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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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47.英雄


   ○   ○   ○


 対人関係とは、そう簡単に築けるものではない。

 それは、グエストの村でよく身に染みた。キラは村人たちに対してどう接していいかまるで分からず、彼らもあえて話しかけようとしなかった――むしろ避けるくらいだった。

 互いにそっぽを向いていたのだ。すれ違いすら起こらない。

 だが、少なくとも……。

 自分が相手の方が見れば、もっと違っていたはずだった。


 セドリックがそうだったように。彼が、言葉なく去ってしまった友を、それでも追いかけようとしたように。

 ときには、自らぶつかっていかなければ、変わらないこともある。

 だから、今度は。今度こそは。

 グリューンの手を取りに行かなければならないと思った。


「上手くいってよかった」

 キラは崩れ落ちる少年を抱きとめた。

「ひやひやしたけど……最後、明らかに手を抜いてた。……僕を信頼してくれた、ってことならうれしいんだけど」

 キラはつぶやきつつ頬を緩め……くらりとよろめいた。

 すると、いつの間にやら背後に回っていた白馬が支えてくれる。


 ――ハッ、無茶しすぎだ

「まあ……そういうこともあるよ。そんなことよりも……ユニィ、グリューンを頼める?」

 ――あ? 悪いが俺は行くぞ

「ランディさんのところに?」

 ――ケッ、わかってたのか

「なんとなく。だけどユニィには、グリューンを任せたいんだ。僕はこんな有様だし……もし今度魔獣に囲まれでもしたら、守りきれない」

 ――だから、代わりにてめえが行くってか? んな有様で?


 キラは何も返せず、ただ黙っていた。

 しかし、居ても立っても居られないのは確かだった。

 辺りが、不気味なほど静まり返っている。空はあいも変わらず真っ黒で、しかし、それにしては”神力”を感じることがない。

 何かが起きようとしている。嵐の前の静けさのように、時を見計らっているのだ。


 ――いいだろう

「え……?」

 ――なに呆けてんだ、さっさと行け

「けど……」

 ――てめえが行こうとオレが行こうと、変わりゃしねえ。ここらが潮時だろ

「潮時……?」


 白馬のまんまるで真っ黒な目は、そっぽを向いて見えなかった。

 その意図を目線で問いかけようとしても、まるで反応してくれない。

 ――あいつはあの森の奥にいる。いいな?

 ただ。

 ユニィの口調も雰囲気も変わったのは確かであり。

 キラは、神妙にして頷いた。

「わかった。じゃあ、グリューンを頼むよ」


 落とさないように注意深く小柄な少年を白馬の背に乗せ……そこで、ハッとあたりを見回した。

 血が巡っていくように。再び、”神力”の波動が鼓動するのを感じた。

 同時に、周囲に魔獣たちが湧き出てくる。ゴブリンにオーガにオーク――それらに加えて、強大な角を持つ四足獣や、とぐろを巻く大蛇など、ありとあらゆる異形の獣が。


 ――行け、早く! じゃねえと蹴っ飛ばすぞ!

「うん。じゃあ、またあとで!」


 キラは魔獣たちの合間を駆けた。

 剣をふるい、あるいは、その凶悪な爪を深く沈み込んで避けて。

 包囲網から脱して、ふと背後を見る。幻聴こそ聞こえないものの、白馬のユニィはいつも以上に荒れ、暴れまわっていた。

 ――かかってこいや、クソッタレども!




