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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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37.崩落


  ○   ○   ○


 暗くて、寒くて、何もない場所で。

 誰かと会っていた。

 何かを話していた気もするが、時が経つごとに、果たしてそんな事があったのかさえもわからなくなっていく。

 そうして。ずっと、もっと。恐ろしい場所へ落ちていく。


 嫌だった。抗いたかった。もがきたかった。

 しかし、そう思うたびに何かが囁く。

 苦しいのはもがくからだと。

 受け入れればいいのだと。

 それから……。

 そんなときだった。


〈まったく、手がかかる!〉

 ――弱気になってんじゃねえぞ!


 誰かの声と、よく知った声とが、重なって聞こえた。

 それをきっかけとして、背中がやたらと暖かくなる。その暖かさは、やがて全身に広がり染み込んだ。

 そうして――。




 はっ、として息を吸う。

「キラ――キラっ? 大丈夫ですか、戻りましたか?」

「リリィ……?」


 彼女の声で、一気に何もかもを取り戻した。

 砂地をこする感触で足に力が入り、やけどした肌を風が撫でる。誰かが懸命に戦っている音が耳に届き、ゆっくりと顔を上げる。

 明瞭な視界には、剣を片手に”預かり傭兵”を蹴飛ばすエヴァルトと、そして美しい顔をほっとして歪ませるリリィが映った。


「少年、調子はどや? 自分で歩けるんなら歩いて――意外に重いねん!」

「ごめん……もう大丈夫、だと思うから」

 キラは寄りかかっていた二人から身体を離した。あいも変わらず鉛を着たかのような気だるさがあるが、不思議と力が入って動ける。

 なおも心配そうにするリリィに微笑んでみせ……エリックを背負って前を歩くニコラが、剣を差し出してきた。


「キラ殿、君の剣だ」

「ニコラさん……。来てたんですか」

「ああ。どうにも、じっとしておけなくてね。バカ息子も、君のおかげでぐっすりだ」

 冗談めかした言い方に、キラはつい笑ってしまった。


「――オい、ズイブンと楽しそうじゃナイカ」

「シス! わたくしも加勢いたしますわ」

「……エエ。助カリます」


 すぐそばで靴底を滑らして着地したシスに、キラはぎょっとした。

 まさしく、”白いなにか”としか表現できない姿をしていた。

 真っ白なマントを羽織っていることもそうだが、なにより、白フードの中身がなかった。真っ黒な影に塗りつぶされて、不自然なほどその表情を伺えないのだ。


「何ミテいる?」

 その乱暴な口ぶりや、猫背のような前傾姿勢、ふらりふらりと左右に揺れている姿。

 どれをとっても、あの優しげなシスの印象とはかけ離れていた。

「ノアもそうだけど……騎士団には変な人がいっぱいだ」

「ふン……。本人を目ノ前二よく言う。無駄口叩かナイで逃げられるように準備ヲしておけ――アレは、もうオレの手ニハ負えない」


 その言葉の意味を、キラだけが最後までわかっていなかった。リリィもエヴァルトも、そしてニコラでさえ……。立ち止まり固まっている。

 キラも剣をギュッと握り、背後を振り向いた。


 ブラックが、ゆっくりと近づいていた。

 その周囲は黒く染め上げられ、なにやら歪んで見える。地面も空間も剣も、そしてブラック自身も……”漆黒”に飲み込まれそうだった。

 真っ黒な中に浮かぶ白髪と血の眼は不気味で、それでいて神秘的でさえいた。


「近づいただけで何かが起こりそうな雰囲気ですわね……」

「あれ、どう考えても普通やないやろ」

「かなり強力ナ”神力”だ」

「――馬が飛んでる」

 場違いにもぽかんとつぶやくニコラを、皆が一斉に振り向いた。


「何アホ抜かしとんねん、こないなときに」

「全ク……助ケテやったらコノ世迷い言カ」

 エヴァルトとシスが口々に呆れたように言い……キラは空に視線を上げつつ、ニコラを擁護した。

「――けど、ユニィならやりかねないね」

 そして、リリィもそれに続いた。

「ええ。なんといっても、ドラゴンの額を踏み抜いてしまいますからね」


 澄み渡る青い空を背にして、真っ白な毛並みを持つ馬がいた。

 力強く空を駆け、急降下するや、

 ――こンのクソガキィ! 俺様を無視してんじゃねえよ!

