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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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42.問題


   ○   ○   ○


 ――オイ、起きろ。オイ!

 遠くから呼び起こされるような、それでいて、耳元で叫ばれているような。

 そんな不思議な幻聴が頭の中に反響し、キラは目を覚ました。

 重いまぶたをゆっくりと開ける。


 目の前には、リリィの美しい寝顔があった。艷やかな白い肌、こぶりな可愛らしい鼻、ピンク色の薄い唇……全部が、間近にあった。

 身じろぎするだけで鼻先がふれあい、唇さえも……。

 キラは顔が熱くなるのを感じ、緊張で一気に目が冴える。慎重に、ぎこちなく……そっと、一緒にかぶっている布団から抜け出そうと試みる。


 が――なかなかに難儀した。

 というのも、少し布団がずれただけでリリィが「んんぅ」と悩ましい声を上げながら、ぺたっとくっついてくるのだ。寝ているせいか、やたらと隙間を埋めたがり……。

 赤子のごとく、子供のごとく。ぎゅぅっ、としてくるリリィに耐えられなくなり、キラは半ば強引にベッドから這い出た。


「あ、あぶ……! リリィってば、ホント自覚が薄いというか……寝てるから仕方ないかもしれないけど」

 ――何ブツブツ言ってんだよ

「……こっちの話。リリィもユニィも来てたんだ」

 ――あン? ンなことも気づいてなかったのかよ

「いや、まあ、リリィが部屋に入ってきたのはなんとなく覚えてるけど」


 シスがいつ去ったのかもわからないくらいに、非常にあやふやではあるが。

 リリィが扉をそっと開けて入ってきたのは覚えている。

 彼女は「シスったら……!」だとか「まだ、まだ……そういう……」だとか呟きながら、何やらベッドの近くでゴソゴソとしていた。

 そして、「一緒の部屋……」という小さな声が一気に近づいたかと思うと、吐息と息を呑む音とが続けて聞こえてきて……。


 ――けど、なんだよ

「別に。何でもないよ」

 キラは口元を手で抑え……それから、思い切りよく頭を振るった。

「それより、ユニィ。君、部屋にいないよね。声が聞こえるのは、いつもそばにいるときだったのに……」

 ――あァ、それが問題だ

「問題? 何が……って、まあ、普通馬とはしゃべれないんだよね」

 ――てめえは……てめえみたいな問題児は初めてだ

「き、君に一番言われたくない言葉だよね、それ」

 ――カッ、言ってくれるな。だが、俺はてめえほど不気味なやつを見たことがねえ……と最初は思っていた

「最初は、って……?」

 ――てめえの中にある”覇”は、どうあっても理屈が通らなかった。接触経路がありっこねえんだからな

「はあ」


 ――が、理解した。理屈も、道理も……筋が通らねえはずがない

「随分話が飛んだね。っていうか、何の話をしてるの?」

 ――難しい話だ。だが、一言で言えば……てめえは呪われてる。そこの小娘とともにな

「え……?」

 ――血に取り入る厄介な呪いだ。が、こっちの方は俺がいる限りどうにでもなる。いずれ、超えなきゃなんねえ山だ。ただ、それより面倒なのは……

「なに……?」

 ――闘技場で何があったか、覚えているか?

「そんなの……」


 そこまで言って、キラは絶句した。

 口を開こうとしても、何も言葉が出てこない――記憶にポッカリと穴が空いているのだ。

 シスとともに闘技場へ向かい、エリックと対峙し気絶させ……それから気づけば、シスやニコラとともに外に出ていた。

 どんなに懸命に頭を絞っても思い出せない。誰かと話した気はするのだが……。


 ――未熟な”神力”に”覇”……で、これか。けっ、問題は山積みってか。どっかのクソ王子みてえに気楽に行けたら良いんだがな

「なにが……どうなってるのか……」

 ――さあな。考えても答えが出ねえことには労力を割かないことだな

「でも……」

 ――うるせえ! 寝ろ!