 草原から森へ入り、ざわめく木々の間を走り抜ける。

 葉が擦れ枝の揺れる音が、いやに耳につく。森の奥から伝わる”神力”の波動が、一気にそのボルテージを上げたように思える。

 荒れ狂う波に逆らうかのように、走る脚にも力が必要だった。

「ふ、ふ……ッ」 

 焦りが募れば募るほど、キラの身体はふらりとふらついた。

 全身を這う魔法の炎による痛み、肌をさすような空気感、再度蠢き出す心臓……。それら全てに敏感になり、ついにはこめかみに鋭い痛みが走る。

 それでも、なんとか、歩みを進めた。


「早く……!」

 木々の合間から覗く天上は、なおも黒い。太陽が明るさを取り戻すどころか、厚みのある雲がどこからか寄り集まっていた。

 凹凸のある表面に稲光が走り、そのドス黒さを克明に映し出す。

「ランディさん……っ」

 木から木をつたい、ふらつく身体を支えていく。


 そして、見た。見てしまった。

 ひときわ鋭く地上を照らす稲光の元。

 上空の恐ろしさで震える木々を背景にして。

 うめき声を引き連れて、血と一緒に刀を握る左腕が舞うさまを。


「ランディさん!」


 よろりと、老人がふらめく。

 木の幹に背中を預け、ずるりと地面に崩れ落ちる――そのさまを、ブラックが冷酷な赤眼で見下ろしていた。


 頭が、真っ白になる。

 何かに引っ張られるように、体が動いた。 

 重い足で踏み込み、剣を全身で振り上げ、斬りかかる。


「ほう……予感はしていたが、まさか本当に来るとはな」

 渾身の一撃は、しかし、黒剣によっていとも簡単に阻まれた。

 キラはギリリと奥歯を噛み締め、冷徹な男の血のような眼を睨んだ。

 もう一歩足を踏み出して、肩を入れつつ剣を引き、もう一度打ち込む。

 が。

 あたりを覆う暗闇に紛れるようにして、ブラックの姿が消えた。


「くそッ……!」

 キラは血眼になって、ぎょろぎょろと辺りへ視線を差し向けたが、一向に見つからない。

 剣の柄を握る手に力が入り……ふと取り落しそうになったのは、老人の消え入りそうな声が聞こえたためだった。

 はっとして我に返り、ランディのもとへ急ぐ。


「――ッ! 腕が……! なんで――傷が治ってない……っ」


 木に背中を預けて座る老いた英雄は、深くうなだれていた。

 左の肩から先がなく、とめどなく血が滴り落ちる。それだけでなく、胸や腹、右腕に至るまで、稲光がちらつく度にひどく傷ついた有様が映し出される。

 キラは息を呑み、動揺で視線をそらし……ふと、視界に入るものに顔を向けた。

 老人の直ぐ側の地面に、刀が突き刺さり直立している。刃には傷も血の一滴もなく、ただただ、その鋭さがキラリと輝いていた。


「今となって……後悔が膨らむ……か。ああ、しかし……やはり”予言者”の言うことは当てにならない……」

「ランディさん……! しゃべっちゃ……ッ」

「なに……。痛みには慣れているさ……なにせ、私も随分年をとった」

 ゆっくりと顔を上げた老人は、痛みに顔をひきつらせ、微笑んでいた。

 片目に赤い線が入り、滴る鮮血が顔中のシワへと染み込んでいく。

 キラは、もはや何を言うべきか、わからなくなっていた。


「これが最期だ……よく聞きなさい」

「なに、を……」

「ふふ……。そのぎこちない様子……君が目を覚ましたときのことを……遠い昔のように感じるよ」

「なんで、いま……」

「ふ……。君が……今も苦しんでいると感じたのさ。常に何者かであろうとすべきと……教えたが。実のところ簡単ではない……特に、記憶を失った君にとって」

「……」

「何者であったか……それもまた、人を人たらしめる。君にとっては、一層重要だろう……だから」


 老人が言葉をつなげようとして、しかし、そこで口を閉じた。

 シワだらけのまぶたで瞳が引き絞られ、老いを感じさせない眼光がキラの背後を射抜く。

「どうやら……考えている時間はないようだ」


 キラは、ランディに背を向けて、身体でその弱々しい姿を隠した。

 暗闇から舞い戻ってきたブラックと、相対する。その背後には、絶望的なまでの威圧感を放つドラゴンを従えていた。


「老いた英雄には過ぎた葬儀をしてやる。”名もなき剣士”……貴様もな」

 その冷淡な声に答えるかのように、ドラゴンが厄災を撒き散らした。

 長い首をゆるりと伸ばし、凶悪な牙の並ぶ隙間から雄叫びを上げる。大地をもゆらさんとする咆哮とともに翼が広がり――パッ、と炎が打ち上がる。

 上空に放たれた火球は頂点で弾け飛び……炎の雨となって森に降り注いだ。

 小さくも恐ろしい威力を持つ炎が、木を、地面を、空気を燃やす。

 赤々と燃え上がるそのさまは、まさに地獄絵図だった。

「終わりだ」


