表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/959

43.ベルゼ

  ○   ○   ○


 エマール領リモン。その中央を陣取るのが、通称エマール城である。

 城とはいっても、かつては、堅牢で重厚な兵舎の如き屋敷に過ぎなかった。到底城とは呼べないほど地味な作りであり……それが、シーザー・J・エマールのあらんばかりの見栄により、尖塔だらけの城に改築されたのである。

 そのちぐはぐさが、竜ノ騎士団”ノンブル”所属のシスにとって、付け入る隙となった。


「ある意味、ラッキーだったかもしれませんね……。リリィ様とキラさんがかき回してくれたのは。しかし――この状況は、あまりにも不気味です」

 夜も深まる中、シスは真っ黒なマントを羽織り、エマール城に侵入していた。

 城に至るまでの道のり、城門の周りや庭園、それから外から見て取れる城内にまでも……極端に兵士の姿が見えなかった。

 明かりの一つもついておらず、まるで城全体が空になったかのようだ。


「ふむ……。本部から『二日後に王都が侵略される』ものと知らせが届きましたが……すでに進軍を始めたということでしょうか?」

 ぶつぶつと呟きながら、屋根の上を音もなく走る。

 さながら、慣れた道を意識もせず通うかのように。駆けて駆けて、たまに跳躍し、エマール城東端にそびえる尖塔を目指す。

「いえ……あの赤目の男――ブラックがいるかぎり、そんな面倒なことはしなくても良いはず。”神力”により距離を無視できるんですから。まったく、羨ましい限りですよ、限りのない”転移”を使えるなんて」


 さほど時間をかけずに目的の塔の根本にたどり着き、一息つく。

 全身を巡っている”身体強化の魔法”を解き、塔のてっぺんを見上げる。

 もともとの堅牢な屋敷から唐突に生えたかのような棘。かすかに見える屋根からは、チラリと旗が立っているのが伺える。

 その端をじっと見つめ、すると、シスの瞳の色がキュルリと濃い青色へと変色する。

 集中し――凝視して――鋭く息を吸い込む。

 転移。一瞬にして、シスは急勾配な屋根の上に姿を表した。


「お――っとと」

 ふわりと浮かぶ身体を、旗のはためく支柱に手をかけ支える。

「今日三度目の”無陣転移”……さすがに、疲れますね。まさか、リリィ様と合流するや、キラさんの元まで転移するとは思いませんでした。あれは……かなりの入れ込みようですね。おかげでこんなド深夜に……ああ、眠い」

 くぁ、とあくびを噛み殺し、シスは支柱から手を離した。

 末広がりの屋根で靴底を滑らせ、端ギリギリで膝をつく。それからレンガ材の屋根の一部に手をかけ、かぱりと開く。

 素早く入り込むそこは、エマール親子の秘密の集会場の屋根裏だった。


「この無警戒さ……に対して、闘技場は驚くほどの厳重警備でした。お城よりも大事な何かが、あの闘技場に――おそらく、その地下に何かがあるんでしょうね」

 どこからともなく現れた白馬により、たったの一撃で崩落した円形闘技場。

 馬が空を駆ける姿には驚いたものだが、すでにエマール領リモンを知り尽くしていたつもりだったシスにとっては、闘技場の地下が顕になったのは目からウロコが落ちたような気分だった。