 頭の中をガンガンと幻聴が跳ね、キラはため息を付いた。

「起こしたのはそっちじゃんか……。しかも、だいぶ寝たから眠くないし」


 ちらりと、ベッドの方を見る。月明かりだけが頼りの暗闇の中、掛け布団の膨らみは少しばかり移動し、ベッドの真ん中を陣取っていた。なにやら、もぞもぞと動いている。

 キラはぽりぽりと頬をかき、音を立てないように壁打ちのハンガーに近寄った。

 引っ掛けていた剣を剣帯ごと手に取り、そのまま腰に装着する。ずしりと心地の良い重たさに落ち着き……ふと、何かに導かれるように鞘から引き抜いた。


 ”ペンドラゴンの剣”は、あいも変わらず良い状態を保っていた。

 一見すれば、無骨な普通の剣だ。刀身にしても鍔にしても柄にしても、なにか目立った特徴もなければ、装飾もない。

 ただ、ただ、その刃は頑強だった。刃こぼれ一つもせず、新品同様の鋭い輝きを保っている。

 剣の腹にしても、磨き上げられた鏡のように、汚れ一つなくキラの顔を映し……。


〈さあ、代わりなさい〉


 暗闇の中、血に染まったかのような赤い瞳が怪しく輝いていた。

「――ッ!」

 耳元で吹きかけられるような女の声、自分のものとは思えないような目つき……。

 それら二重の衝撃に弾かれたように、キラは息を呑んだ。

 思わず、剣を手放してしまう。

 ガランッ! と床で鈍く跳ねた剣は、回転しながらも、赤い瞳を如実に映していた。


「――キラ、キラ! どうかされましたか、大丈夫ですかっ」

 リリィの声とぬくもりで、ようやく我に返った。

 気がつけば、後ろに倒れそうな身体を、リリィが前から抱きとめてくれている。

 揺れる黄金色の髪の毛に、心配に染まる青い瞳……リリィの美しい顔を見て、キラは身震いした。

 何が起こった? どういうことだろう? そんな疑問が、一気に頭の中を駆け巡る。

 身体の底から冷たいものが湧き上がり、体温を奪っていく気さえする。


 だからか、

「あ、あらあら? キラ……?」

 リリィに抱きついた。

 その温もりと柔らかさが腕の中に広がり、しかし、身震いするような寒さが薄れることはない。

 もっと、もっと……。

 頬をもこすりつけて暖かさを求めていると、背中からじんわりとしたものが広がった。


「震えていますわよ。何かありましたか……?」

 リリィがなでてくれたところから、徐々に寒気が抜けていく。

 その心地よさに浸っていたかったが、リリィの優しい香りを感じ……一気に顔に熱が集まって、ぱっと体を離した。

「あらあら、もう少し頼ってくださってもよろしいですのに」

「そ、そういうわけには……。そんなことよりさ――僕の目、大丈夫かな? 赤くなったりとか、してない?」

「え……?」


 リリィは一瞬、呆けたように目を見開き――彼女がなにか言おうとしたところで、グラリと床がぐらついた。

 続けざまに、ドンッ、と下から突くように揺れる。机が飛び跳ねて横倒しになり、ハンガーにかけていた荷物も次から次へと落ちていく。

「わっ……と!」

 突如とした出来事に、キラはどうすることもできずに尻餅をついた。

 リリィも小さく悲鳴を上げて、一緒に倒れ込み、

「じ、地震、ですわ……! じっとしててくださいな!」

 ほとんど反射的に覆いかぶさってきた。頭を胸に抱えられ、身体で体を押さえつけられ……キラは苦しさやら恐ろしさやら嬉しさやらで、何も言えなかった。


「……収まったようですわね」

「リ、リリィ、あの、離して」

「え――あっ。す、すみませんっ。大丈夫でしたか?」

「リリィのおかげでね。君こそ大丈夫? さっき、剣を落としちゃってたから」

「ええ、平気ですわ。だって、わたくしが事前に拾ってましたもの」

 互いに身体を支え合いながら立ち上がり、キラはリリィから剣を受け取った。

