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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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36.”声”

  ○   ○   ○


 ”紅の炎”を限界にまで込めた剣が通じず。さらには、剣の腕までも劣っている。

 腕が重くなるほど消耗しているからというのは、言い訳にはならない。

 それもこれも怒りを抑えられない未熟さが原因であり……だからといって、目の前の白髪の男が待ってくれるわけもないのだ。


「チ――厄介だな、その”炎”は」

「そう思うならば、手を引いてくださるかしら」

「出来ない相談だな」


 拮抗ののち、互いに切り結ぶ。

 リリィの”紅の剣”は届かず、ブラックの黒剣が太ももを裂く。

「クゥっ!」

 よりによって。いや。狙われてしかるべきだった。

 胸当てばかり気にして、脚の甲冑も揃えなかったのが仇となった。


 鋭い痛みにうめき、思わずしゃがみ込む。

 それが隙とならないわけがなく。


「――ッ!」


 しかし。

 苦悶の表情を浮かべたのは、ブラックの方だった。

 キラが、その死角から襲いかかったのだ。


「え……ッ!」

 リリィが驚いたのは、彼が動けるからではなかった。

 その瞳が、血の如き赤色に染まっていた。


 さらに。

「なんだ、その動きは……ッ!」

 キラは、それまでの彼からは想像もできな動きで、いとも簡単にブラックを追い詰めていた。

 剣を振るえば黒剣を払い。敵が消えても素早く追従し。さながら未来を見越しているかのように、常に一手先を行く。

 剣を引いては、拳を繰り出し。さらには鋭い蹴りも飛び出す。

 五体を自在に繰り出す、剣士らしくない戦い方――。


「お母様……?」

 洗練された太刀筋に重なっていた姿が、いまや、一挙手一投足がかつての母にかぶる。

 そして――力が底をついた身体で、膝をつく姿も。


 リリィは、ぱっと飛び出した。

「させるものですか!」

 動けなかった過去とは違うのだと、自分に言い聞かせる。

 ありったけの魔力を左手に集約し、今にキラに迫るブラックに向けて、解き放つ。

 ゴウっ、と燃え盛る”紅の炎”は、黒い靄のようなものに阻まれる。

 しかし、そんなことはわかっていた。


 思い浮かべる、母の姿。

 その背中を追わずに居られない、最強の剣士。

 かつて見たその姿を、もう一度見ることが出来たのだ。

 未来を見据えた動きを。一手先に足を踏み込む動きを。そして、敵を誘導するその戦い方を。

 睨むは、炎という輝きにより伸びたキラの黒い影。

 現れるはずの瞬間に合わせて、剣を構え、ぐっと姿勢を低めて力を込め。


「――危ないところだった」


 ゾクリと、背筋が凍る。

 ブラックが、己の影に現れた。

 振り向かなければと、わかってはいた。

 だが、踏み出した足はそう簡単には止まらない。


「リリィ様!」


 そこへ割り込んだのは、黒マントを真っ白に染めたシスだった。

 黒剣が繰り出される寸前で割り込み、ブラックを触れることなく吹き飛ばす。

「間に合ッタようでナニより」

「シス……助かりました」

「アレは止メテおきます。ガキつれて早クお逃げクダサイ」

「相変わらず、ちぐはぐな性格ですわね」

「ソれがオレなので――サア、はやク」


 リリィはうなずき、地面にうずくまってしまったキラに駆け寄った。

 幸か不幸か、彼は意識を失っていたわけではなかった。

 ただ、様子がおかしい。苦しそうに喘いでいるものの、そのうめき声はさながら獣のようだった。


「キラ、大丈夫ですか?」

 やっとの思いで助け起こし――一瞬、誰だかわからなかった。

 いつものような不器用ながらも優しげな顔つきは、いまは影もない。

 こめかみの血管が怒張して蠢き、見開かれた赤い瞳は絶えず揺れ動いている。喉から漏れ出る唸り声は、まるで獣のよう。


 リリィは言葉を飲み込み、ぐっと唇を噛んだ。

 キラが無理をするのは、なにも今に始まったことではない。

 それこそ、初めて出会ったときから……。ずっと、痛みや辛さや苦しみを、抱え込んでいるのだ。

 やはり、あの村から連れ出すべきではなかったのではないか。

 その抱え込んだものを和らげられない人間が、手を差し伸べるべきではなかったのではないか。

 そう、思わずには居られなかった……。


 ――弱気になってんじゃねえぞ!