 元から目をつけていた場所ではあった。教会周りもそうだが、闘技場もいやに帝国軍が見張っていたのだ。

 崩落による混乱に乗じることも考えはしたが……。

 キラとリリィを逃し、再度戻ってきたときには、すでに侵入できないほど強固な警戒態勢が敷かれていた。なにしろ、ブラックもその役目を担っていたのだ。

 幾度侵入を試みても、必ず先手を打ってくる。強引に突破するより手立てがないとなれば、シスも諦める他なかった。

「赤目の彼は誰かに従うような男ではないような気がしたのですが……。ふむ……」


 シスはぼそぼそと呟きつつ、屋根裏を這った。

 何も見えない中、手探りに移動し、いつもの場所を探し当てる。息を殺し、空気に溶け込み、待つこと数分……真下から扉の開く音がした。

 続けて、重みのある足音と杖を付く音とがする。

 球体のような男、シーザー・J・エマールだ。


「この私を――この私を! 誰だと思っているんだ、まったく! リリィ・エルトリアめ!」

 地団駄を踏む姿は、さながら弾むボールだろう。

 その光景をシスは頭の中で思い浮かべ、くつくつと喉を鳴らした。どんどん、ガツンガツン、という音が消え、なんとか笑い声を抑える。

「エマール公爵だぞ、偉いんだぞっ? だのにあの物言いと来たら――ああっ」

「偉いも何も、エルトリア家も公爵家なんですがねえ。順番で言えば、エマール家が最後でしょうに。エルトリア、サーベラス、エマール……昔はともかく、今はその地位に差はないはず」


 なおも続く太った声の不平不満に聞き耳を立てつつ、シスは思案した。

「いや……他に地位があるならば。その観点からものを考えているのだとすれば、辻褄は合いますか」

 頭の中をぐるぐると駆け巡る情報に目がまわり、頭を振った。

 ため息と一緒に、今考えてもつまらないことを吐き出す。

「しかしまあ、よくこうも子供のような文句を……。やはり僕には、この人物が七年前の王都防衛戦を引き起こしたとは思えないのですが。これほど感情的では、帝国との取引など不可能でしょうに……今回もそうですが」