 チラリと、剣の腹に顔を反射させてみる。歪みなく映った瞳は、異変などまるでなかったかのように、真っ黒なものだった。


「それにしても、珍しいですわね。王国で地震だなんて」

「そうなんだ……うん?」

 キラは剣を収めようとして、少しの違和感に気がついた。しかし、その正体がつかめず、もう一度抜剣してみる。

「どうかいたしましたか?」

「あ……。なんかへんだなって思ったら、月明かりがないんだ。さっきまでかなり明るくて、剣が光るくらいだったのに」


「そういえば……嫌に暗いですわね。それに、何やら外が騒がしいような……」

 リリィが手のひらに”紅の炎”で明かりを灯す。鋭くも暖かな光は、暗くて闇に飲まれそうだった部屋を隅々まで照らした。

 キラはリリィとともに窓に近寄り……。

「ん……? あんなとこに壁なんて……?」

「いいえ、あれは――ゴーレムです」


 まるで、子供が蟻の巣を覗き見るかのように。

 岩石で造られたゴーレムが、空を覆い尽くし、文字通り上から覗き込んでいた。

 この嘘のような異常事態に、町は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。家から道へ飛び出しては、誰かとぶつかり、あるいは手を取り合いながら、悲鳴とともに逃げていく。


「あれって――騎士団支部で出てきた……!」

 キラが窓から顔らしき岩石を見上げている間にも、リリィは行動を起こしていた。

 素早く鎧を身に着け、剣を鞘から解き放つ。

「キラはここに――」

「ついていくよ! あれがいるってことは、帝国軍も近くにいるってことでしょ!」

「――では、あのゴーレムの相手はわたくしが。キラは、あくまでも住民の避難を優先してください!」

「わかった!」


 リリィとともに宿を飛び出たときには、すでに町の有様は変わっていた。

 北から南へ貫く一本の大通りを中心として広がっていた町は、その背骨を潰されていたのだ。砂利の道は、手形がつけられ、崩れた家によって塞がれている。

 狭い横道も決して安全とは言えず、先程の突き上げるような地震で、傾いている家もあった。

 立ち上る土埃と、響く悲鳴と、空からの圧力。

 キラはリリィとともに少しばかり立ち止まり、躊躇し……しかしそれを、声を張り上げることで奮い立たせた。


「ユニィ!」

 ――ンな声出さなくても聞こえてらァ

 大災害のような光景を前にしても、変わらずひょっこりひょっこり現れる白馬に頬を緩めつつ、リリィに向かっていう。

「ユニィのあの跳躍力なら、何があっても大丈夫だろうだから。乗っていってよ」

「キラ、もしかして、今……」

「ん?」

「……いいえ。何でもありませんわ。――さあ、ユニィ、行きますわよ」

 リリィは何やら首を傾げつつも、白馬の背にまたがった。手綱を握り、その腹を軽く蹴って合図を出す。


 そうして白馬を繰りながら、剣を”紅”に染め上げ――振り抜く。

 豪! と唸る炎が一直線に飛び出し、ゴーレムに直撃。町に覆いかぶさるような腹を貫き、まんまると開いた穴から星の散りばめられた夜空が覗く。

 ゴーレムは、まるで人がするように胴体の穴に手を当て、岩石頭を動かしリリィを捉えた。

「追えるものなら追ってみなさいな!」

 リリィの怒声に挑発されて、巨大な岩人形は緩慢な動きで追いかけ始めた。


 キラははらはらとしながらその姿を見送り……やっとのことで視線を外して、ざっとあたりを見渡した。

 道端では、腰を抜かした人や、怪我で動けずうずくまる人が溜まっている。泣きじゃくる子どもを母親が抱え、あるいは父親がその無事を確認している。健常な男たちがそれぞれ助けに回っているものの、どんどんと響くゴーレムの足音に恐怖を拭えていない。


