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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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59.定め

「もう一度いうが、ブラックはオレの弟子だ」


 吐き気が落ち着きその片付けも済んだところで、レオナルドは再び麻袋をかぶっていた。そうして、自らシチューを皿によそい、有無を言わさず押し付けてくる。

 キラは微妙な気持ちながらも、静かにスプーンでシチューに差し入れた。


「ただ、実を言えば……ブラックに殺されずとも、どのみちランディは命を落としていた。誰かに殺されるか、あるいは自分に食い殺されるか――それだけの違いだったのさ」

 その言い方には、色々と引っかかるところがあった。

「それじゃまるで……死ぬことは決まってたみたいじゃ……」

「そう言ったんだ。もっと明確に言おうか。お前がランディを殺す未来だって、あり得たんだ」

「僕が? そんな――」

「馬鹿な、って? オレもランディも、知った当初は信じちゃいなかったさ……”殺し合いの定め”なんてものはな」

「殺し合い……?」

「”授かりし者”は、遅かれ早かれ、互いを殺し合う。遠くに居てもお互いをひきつけ……出会い……殺意をもって殺す」


 キラはまじまじとレオナルドを見つめた。

 麻袋をかぶった姿では、その表情を伺うことはできない。だが、天井で揺らめく炎のたまが、荒い布目から彼女の瞳をちらりと輝かせ……真っ直ぐに揺るぎないさまを照らし出す。


「オレもあいつも、”殺し合いの定め”が引き起こす最低最悪の事態を目の当たりにした。”授かりし者”たち……”神力”という強大な力を持つ者たち同士の抗争をな」

「だからって……。ランディさんは色々と教えてくれた……”授かりし者”についても、その迫害の恐ろしさについても。その中に、そんな話はなかった」

「必要がないから話さなかっただけだ。おそらくあいつは、お前さんに殺される前に、自害するつもりだったのさ」

「自害? 自分で、自分を? それこそありえない――だって、ランディさんは”再生の神力”が……」


 レオナルドは腕を組んで大きくため息を付き、ひときわ強い口調で遮った。

「これまで、お前さんもあいつの強さを見たはずだ。”再生の神力”だけではない”力”を垣間見たはずだ。そうだろう?」

「うん……」

「その”力”は味方にすれば強力だ。だが、未来永劫、呪いでもある」


 そこでキラは、ランディの言っていたことを思い出した。

 ”神力”に耐えられる身体を得るには、二つの方法がある。その一つが、”流浪の民”たちが巡回する”聖地”を訪れることだった。

 そのもう一つが、レオナルドの言う”力”……ユニィの言っていた”覇”なのだ。


「そう――いかに上手く操ろうとも、呪いに過ぎないんだ。そして、”再生の神力”は身体のあらゆる異常事態を治しちまう。怪我も、毒も、加齢による腰痛やら関節痛だってな」

「それって……」

「ああ。”再生の神力”は”力”さえ消し去る。何年、何十年かかろうと、確実に身体の中から排除してしまう。――あいつが怪我をしたところを見たことはないか?」

「森を出るときに、オーガを相手にして……でも、だって、あれが普通じゃ」

「違うね。オレが知るあいつの”普通”は、傷どころか痛みすら消し去ってしまう。血なんて一滴も見たことがないんだよ」


「それが、なんの……」

「何十年とかかって弱らせ続けた”力”を、”再生の神力”がここぞとばかりに総力をかけて殺しにかかっていたってことだ。だから、本来あるべきはずの傷の再生に遅れが出て……”力”も発揮できずに、オーガ程度に傷つけられたんだ」

「じゃあ、ブラックに左腕を切られたときには……。もし、ランディさんがあの時死んでいなかったら……?」

「”力”が完全になくなり、今度は逆に、”再生の神力”が暴走していた。なにせ、年寄の身体だ。若者の身体よりもガタガタのボロボロ。転びでもすれば痴呆になる。そんな状態で、お前さんも経験したことのあるような苦しみが襲うんだ――どうなるかは明白だ」