 疑問を言葉に乗せるのは、そこまでにしておいた。

 新たな足音が聞こえてきたのだ。小気味の良いリズムは、エマールの足音とは違い、身軽な人間のものであると主張している。

 シーザー・エマールの耳にも届いたのか、それまで子どものような暴れ方をしていたのがピタリと止む。

「父上。すでにいらしてましたか」

「うむ。我が息子よ。つい先程来たものだ」

 あまりの豹変っぷりに、シスは笑うどころか怖くなっていた。

「意外と父親としてちゃんとしているというのが、なんとも……。不気味です」


 エマール親子は屋根裏で息を潜める密偵に気付く素振りもなく、話を始めた。

「首尾はどうだ」

「上々です、父上。帝国との連携も、思いのほか上手くいっております」

「よしよし……。あのエルトリアの小娘には肝もメンツも潰されたが……王都を手中に収めれば問題なし。我らエマール家の千年にわたる宿願も、すぐに果たせるというもの」

「はい。しかし、そこからが本番というもの。気を抜かぬように事を運ばねば」

「ああ。……マーカス。おまえは、おまえの兄とは違い、一族の使命を理解してくれている。礼を言おう」


「もちろんです。して、闘技場の被害状況ですが……」

「うむ。あの時、一体何が起こったというのだ。……馬が飛んでた気がする」

「はあ。それが、私にも何がなんだか……。ただ、被害が甚大ということは確かでして。崩落現場の惨状はもちろんですが、怪我人、死者ともに、数が増えていくばかりです」

「むう……由々しきことよ。罪なき命がまたたく間に奪われるとは。……歴史は繰り返されるということよな」


 神妙にしてつぶやくエマールに、シスは眉をひそめた。

「自分の見たいものしか見ないとは……本当に子どもですね。あの闘技場に詰めかけた人間は、みな、倫理観を捨てた外道――それを無視して、その死を嘆くとは」

 シスに言わせれば、闘技場で起きた唐突な崩落は、エマールを信奉する”彼ら”に対する天罰だった。

 何しろ、”彼ら”は己等の”敵”であると認めると、平気で死に追いやるのだ。ろくに確証も得ずに、悪魔だ化け物だと、子どもすら殺してしまう。


「なかなか受け入れがたい話です。……おや?」

 静かに憤りを殺していると、新たな足音がかすかに聞こえてきた。

 じっとして、その様子を探る。新たな人物は、部屋の前で停まり、丁寧にノックをした。

「なんだ。誰だ?」

 マーカスが、父親に対する態度とガラリと変えて、ぶっきらぼうに問いかける。

「ああ、ヤッパリ。そろそろこの部屋を使うのではないかという予想があたったようだネ」

「……ベルゼか。いいだろう、入れ」


 何気ない大物の登場に、シスはどきりと心臓が跳ねた気がした。

 ”忌才”と呼ばれる天才学者。竜ノ騎士団第九師団師団長のエマや、今やその生死すら不明とされている天才レオナルドと並び称されている。

 が、その実態は、先の二人と比べればあまりにも異端だった。

 その明晰な頭脳を使って、あってはならない禁忌ばかりに手を染めているのだ。人造生命体、複製人間、死靈術……世界各地で命を踏み荒らしては、騒動を起こしている。


「第一級犯罪者……。これを目の前にして捕らえてはならないとは……なかなか酷な話ですよ、陛下、シリウス様」

 今にも動きそうな身体を、言葉という理性を持って押さえつける。

 ベルゼがエマール領リモンにいる真の目的……それは定かではないが、彼が”預かり傭兵”なる傀儡を作り出したのは確かだ。

「せめてここで、”預かり傭兵”の何たるかについて聞ければ良いのですが……」


 人を操る魔法は、確かに存在する。禁忌として封印されているものの、あらゆる禁術に手を出しているベルゼにとって、すでに周知の魔法だろう。

 ただ、”預かり傭兵”にはその禁呪が使われていない。

 そもそも、人一人を操るのですら、かなりの集中力と魔力量を必要とする。相手の魔力に干渉し、さらには力で屈服させるのだから当然だ。

 だが、”預かり傭兵”の数は、ざっと数えただけでも三百人以上いる。総数ともなれば、その何倍にも膨れ上がるだろう。

 それほどの数を、一体どうやってさばいているというのか……。


「単刀直入に言えば、苦情を言いに来たのだヨ」

「苦情?」

 話が前に進んだのが聞こえて、シスは意識を耳に傾けた。

「ガイアから帰ってくる”預かり傭兵”の廃棄率が、あまりにも高いのサ。ガイアを雇っているのはそちらダ……さあ、なにか納得のいく説明をチョーダイ」

 しばらくの間、沈黙が続いた。シーザーもマーカスも、唐突に問い詰められて困惑しているのが、手にとるように分かる。

 それと同時に、力関係も透けて見えるようだった。次にベルゼが口を開くまでだんまりとしているのが良い証拠だった。


「フン……。あんな野獣でも、しっかりと手綱を握っていてもらいたいものダネ。見張りでもつけておくことだ――こっちは闘技場の崩落でてんやわんやなんダ」

「”預かり傭兵”は……どのような状況か、把握できておられるのか」

 悔しそうにも丁寧に聞き返す声は、まんまるな親の方だった。

「上々は上々サ。疑いようもない。だが――だからといって無駄を見過ごせるというわけではないんダヨ。……ハア、この問答の時間も勿体ない。監視でも何でもしておいてくれたまえ」

 ベルゼはのんびりとした口調ながらも一方的に言いつけ、返事も聞かないまま部屋を出ていった。


「父上、ここで癇癪を起こしても何もなりません。ベルゼは帝国の人間……下手を打てば、何もかもが台無しです」

「わかっている……!」

「私がガイアの監視をしましょう。今、我らが騎士団は闘技場の処理で手一杯ですから」

 続けてマーカスも出ていき、ひとり残ったシーザー・エマールの子供のような癇癪が始まる。


 言葉すらも消えた野性的な様子に、シスは腰を浮かした。

「もう有益な情報は出てこないでしょうね。しかし……ベルゼが帝国側とは、良いことを聞けました。”預かり傭兵”は、ベルゼのみならず、帝国にも何らかの利益をもたらすのでしょうか。それとも、何かと引き換えにベルゼに支援しているだけ……?」