 キラも、唸る地面に足を取られつつ、なにかできることはないかと彷徨い……。

「おいっ、アンタ! 手が空いてるならこっちに――ダチが……!」

 横道からパッと飛び出てきた男が、慌てた様子で呼びかけてきた。

 ただ事ではない様子の身振り手振りに従い、キラも崩れかけの細道に入り込んだ。

 道は傾いた家屋でより狭くなり、しかし、男は「こっちだ、こっち!」といいながら複雑な道のりをスイスイと進んでいく。

 やがて、見通しの良い通りに出て――キラは剣を引き抜いた。


「なに……ッ!」

「やっぱり帝国! 他に動ける人がいたのに、まっすぐに見てきたからね……!」


 振り向きざまに切りかかってきた男は、町人ではなくなりつつあった。揺らめく陽炎のように、黒尽くめの格好が浮き上がる。

 キラは押し込んでくるナイフに剣で対抗し――男の目の動きを敏感に察知した。

 背後を見ている――わずかばかりに力が弱まった――右足が下がりつつある。敵の様子を一瞬にして把握し、キラは深くしゃがみこんだ。

 すんでのところで、背後からの奇襲をかわす。


「チィッ!」

 前からも、後ろからも。

 同時に追撃をかけてくる。

 キラは、背後には目もやらず、大振りに剣を薙いだ。

 それとほぼ同時に、前方へ手をのばす。


 そうして。

 後ろの男の腹を斬りつけながらも、前から降りかかるナイフを持つ手をはじく。

 驚き、動揺、苦痛。

 五感の全てでそれらを感じ取り、前方の男のみに集中した。

 思ったとおり、動きが鈍い。距離を取ろうとする動きに、一瞬のすきがあった。


「そこ――ッ!」

 剣の柄に両手を添え、キラはぐんと飛び出して斬りかかる。

 すると、何かに躓き――そのまま剣を振り切り――膝をついてしまう。

 見れば、地面の砂利がどろどろになり、手のようなものが出てきて足を掴んでいた。

 振り払おうとするも、今度は身体が言うことを聞いてくれない。今までなんともなかったのが嘘のように、疲労が重くのしかかる。

 続けて心臓も強く波打ち……キラは、たまらず地面に額を付けた。


「隊長からは弱っているものと聞いていたが――恐ろしいセンスだ。しかし、”泥化の魔法”の発動にすら気づかず、あまつさえその動作を”隙”と判断するとは……」

「ふぅ……ふぅ……!」

「魔法に疎いどころではない――隊長の推測通り、貴様も”授かりし者”だったか。ここでケリを付けておきたいものだが……」

 男はそこまでいって、ヨロリと後退した。その左腕からは、ぼたりぼたりと多量の血が溢れ出ている。

「間合いに入っていたとは――しかも、先の挟撃で右手が……! やむを得んな」


 キラは立ち上がろうと必死にもがき……突如として沸き立った煙に咳き込んだ。

 目に涙を浮かべながら、やっとのことで顔を上げる。

 暗い路地裏には、すでに誰もいなかった。


   ○   ○   ○


 さっそうとかける白馬の背で揺れながら、リリィはちらりと振り返った。

 のろりのろりと追ってくるゴーレム。しかし、その超弩級の巨大さ故に、一歩一歩が大きい。ユニィでなければ、とうに追いつかれていた。

 見通しの良い草原は、良くも悪くも、両者に平等に味方する。


「もっと町から離れなければ――この先、開けた場所があったはず。ユニィ、なるべく周囲になにもないところへ!」

 思い描いた通りの平坦な平原で、リリィは白馬に足を緩めさせた。鈍重に、しかし着実に迫りくる巨大ゴーレムを振り返り、手綱と剣を強く握る。

「あれほどの大きさを誇りながら、微塵の魔力も感じない……。あの”闇”を使って送り込まれたのだと考えても――”授かりし者”によるゴーレムとみて間違いないでしょう」