 怒髪天を衝く勢いを、闘技場でぶちまけた。


 ブラックめがけて放たれた一踏みが、すんでのところでかわされて、地面をぶちぬく。

 ことはそれだけにとどまらず。

 文字通り、闘技場を壊してしまった。

 地面が、客席が、闘技場全体が。揺れて、ひび割れ、瓦解していく。


「地下カ……ッ!」


 地獄のような光景だった。

 踏み抜かれた箇所を中心として、すり鉢状に地面が崩落していくのだ。

 割れた客席も、崩れていく地面に引きずられるようにして、大きく傾く。

 幾人かが悲鳴を上げながら奈落の底へ落ちていき……それを見るや、誰も彼もが我先にと、人を蹴飛ばしてでも安全を求める。


「醜い――なんて人のこと言うとる場合やないなあ!」

 足場が徐々に落ちていく中、エヴァルトが駆け出した。

 同時にシスも飛び出す――二人とも、ブラックの動きに反応したのだ。


 白髪の男は、何もかもを歪める闇を纏い、崩落していく地面を跳んで渡ってくる。

 エヴァルトが右手に雷を宿しつつ突進し、その背後からシスが飛び出しブラックの後方へ。二人して、息のあった挟撃を仕掛ける。

 が。

 ”闇の波動”ともいうべき漆黒のゆらめきで、あっという間に弾き飛ばされる。


「――ニコラ殿! キラを頼みました!」

 一瞬の判断で、リリィが先に駆け出す。

 ”紅の炎”と”闇”が交差する、その寸前で――。

「え……ッ!」


 ――小童が粋がってんじゃねえ!