 ぶつぶつと呟きつつ、屋根裏から外へ出る。屋根板を外し、落ちてしまわないように慎重に這い出て、屋根に膝をつく。

「しかし、ここにきてあの褐色肌の”授かりし者”の名前が出てくるとは……。彼にも何らかの目的があるのでしょうかね――おや?」


 吹き付けてくる風の冷たさにブルリと震え……シスは目を見開いた。

 ドラゴンが、いた。

 ばさりばさりと翼で身体を浮かし、長い首をもたげて、大きな傷跡のある額を見せつけるように顔を突き出している。


「なるほど――僕もつくづく災難ですね!」

 長年の経験と勘が、シスの身体を突き動かした。

 なぜ? 何が起こっている? どうして? ――そんな疑問が起こるよりも早く、塔のてっぺんから飛び降りた。

 落ち行く体の姿勢を整えつつ、”真眼”で切り替える。

 ぼんっ、と弾けるような音ともに、黒いマントから色が抜け落ちた。


「――魔力ガ少ないッテときに!」

 血の気の失った両腕をマントから突き出し、空気を掴むように指を曲げる。

 ”不可視の魔法”。魔力を経由して、空気中の魔素に干渉し――落ちる勢いそのままで、地面スレスレを滑空する。

 その直後、ドンッ! という破裂音と突風が背後から吹き荒れる。

 真上から火炎放射が放たれたのだ。飲み込まれそうなところをギリギリで回避し、泳ぐかのように腕を動かして空を駆ける。


 だが――。

「サスガ、唯一”飛ぶ魔獣”! 追いつかれるノモ当然カっ」

 思い切りスピードを出して飛んではいたが、巨大で強靭な翼を持つドラゴンに上を取られた。

 大きな口を開けて、火炎放出器官に炎を宿す。

「だが俺はヴァンパイア――”覇術”モ使えないドラゴンに遅れナドとらん!」


 シスはくるりと仰向けになって腕を向け、”不可視の魔法”で火炎放射を弾いた。

 そして即座に着地し、背後に大きく飛び退りながら、再び真っ白な手を差し向ける。

 ゴウッ、と。突っ込んでくる巨体を、”見えない壁”によって押し止める。


「ヌ、ゥゥ……っ!」

 伸ばした腕に、ビキビキと筋が浮かぶ。

 このままでは持たない――想像以上にドラゴンの力が強大だ――次の手を打たねば。

 もう片方の腕を振り上げた時……ふと、誰かにつかまれた気がした。ひとりでに身体が浮き上がり、ぐんっ、と引っ張られる。

「ム、おぉン?」

 同時にドラゴンの目の前に、フヨフヨと光の玉が現れ……パッ、と弾けた。

 ドラゴンは愚か、シスも目を潰され、その影響で白マントが黒く染まっていく。


「あぁ……目が……。一体、何が……」

「ふらふらしてて危ないですねえ〜。先輩」

 ぱたりと本を閉じた音がして、場にそぐわない和やかな声が降りかかる。

「その声……うぅ……。見ていたなら、本なんか読んでいないでもっと早くに助けてほしかったものです。それに……年を考えてくださいよ」

「……。レディにそういう事言っちゃだめでしょ」

 シスはゾクリとして口を閉じ、いまだにチカチカとする目をあえて彼女の方には向けなかった。


 フラフラとした身体で膝を付き……そこでようやく家屋の屋上にいることに気付く。”不可視の魔法”で地上から引き揚げられたのである。

 眼下に目を向ければ、ドラゴンが忌々しそうにあたりを見回していたところだった。獲物が消えたと悟るや、翼を広げて去っていく。


「別に他意はありませんよ。というより、こちらの身にもなってください。二百も年上の女性に先輩と呼ばれる緊張感と言ったら……ご自身がエルフということ自覚してください」