 黒剣を静かに構えるブラックに、炎をまとい荒ぶるドラゴン。

 それらを前にして……キラは湧き上がる怒りに焦がされていた。

 目の前の男がいなければ――ドラゴンが現れなければ――そもそも帝国さえなければ。

 リリィも、セレナも、グリューンも、ランディも。哀しみ、傷つき、血を流すことはなかった。


 そして、何より。

 己の非力さに失望していた。

 ブラックを圧倒できる”力”があれば。ドラゴンを落とせる”力”があれば。


「駄目だ……キラくん。堕ちては……!」

 身体の中で、熱くたぎる血液が駆け巡る。心臓は今までにないくらいに鼓動し、爆発音にも似たそれは、今にも外に漏れ出しそうだった。

 にも関わらず、ヒヤリとしたものが胸に伝う。


 それに触れられてはならない。

 それに縛られてはならない。

 それに侵されてはならない。

 そう、誰かが叫んでいる。


 が……。

 迫りくるブラックを前にすると、怒りでそれどころではなくなっていた。


   ○   ○   ○


 驚くべき光景に、ランディはしばらく息をするのも忘れていた。

 経路はどうあれ、キラに取り憑いた”覇”は厄介な呪いでもある。味方につければこれほど心強いものはないが、そうでなければ堕ちてしまう。

 強大な力が暴走すれば、体の内側を壊され生ける屍となり……やがて死に至る。


 ”覇”に支配されてなお生きていられるのは竜人族のみであり、だからこそ災厄をもたらすドラゴンが生まれてしまう。

 強靭な竜人族でさえ、”覇”が一度暴走すれば耐えられないというのに。

 キラは、半ば理性を失いながらも、ブラック相手に戦えていた。

 本来の洗練された動きとは程遠い太刀筋ではあるが、一振り一振りが重く、”闇”と拮抗している。


「ハァ、ハァ……だが……だめだ……!」


 忘れていた呼吸を取り戻し、空気を求めて激しく胸を上下させる。まぶたが痙攣気味に震えるものの、瞳は素早く動いた。

 黒い空模様が、刻一刻と変わっていた。

 寄り集まっていた雲が一層分厚くなり、ところどころとぐろを巻き始める。黒雲の中では絶えず雷が弾け、それが徐々に表に出てくる。

 そうして――キラの”雷の神力”が呼び寄せた雲は、雷の雨と成った。


 ぴかりと光っては空気を裂き。地面を貫いて轟音を響かせる。

 降りしきる雷は、やがて戦場をも荒らした。

 天に向かって吠えるドラゴンをねじ伏せ、闇に消え入ろうとするブラックを阻み、そしてキラ自身の体にも危うくかすめる。


「このままでは……!」

 ランディは直ぐ側で直立する刀に目をやり……束の間、瞳を閉じた。

 躊躇はない。迷いもない。ただ、後悔がある。

 今の今まで、忘れていたのだ。

 だから……。

 もはや、出来ることはない。

 老人はしわがれた手で懐を探り、ソレをくしゃくしゃに握りしめた。


〈――〉


 その時。何かが遠くで聞こえた気がした。

 あの白馬の幻聴ではない。か細く、苦しそうな声のようだった。

 直後、ブラックを攻め立てていたキラの動きが、徐々に鈍くなっていく。

 何が起こったのかはわからない。だが、何をしなければならないのかはわかっていた。


 悲鳴を上げる身体にムチを打ち、立ち上がる。掌に収めた”札”を、地面に突き刺さった刀の柄と一緒に握りしめる。

 ”再生の神力”を目いっぱいに稼働しつつ、駆ける。

 そして。


〈――刺して!〉


 動きの止まったキラの背中めがけて、刀を突き立てる。

 幾人、幾千人と屠ってきた手のひらに、最も嫌な感触が伝った。

「なん、で……?」

 痛みと衝撃とで、キラに正気が戻った。

 細かく震え、口の端から血を流しつつ、ぎこちなく振り向く。

 赤く染まった瞳を目にして……ランディは、最期に思わず微笑んだ。


「許してくれ。これが、初めて使う”魔法”なのでね」

「え……?」

「ああ、そうだ。ひとつ、言いそびれるところだったよ。――君が再び過去に何者だったか悩んだとき、私の継承者であることを思い出すと良い」

 手のひらに焼け付くような痛みが走る。

 ”再生の神力”が”札”に吸い取られていく。


「そして、今後――何者になりたいのか迷ったのだとしたら、”不死身の英雄”を名乗ってほしい。むろん、今すぐでも構わないよ」

 ”力”が身体から抜け落ち、ひどい痛みがぶり返す。

 だが、不思議と……。

「む。これだと二つか」

 肩肘張ることもなく。


「――ではさらばだ、同胞よ」


 ”転移の魔法”で送り出せた。

 

   ○   ○   ○


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