 すると、その言葉を肯定するように、白馬がブルルッと鼻を鳴らした。

 何やら上機嫌で頭を上下させるユニィの首元をなで、リリィは頬を緩めた。

「さあ。行きますわよ――力を貸してくださいな」

 リリィは剣を掲げ、”紅の炎”を宿した。ボウッ、と燃える勢いそのままに、火球にして投げつける。


 ひゅるりと飛んでいく炎は、思惑通り、ゴーレムの頭上で煌々と輝いた。

 小さな太陽のごとく、真っ暗闇に包まれた辺りを昼間に塗り替える。

 陽の光のもと、明らかになるゴーレムの姿は、やはり異様なほどに大きかった。

 まさに、山。その手の大きさだけで家屋に匹敵し、人は皆等しく蟻以下となる。

 岩も土も砂もすべてを巻き込んだその異形さは、リリィとしても初めて対峙するものだった。


「ですが、先程の炎はちゃんと効きました。なれば、所詮は土くれということ――ユニィ、走ってくださいな!」

 ゴーレムが手を向けてくる。

 岩石で集まってできた”指”が、発射される。

 鍛え上げられた馬でも、災害の降りかかるような恐怖感に耐えきれなくなるだろう――だが、ユニィはただの馬ではなかった。

 油断すれば振り落とされそうなほどの速さで走り、ぐるりとゴーレムの側面へと入り込む。ゴーレムの反応は鈍重で、ユニィはバカにするように甲高くいなないた。


「ほんと――とんでもないですわねっ。キラもよく耐えられるものですわ……!」

 もはや手綱を腕にくくりつけ、浮き上がりそうな身体で必死に姿勢を低くする。

 それでも、剣を構え、敵から視線をそらさなかった。

「一撃で仕留めます――そのための隙を作りますから、ご助力を!」

 ユニィは言葉の意味はもちろん、その意図すら正確に汲み取った。


 クンッ、と走る角度を変え、一直線にゴーレムへ突進する。雨のごとく降りかかる巨石をことごとく避け、その足元へ肉薄する。

 リリィも紅色に染め上げた剣で岩石を切り落とし、目的をキッと睨む。

 狙うは、巨体を支える足。その太さは、リモンの闘技場ですら一回で踏み落とせそうなほどだった。


「規格外の大きさですわね――けどッ」

 白馬が、トンッ、と軽く跳躍する。

 土塊の膝が迫り――リリィも合わせて”紅の炎”を高ぶらせ――剣を振り抜く。

 砂も土も岩もすべてを焼き切り、さらにはその高熱を脚全体にまで這わせる。

 ボンッ、と。膝を中心として爆発が起き、脚をかたどっていた土塊が粉々になる。

 さしものゴーレムも、傾ぐ身体を支えるだけで精一杯だった。残った脚で器用に膝を付き、両手をついてなんとか倒れ込まないように持ちこたえる。


 巨体の一挙手一投足は度重なる地震を呼び……そうやってゴーレムが姿勢を整えている間に、リリィは次の一手を打っていた。

 剣をたらりと地面に向けて、円を描くように白馬を歩かせる。

 剣の切っ先から一定量の”紅の炎”を地面に垂れ流しつつ、ぶつぶつと呪文を口にする。


「”大地よ、炎よ。全てを焼き尽くす素となれ――”」


 戦場において最も注意するべきなのは、魔法の使い方である。

 キラのような規格外の近接戦闘センスを持ち合わせていれば別だが、普通、戦いにおいて魔法が飛び交うのが常なのだ。

 だからこそ、いかに自分の魔法を見極められないかが重要となる。目つきで、手付きで、挙動で……先を読まれてはならず、そして欺かねばならない。


「”炎よ、走れ……風よ、巻き上がれ……”」


 故に。知識とは、そのまま力となる。

 例えば、魔法陣について疎ければ、戦場でこっそりと魔法陣を敷かれても気づかない。