「へ〜、その話続けちゃうんですね」

「弁明ですよ。それに……どこか機嫌がいいみたいですからね、今日のトレーズは」

「あ、わかっちゃいます?」

 トレーズ……ノアは、ウキウキになって声を弾ませていた。


「それはもう、運命的な出会いでしたっ……!」

「はあ、そうですか」

「……興味なさげですね」

「こちらはそれどころではないんですよ。闘技場のごたごたで、あのブラックとかいう”授かりし者”に目をつけられたでしょうし……」

「じゃあ〜。いっそのこと、ほとぼりが冷めるまで街を離れちゃったらどうです?」

「それしかないんでしょうかね……。気になることも色々と出てきましたから、なるべくなら離れたくないんですが」

「……夜が来るたび、ドラゴンと追いかけっこ?」

「それは……勘弁願いたいですね」

「でしょ? で、どうせだったら、面白い体験してみませんか?」

「面白い、とは?」

「”隠された村”……なんと、”流浪の民”によって築かれた村があるんですよ!」


   ○   ○   ○


 黒く塗りつぶされた洞窟の中でも、その男の白髪は不気味な美しさで輝いていた。

「ここがヤツの……ベルゼの研究室か」

 明かり一つもない闇にも関わらず、血色の双眸は目の前の惨状を捉えていた。

 本来ならば、一本道の突き当りに『立入禁止』と刻まれた扉が一枚あるはずだった。

 だが今は、見る影もなく、瓦礫に埋もれている。天井が崩落し、おそらくは研究室もろとも潰れていた。

 白髪血眼の男、ブラックは腕を掲げ……ふと冷たい声で呟いた。


「闘技場には近いが、崩落の影響が届かぬ場所……にもかかわらずこの有様。鼠が入り込んでいたか」

 いつもどおりに”闇の神力”を使おうとして……ブラックは表情を歪めた。

「チッ……あの馬。それに、黒髪の剣士。やってくれたものだ……借りは返さねばな」

 瓦礫に伸ばそうとしていた”力”を退き戻し、腹に巻きつける。幾度か調整しつつ、裂けるような痛みの走る腹を修復する。


 痛みと屈辱にブラックは再び舌打ちをし……瓦礫に目を向けて、フンと鼻を鳴らした。

「わざわざ敵に塩を送ることもないな……。ここまでの道のりは作ってやったんだ……少しくらい面白い反応を見せろ、ベルゼ」

 瓦礫に背を向け、ゆったりとした足取りで来た道を戻る。

 そこでブラックは、うつむきがちだった顔を上げた。闇に紛らせていた”神力”が、何かが飛来してくるのを感知したのだ。


「ぽっぽっぽー、はとぽっぽー」


 陽気で音痴な歌声が洞窟内に響き渡る。

 それに続いて、曲がり角から明かりが差した。ローブを身にまとった小柄な人物が、ランタンを片手に姿を表す。

「ロキか。相変わらず……不釣り合いだな。何もかもが」

 ブラックが素直に毒を吐くと、天井近くを飛んでいた歌う鳥がロキの肩に止まった。

 そして、その鳥――インコが、甲高い声で嫌味を返す。


「オマエもなー。白髪野郎の名前がブラック? 冗談だろー」

「フン……。で?」

 ブラックの短い問いかけに、またもインコが答えた。

「なんだよー、その聞き方ー? わかるかボケ」

「軍部に持ち上げられるだけあって、”五傑”も中身のない人形ということか」

「カッチーン。文字通り馬に蹴られたヤローがよー」

「安い挑発だな、鳥頭」


 ブラックは丸まる背中をピンと伸ばし、さも痛みなどなかったかのようにしっかりと歩く。

 すると慌てたようにインコが羽ばたき、それに続いて子どものようにロキが追いかける。

「わかってるってー。使いにやったドラゴンのことだろー?」

「なら最初から素直に答えろ。成果は? 侵入者は捕らえたか」

「まー逃げられたよねー」

「使えんやつだ」


 ロキが隣に並び立つのを許さないかのように、ブラックは歩く足を早めた。

 しゃべるインコが肩に降り立とうとするのも追い払い……そこで、ふと足を止めた。

「……なんだ、その無様な姿は」

 闇から這い出るように。ロキの持つランタンの光の外から、黒ずくめの男たちが身体を引きずり現れた。


「よもや、老いた英雄のみならず、あの手負いの剣士も殺しそこねたとは言わないよな」

「ぐっ……ふう、ふう……。もうしわけ、ございません」

「まったく……」

 なんとか敬意を示そうと男の一人がひざまずくも、もうひとりは呻いたままピクリともしなかった。


「どうするー? 処すー処しちゃうー?」

「労力と時間の無駄だ。それで状況が好転することもあるまい」

「あ〜、やさしー」

「本来ならば、貴様も懲罰の対象だ。あのゴーレムも、役に立たんほど焼き尽くされたんだろう」

「”竜殺し”にたかが土塊が役に立つわけないじゃーん」

「それで終わるなと言っている。――何をしている、さっさといけ」

 男は感極まったように潤んだ声で礼を言い、仲間を連れて”闇”に消えた。

「軍部が怒っちゃうかもねー」

「知ったことか。だが……見過ごせないのは確かだ」

「というとー?」

「面倒だが、俺が動く。どうせ、最初は帝国に出る幕はない。エマールは適当に泳がしておけ。ただ……あのマーカスとかいうやつには隙を見せるな」

「りょーかいー」


   ○   ○   ○


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=811559661&size=88
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