 何も出来ない悔しさでいっぱいになった頭を、ガツンとした声が貫いた。

 はっとして、リリィは顔を上げた。戦塵のなかで、ブラックと対峙するシスや、もはや味方であることを隠しもせず”預かり傭兵”を斬り倒していくエヴァルトがいる。

 だが、キラも含めて、誰も彼もが声を掛ける余裕などないはず。


「あなたは、一体……」

 呟いた言葉は、砂埃と喧騒に消えたが、ちゃんと”声”の主には届いたようだった。

 ――ンンっ? 誰だてめえ!

 随分と勝手な物言いに困惑していると、”声”はなにやら自己解決していった。

 ――ああ……。……ああ? どうなってんだ?

「そんなの、わたくしが聞きたいですわよ……。あなたは誰で、何をしたのですか?」


 薄気味悪くなってキラにギュッと抱きつき――そこで、はっとした。

 地を這うような唸り声が、少しばかり収まった。息苦しそうだった呼吸も、徐々に正常に戻っていく。


 ――まあ、いい。意識しろ、小娘。お前の”声”を届けるんだ

「一体、何の話……」

 ――今は理解しなくても良い。とにかく、”声”を届け続けるんだ


 それを最後に、幻聴は消えた。

 兆候も何もなかったが、リリィはそう感じた。

 なにもかもが不可思議で不気味だったが、幻聴の言葉を信じる他なかった。結局の所、できることといえば限られているのだ。


「キラ、キラ。聞こえていますか? 返事をしてくださいな」

 目が覚めるように。彼の苦しみが去るように。

 背中をなでながら、何度も、何度も、声をかける。

 夢中になって言葉をかけ続け――だからこそ、周りの状況の変化に気付くのが遅れた。


 ブラックが、あまりにも強すぎるのだ。シス一人だけでは抑えきれず、エヴァルトも加勢していたが、それでも押されている。

 シスの格闘術もエヴァルトの剣も、全て黒剣でいなされ、弾かれている。

 唯一”不可視の魔法”だけは有効打となっていたが、”神力”で対処され始めていた。

 二人がそうやって一人に集中していると、手持ち無沙汰となった”預かり傭兵”たちが自然と標的を変え……。


「くっ……!」

 リリィは剣を構えたが、何もかもが後手に回っていた。

 眼前に迫るのは”預かり傭兵”ただ一人。だがそれを対処しても、次には数人を相手にせねばならない。

 だからといって、まだ正気に戻らないキラを放ってはおけない……。

 唇を噛み締め、鈍い動きで”預かり傭兵”を相手取ろうとしたとき――誰かが、視界の外から操り人形へ突進した。


「え……! ニコラ殿?」

「息子の身が心配で。こっそりとついてきてしまった――のです」

 エリックを背負ったニコラは、厳格な顔つきを焦りで歪めていた。

 リリィは、背中でぐったりとする少年にはっとした。焦げた革鎧に、生々しいやけどの残る腕……。


「そんな顔をされても、こちらが困る――困ります」

「しかし……」

「国のため王都のため、そしてキラ殿のため……多くのことを抱えつつ、それでも馬鹿な息子を思って行動してくれたのです。その心を推し量れば――責められようはずもありません」

 ふいに。肩の荷が下りた気がした。


「――オイ」

 すると、白マント姿のシスがすぐ近くに着地した。

 ふわりとしたマントの内側から、より一層真っ白になった腕を突き出す。

 血の気のない腕の血管が膨らみ――近くにまで迫っていた”預かり傭兵”たちを、まとめて吹き飛ばしてしまう。


 ”不可視の魔法”だった。魔力をそのまま魔法化した”見えない力”を使ったのだ。

 常に重複する魔力コントロールの要求される高度な魔法を、シスはわけもなく、自在に操れる。


 さすが、とリリィは褒めようとしたが、

「お嬢サマを泣カスとは。何事ダ」

 むんとして口をつむぐ。

「い、いや、これは、俺のせいではなく……!」

 オロオロと弁明するニコラにかわり、リリィはツンとした口調で言ってやった。


「あなたには関係がありませんわよ」

「オや……?」

「そんなことより退路の確保を。キラの様子がおかしいのです――あまり悠長にしてられません」

「ムン。気ニハなりますガ……いいデショウ。――訛りバンダナ、交代ダ!」


 再びブラックに襲いかかるシスと、入れ替わりでエヴァルトが隣に立つ。

 ものの数十秒だったが、彼にもブラックの相手は厳しかったらしい。革鎧は切り傷でまみれ、右腕からはたらりと血がたれている。

「訛りバンダナて……字数多くなっとるやんけ。つか、誰や、あいつ」

「シスですわよ。わたくしの仲間ですわ」

「豹変し過ぎや。――で、少年、どないかしたんか」

「わかりませんわ。ただ――ともかく、ともに運んでくださるかしら。このままでは……!」

「そら来た! まかしとき。――ニコラ、先導頼むで」


   ○   ○   ○


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