〝黄昏事件〟が考慮されてるとは思うよ。冒険者登録したのってあの事件の前だし、竜ノ騎士団からギルドに情報が降りてるだろうし」
「あー……そりゃ、そうなるわな。やばかったもんなー、あん時。……俺らも〝シルバークラス〟になってもいいんじゃね? 〝ブロンズ〟スタートなだけでもありがたいんだけどさ」
「あ、それ聞いたよ。第五師団支部の人たちに褒められたんでしょ?」
「そうそう! ジョディーさんにも褒められてよ。結構活躍したんだぜ。……ま、確かにお前と比べちゃちっぽけなもんだけど。ってかさ、よくアレに向かっていけたな? あんなドでけぇ上に、すげぇ頭痛もあったろ。周りみんな吐いてたぞ」
「頭痛……? ああ、そういえばあった気がする。そのちょっと前にかなりヤバめに苦しんだから、あんまり覚えてないけど」
「……おお。なんか、聞くんじゃなかった」
キラも、いうんじゃなかった、と秒で後悔した。リーウがじとりと睨んできている。
「後で詳細を伺いますからね」
「はい……」
「それはさておき……。キラ様がランクアップされたのは、帝国での活動も大きいのではないでしょうか」
「……? 色々あったけど、ギルド関係で何かしたっけ?」
「冒険者の登録をした際、受付の方から『等級を貯める』という言い方をすると聞きました。冒険者の仕事は、むしろお手伝いのような毛色の依頼が多いと伺いましたから……依頼の成否だけでなく、依頼人からの信頼度も重要なのではないかと」
「へえ……。考えたことないや」
「そう仮定すると、セドリックさんとドミニクさんがいきなり〝銅製〟コインからのスタートというのも納得できます。そもそもお二人が冒険者ではなかったという話ですし、冒険者ギルドへの貢献という観点で考えると、何もしていないのと同義です」
「そう言われてみれば、そうだね」
「キラ様は、〝帝国本部〟冒険者ギルドからの評価と信頼を得たのではないかと。依頼人とはまた別の〝信頼〟……セドリックさんもドミニクさんも、比較して落ち込むよりも、これを誇るべきかと存じます」
さすがは元城勤めのメイド。ため息の止まらないセドリックも、こっそりと気落ちしているドミニクも、一緒にその気分を持ち上げた。
二人とも、顔を見合わせていないというのに、ピッタリ同じタイミングでグッとガッツポーズをする。
「なあ、キラ。あの白馬……ユニィ、今日は連れてきてねぇの?」
「ん……。今日はお休み。ユニィ、暴れ馬だから」
「あー……言えてる。けど、昨日マジで助かったんだよ。お礼言ってなくってさ」
「ま、気にしてないでしょ。なんだかんだ機嫌良さそうにしてたし」
「そっか」
キラはそれ以上追求されなかったことにほっと息をついた。
ガタンッ、と馬車が一際大きく上下に揺れ、そのせいで少し荷崩れが起きる。
とはいっても、ギルド職員が丁寧に隙間なく積んでくれたおかげで、何かが飛び出ると言ったことはない。せいぜい、カバンがもたれかかってくるくらい。
キラはやけに重たいそれをぐいっと押し返し……中に何があるか覗いてみた。カバンの中には果物がたくさんに詰め込まれ、良い香りがケンカすることなく混じり合っていた。
ぐう、と腹の音を聞いた気がしたキラは、梨を一つ手に取り、ガブっと齧る。
「ん……。リーウもいる?」
じっと見つめてきているリーウは、目を離さずに首を振った。
遠慮してるのかもしれないと思い、念を押して聞いてみようとしたところ、御者石の方からわがままな声が聞こえてくる。
「あ、おい、キラ! 俺にも何かくれよ!」
「えー……。結構種類あるけど……。欲しいもの言ってみて。あったらあげる」
「りんご!」
「……ああ、残念。キャッチして」
「なかったらくれなかったのかよっ」
軽口を言い合いながらリンゴを放り投げると、セドリックは危なげなく受け取った。
「ドミニクはどうする?」
「私、みかん。が、あれば」
「んー……こっちにはなさそう。だけど、こっちのカバンに……あった」
「ありがと」
向かい側のドミニクに一つ放ると、彼女は魔法で受け取った。
杖もなく、人差し指をピンと立てて、おそらくは〝風の魔法〟をつかって手元に引き寄せる。魔法の訓練でもあるのか、はたまた彼女が食いしん坊なだけか、まだまだ要求する仕草に合わせてリズムよく投げていく。
膝の上が埋まったところで一つ手に取り、手際よく皮を剥いていく。色よいオレンジ色のふさを一つもぎ、それをリーウの口に近づけた。
「リーウさんも。あの量だから、遠慮してたらどんどん腐っちゃう」
「そうですか……。では、私も」
リーウは唇で挟むようにして受け取り、もぐもぐと咀嚼した。
「みずみずしいです……。帝国のものとは似て非なるものですね」
そう感想を漏らすメイドに、ドミニクは頬を緩ませた。安心したように、今度こそ彼女も遠慮なくミカンをポンポン口に入れていく。
「そういえば、帝都じゃフルーツは出なかったけど……やっぱり貴重?」
「どうでしょう……。寒さに強い品種を徹底的に改良していったこともあって、私の故郷でもみかんは特に口にすることはありました。他にはイチゴやリンゴなど……。どれも味はイマイチでしたが」
「あー……。あるにはあるけど、種類は少ないんだ」
リーウがこくりとうなづき、膝の上に乗せているドミニクをじっと見つめる。髪の毛を撫ぜ、ミカンを一生懸命に向く様子を頬を緩めて見守っていた。