 次々と明らかになるランディを襲うものの正体に、キラは何も言えなくなった。

 ずっと朗らかで、ずっとにこやかで、ずっと優しくて……それら全てで、己の運命をひた隠しにしていたのだ。

 ブラックに襲われていたときには、もう……。


「最良の結果なんてのは、存在しない。起こるものは起こる。イカサマみたいなもんだ。ただ、神サマとやらが指差したやつが死ぬ。そして……」

 低く抑えるようなレオナルドの声が、押しつぶされるように消え入った。

 キラは、突如として訪れた沈黙に、顔を上げた。レオナルドが何度か言葉を続けようとしているのが、麻袋の微細な動きで分かった。

 徐々に猫背になってしまう彼女に、ランディへの後悔をそっと胸の奥へしまっておいた。


「まあ、ともかく。”殺し合いの定め”なんてものが存在する以上、お前さんとブラック、どちらかは確実に命を落とすわけだ。お前さん、王都に戻りたいと言ったが……そりゃすぐにでもあいつと戦うと言ってるのと同じだ」

「分かってる。だけど、負けに戻るんじゃない」

「言うねえ。だがそれは、確信を持って言えることか? 火事場の馬鹿力じゃどうにもならない相手だ。――オレが強くしてやろう」

 レオナルドは、股を開いて膝に肘を付き、前のめりになって言った。

 その口調と態度に、キラは眉をひそめた。


「もしかして、僕を馬鹿にしてる?」

「あん?」

「そうやって圧かけて、脅して揺さぶって……そんな見かけに、騙されるわけない。衰弱していく友達を語るあなたを前にして、そんなものを信じるわけがない。袋かぶってもバレバレだよ」

「だがな、オレは――」

「ランディさんが死んだのは、あなたのせいかもしれないけど。それは、ただの事実――ランディさんを悪く思ってるなら、あんなふうに手紙を丁寧に扱わない」

「ったく……お前さんは何かと想定外だ。記憶喪失の透明少年じゃねえとはな」

「……透明じゃないから」

「しかも、ちゃっかり敬語抜かしてやがる」

「だって、なかなか本当のこと言わないし。……戻します?」

「いい、いい。そんなの鳥肌が立つ」

 ぷらりぷらりと手を払い、けだるげに椅子の背もたれにより掛かるレオナルドに、キラは頬を緩めた。


「でも……本当に、なんでブラックが弟子だって明かしたの? 別に、隠してても問題なかったでしょ」

「理由は二つだ。一つは、お前さんを怒らせたかった」

「……もしかして、”赤い瞳”のこと?」

「勘のいいやつめ。で、二つ目は……お前さんの実力を見込んで、頼みたいことがある」

「実力……?」

「お前さんの身体……ブラックとの戦いで傷ついてなかった。”覇”やら”神力”やらに振り回されて、それどころじゃねえ状態だったはずなのに……つか、自傷がほとんどなくらいだ。あとは刀の刺し傷」


「はあ。あんまり覚えてないけど……。それで、頼みごとって?」

「まあ、オレとしちゃ、ブラックにはあまり帝国に関わってほしくないわけだ。ちょいと相手にしちゃまずいやつが居るんでな」

「相手にしたら……? ブラックが危ないって話?」

「……忘れてくれ。口外もするんじゃないぞ――お前さんも、お前さんの周りも、危なくなる」


 ちらりと顔にかぶった麻袋が動いた程度だったが、今までにないほどの威圧感があった。あたかも自分は敵かのように振る舞い前のめりになっていた先ほどとは、まるで比べ物にならない。

 キラはその迫力に押され、口さえ開けず、ただただ頷いた。

「……話を戻すが、オレの頼みっていうのは他でもない。ブラックを止めてほしい」

「止める、っていうのは?」

「おそらく、お前さんにはこういったほうが楽だろう――ブラックを、殺してくれ」


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