 ユニィが、ブラックへ先制した。

 身体を回転させ、鋭い後ろ足の蹴りを繰り出す。

 ブラックはわかっていたかのように”闇”を展開し、黒剣を引き寄せ身を守る。


 しかし、

「ぬ、ゥ……!」

 何ら役に立たなかった。”闇”は蹄に蹴破られ――客席まで見事に吹き飛ばされる。

 ユニィは、呆然とするリリィを強引に背中に載せ、とんと跳ぶ。それだけで、あっという間に闘技場の外へと姿を消してしまった。


「俺は夢でも見ているんだろうか……」

「ニコラさん、僕たちも早く逃げますよ」

 崩落に巻き込まれつつある足場に危機感を覚え、キラはニコラを追い立てた。

 そこへ……。

「このオレが後手ニ回ろうトハ……しかも、アンナこけおどし」

「シス! ……なんだよね?」

「アア。二人トモ、とっとと行クぞ。――そのガキを落トスなよ」


 そういうなり、シスはキラとニコラの手首を握った。

 特に力を入れているわけではない。というのに、いとも簡単に身体が引っ張られ――シスは、凄まじい跳躍力で客席を飛び越した。

「お……お……!」

「一体、何を……!」


 ふわりと浮かぶ身体に、一気に遠のく地面。少し前にいた足場は崩落し、客席も飲み込まれ――崩落の全貌が明らかになった。

 そこにあったはずの闘技場が、ぽっかりと黒く塗りつぶされている。客席の一部もすでになくなり……そんな壮絶な現場から、沢山の人々が散り散りに逃げていく。


「ユニィ、めちゃくちゃやったなあ……!」

「オレとしてハ、気分がイイ。奴ラの倫理観ハ狂ってる……人の痛ミがわかってナイ」

 物腰柔らかなシスと”白マント”とは似ても似つかなかったが、それでもその言葉が彼の本心であることがわかった。


「キラ殿、よくそんな冷静に……うぅ……」

 反対側にシスに抱えられているニコラは、もはや限界のようだった。

 いつもの真面目さや屹然とした態度はどこへやら。エリックをしっかと抱きしめつつも、顔を真っ青にし、涙が出そうなほど声が震えていた。

「え? ああ……ユニィで慣れたので。……ちょっと、気持ち悪いけど」

「アノ馬……本当ニ馬か?」

「……それは僕も聞きたい。ドラゴン踏みつける馬なんて、いるの?」

「逆に問ウ。イルと言ッたら信じるカ?」

「……いや」


 それまで乱暴だった口調のシスが、くすりと笑った。

 キラにとってはなんだか意外で、じっとシスを見た。下から覗いても、目深にかぶったフードの中は真っ黒で、肌の色一つ見つからない。


「シスって……何?」

「何ダ、その質問ハ」

「初めて会ったとき、目の色が変わってた。それに……魔法。良くはわからないけど、今使ってるのって、普通じゃないよね?」

「ふン……。ソレはお互い様ダ」

「え……?」

「――”不可視の魔法”と言ウ。魔力デ魔素に干渉スル魔法……魔力そのままの魔法ダ」

「……?」

「ワカラナイなら聞クな」

「ごめん。魔法、使えないから……」

「だろうナ。サア、このアタリで降リルぞ」


 シスが言うと、浮いていた感覚がさっぱりと消えた。

 今度は、ものすごい勢いで地面に引っ張られていく。ニコラはもちろん、キラもその恐怖に言葉を失い……気が狂いかけたところで、その勢いが収まった。

 ふわりと、何事もなかったかのように着地する。


「今日は……一体なんて日なんだ……。あのリリィ・エルトリアがいて、馬が飛んできたと思ったら闘技場を壊して、空をとんで……」

「別に驚クほどジャない」

 ぐったりとして腰を下ろすニコラ。

 キラも同じく、片膝をついてバクバクと鳴る心臓を落ち着かせた。

「驚くほどって……そりゃ、シスは良いけど……」


 よろよろと立ち上がって、あたりを見回した。

 シスが着地したその場所は、闘技場からまっすぐに伸びた大通りだった。

 ”正面通り”と同じくらいに幅広で、だからか、闘技場からわっと押し寄せた人々で一杯になっている。

 そこらじゅうで泣いたり喚いたり、不安や文句を口々に吐き出している。どうやら自分たちのことで精一杯のようで、異様な雰囲気を醸し出すシスには目向きもしていなかった。


「慣レテいると言ったロウ?」

「浮遊感が……うぅ、胸が気持ち悪く……。ユニィが暴れるのは地上だけだし」

「メチャクチャな馬ダな」

 そこへ、不機嫌そうな幻聴が頭の中へ振りかかった。

 ――ケッ、よく言うぜ、ヴァンパイアが

「良かった……! 無事でしたのね、キラ」


 美しい毛並みの馬と、それにまたがるリリィの登場は、またたく間に周囲の人々の視線をひきつけた。

 誰も、罵倒などしない。

 ただ、ただ。

 畏れをいだき、静かになるだけだった。


「危ないとこだったけど、シスに助けられたんだよ。それより……エヴァルトは?」

「え……? てっきり、キラと一緒にいるかと思ったのですが」

 キラは、はっとして闘技場を振り向いた。

 ガラリがらりと不気味な音を立てつつ土煙を上げる様に、嫌な予感が胸をざわつかせた。リリィも同じ考えがよぎったのが、その表情でわかった。


「意外トしぶといヤツだ……ドウにでもシテイルだろう」

「シス……。あなた、なにか知っているのですか?」

「サア……。タダの勘です。――それより、早ク脱出しまショウ。騒ぎニなれば厄介デス」

 ――けっ。ヴァンパイアなんぞの言うことなんか、耳貸す必要ねえんだがな

 それを聞いてもなお、キラは闘技場の方へ無意識に歩きだし――押しとどめられるように、ぐっとシスに担がれた。


「ちょ……!」

「このガキはオレが。リリィ様はその妙ナ馬で、ソコの親子を頼みマス」

 するとシスは、返事もろくに聞かずに駆け出した。

 闘技場から避難した人々の合間を縫っていく。

 左右に、ときに上下に。僅かな緩急とともに体が揺れ、キラは文句も言うことも出来ずに目を回していた。


 だからか。

「シス……」

「何ダ――ンっ、この感ジ……!」

 なにか胸から迫るものがあり。

「ごめん……吐く」

「少シ弱いが”神力”か――アァッ?」


 キラはとうとう耐えきれずにぶちまけ。

 ぼふん! とシスの白マントが煙とともに弾け飛び。

 その勢いで二人して派手にころんだ先に、

「ヨォ。なンだか楽しそうな事してんじゃねェか、なあ、キラ」

 腕を組んだガイアがいた。


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