 あるいは、魔法陣に多少の知識があっても、『魔法陣とよく似た魔法』を見分けられなければ意味がない。

 相手は”授かりし者”。

 魔法への理解の深さの度合いにこそ、リリィは勝機を見つけた。


「さあ、行きますわよ」

 一手で、ゴーレムの頭上に小さな太陽を作った。

 二手目で、爆発に紛れて”紅の炎”を埋め込んだ。

 そうして三手目で、円状に線を引いただけの簡単な魔法陣を敷いた。

 起き上がったゴーレムが地面を叩いて消したが……撒いた種が全て消えない限り、攻撃の手がなくなることはない。


「”灼熱の炎よ、燃え上がれ”」

 魔法陣は消えた。だが、気づかれなかった小さな太陽とゴーレムに埋めた炎が、リリィの言葉に呼応した。

 二つの点が線でつながるかのように、火柱が立つ。

 だが――ゴーレムの巨体さ故か、思ったほどの効き目がなかった。再生しかけた脚を溶かし、腕や胴体をもいだものの、息をするかのように断面がうごめいている。


 その様子をリリィは馬上で見て取り、

「”風よ、吹き荒れろ”」

 唇に人差し指を当てつつ、ぷくっと頬を膨らませ、息を吹き込んだ。

 吹きかけた吐息は微々たるものだが、徐々に周りの”魔素”を巻き込み、荒々しく暴力的な暴風へと変貌する。

 やがて炎と混じり合い、点をも焦がす紅蓮の竜巻が完成する。

 ゴーレムの姿は、すでに見えない。もろく崩れ去るのが少しばかり見えるだけ。


 だが。

 まだだと。

 誰かにそそのかされるように。

 リリィは魔力ある限り、風を送り込み続けた。


 脳裏に浮かぶのは、騎士団第一支部アリエスでの出来事だった。

 ドラゴンの直後に現れたゴーレム。この存在がなければ、セレナたちとばらばらになることはなかった。

 そして、あの転移に成功していれば、キラが余計な負担を背負うことはなかった。

 そもそも、帝国が進軍さえしてこなければ。

 母が命を落とすこともなかったのだ。


「”燃え盛れ、吹き荒れろ、焼き尽くせ”」


 どうしようもなく、怒りがこみ上げてくる。

 底なく、とめどなく、永遠に――代償を支払わせろと、心の奥底から憎しみが湧き上がる。

 相手は土人形。”授かりし者”本人はこの場には居ない。

 それはわかっていたが、まるで呪いのように、魔法を止めることができなかった。

 そして――、

「え……?」

 白馬が、ブルルッ、といなないた。


 すると、リリィの中から縛り付けるような怒りがどこかへ消え去り、同時に、炎の竜巻も吹き荒れる風もかき消えた。

 リリィは膨らませた頬をぷしゅっとしぼませ……ユニィを見下ろした。

 まるで何もなかったかのように魔法を解除されるのは、初めての体験だった。が、見覚えのある光景ではあった。


 キラとセレナが初めて顔を合わせた時。赤毛の親友は感情を高ぶらせ、魔力により暴風を呼び起こした。

 リリィが慌てて止めようとした時、ふと風がやんだのだ。

 何が起きたのかはよく分からなかったが……あの時、キラは”不死身の英雄”ランディを凝視していた。

 だが、この場にかの英雄は居ない。

 いるのは、その愛馬であるユニィのみ。

「あなたが喋るといったキラの言葉は、本当なのかもしれませんわね」

 リリィは、白馬のたてがみをなでながら、ボソリと呟いた。

 少しばかりの希望をいだいていたが、しかし、闘技場での幻聴は聞こえなかった。

 ただ。

 白馬のユニィが、まるで肯定するかのように、上下に首を動かすばかりだった。


   ○   ○   ○


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