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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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32.開演

 ダブルベットの上で、キラはリリィと背中合わせになって、準備を進めていた。

「本当に大丈夫ですか? やっぱり、わたくしも一緒に行ったほうが……」 

「心配ないって。せっかく無理を通してもらったんだから、リリィは胸当てを取りに行かないと」

「では、せめて”境界門”まで」

「昨日行ったし、エヴァルトが待ってるはずだから。平気だって」


 いつになくしつこく食い下がるリリィに苦笑しつつ、キラは靴を履いた。紐をギュッと縛って、窮屈でないことを確認してから、立ち上がる。

 続けて、服をあらためる。ミレーヌから貰った藍染の服はピッタリで、厚い生地で出来たズボンも程よく余裕があり動きやすい。

 そして、剣帯を腰に巻いて、鞘を通す。左腰にかかる重みに妙な心地よさを感じつつ、最後にマントを羽織った。


「僕はこれから試験に向かう。で、リリィは胸当てを取りに行って、合流する。だよね?」

「ええ、そうですわ」

 リリィも準備が整ったようで、すっぽりとフードをかぶり”恥ずかしがり屋”な妻に扮していた。

 彼女は何かに気づいたのか、そそくさと近寄って正面に立ち、じっと青い瞳を向けるなり手を伸ばしてくる。

 まるで家族がするように。服の皺やヨレを伸ばしていく。


「本当はここで荷物を全部揃えるつもりでしたが……結局、女将さんから最低限の水と食料をもらうことしか出来ませんでしたわね」

「あはは……。防具店の人達、夜遅くまでリリィを離さなかったしね」

「キラもキラで、何やら捕まってましたわよね?」

「うん……。さんざん防具を着ることを勧められててね。お金の余裕もないしってことでなんとか納得してもらったんだけど……」


「そういえば、鎧はお好きではなくて?」

「うん、まあ……。あればいいとは思うんだけど」

「確かに、キラのあの動きを考えれば、並大抵の鎧では役不足ですわね。剣のこともなにか言われてましたよね?」

「ランディさんから貰ったものだから、誤魔化したんだけどね。一応、〝ペンドラゴンの剣〟って銘があるんだって。アーサーって鍛冶師に打ってもらったって――」

「ペンドラゴン……? ペンドラゴン……!」


 リリィの目がわずかに見開き、少しの間息を止めてしまった。

 いきなりのことにキラは焦り、ゆさゆさと肩を揺さぶる。

「ちょ、どうしたのっ?」

「どうしたもこうしたも――国宝級の剣ですわよ。"十三本の神剣"……! こんなに普通の見た目をしていたとは、思いもしませんでしたわ」

「……何も言わなくてよかった」

「職人や剣士はおろか、普通に生活していても耳にするくらいに有名な逸品ですからね。なくさないように――それと、言いふらさないように」


 キラはコクコクと頷き、リリィとともに部屋を出た。

 朝方ではあるが、廊下は薄暗かった。等間隔に壁掛けの燭台が火をともしているものの、暗闇にわずかに負けている。

 リリィが周りを確認し、廊下に他に誰もいないのを確認してから、”紅の炎”を出した。


「そういえば、リリィの炎はなんで色が違うの? セレナのは普通にオレンジ色だったけど」

「わたくしも分かりませんわ。だから、こうした隠密な行動を取るには少しばかり手間ですのよ。迂闊に使えませんもの」

「でも、別の魔法があるんでしょ? 光とか」

「使えはしますが……炎以外の魔法は、基本的に並以下の力しか出せないのです。まあ、そのおかげでコントロールを考えることなく、キラを治癒し続けられたのですが」

「へえ。そういうこともあるんだ」

「わたくし以外にはそういう話は聞きませんけどね。――それにしても、遅いですわね」


 リリィは人差し指で”紅の炎”を操り、扉に打たれた部屋番号を照らした。それから続けて軽くノックをする。

「お出かけしたのでしょうか? こんな時間に?」

「昨日は、エリックを連れて戻るまで宿に居るって言ってたのにね」

「仕方がありませんわね。行きましょうか」




 宿の前でリリィと別れ、昨日と同じく、”境界壁”沿いに門を目指す。

 午前七時という時間もあってか、門の前にはまばらにしか人はいない。そういうこともあり、エヴァルトと簡単に合流することが出来たのだが……。


「なんでここにおんねん、優男」

「おや。自己紹介がまだでしたか? 私はシスと申します」

「名前聞いたし、そういうことちゃうねん」

 門近くの家屋の影に隠れるようにして、赤バンダナの男は黒フードの男と言い争いをしていた。

「僕はその少年と……というより、お連れの人と知り合いでしてね。なにやらごちゃごちゃしているので、なにかお手伝いができればと」

「ややこしゅうしたのはアンタや。すっこんでろ!」

「これは手厳しい。ただし、僕も退くことはできない身でして」


 イラッとして目を細めて牙をむくエヴァルトに、涼しい顔のままのシス。

 反発し合う二人にどうしたものか戸惑っていると、キチキチと金属音がしなる音がした。開門の時間だった。

 ニコラによれば、開門の時間は平均して三十分ほど。通行札の確認の時間も含まれるため、並ぶのが遅ければ遅いほど、”貴族街”に入れる可能性が低くなる。

 開門は一日に二度しかなく、だからこそキラは早く門をくぐりたかったのだが……。


「ああ、少年。ちゃんと傭兵の試験の手続きは済ませておきましたよ」

「なんやねん、それ。俺、聞いてへんぞ」

「おや? 剣選びに没頭されていましたので、聞き逃したのでは?」

「肝心なときに存在感出さんでどないすんねん! まあ、ええわ――あのお嬢さんはどうしたんや」

 エヴァルトとシスの言い合いが止まらなかった。


 キラはチラチラと門の方を見ながら、早口に答える。

「昨日、胸当てを防具店で仕立ててもらってたんだよ。それを取りに」

「そうか。なら、俺がここで待つわ。先にそこのいけ好かん優男と一緒に行っとれ。確か、七時半までが限界やろ。で、八時から”開演”……らしいで」

「勝手に決めるとは、自由な人ですね」

 口を挟んだシスを、キラはまじまじと見つめた。

「アンタに言われたないなあ……!」

「僕がここで待ちましょう。そうしなければ、各所から僕が怒られてしまうので」

「怒られとけ。そんでちったぁヘコめ! どういう関係かは知らんが、アンタが色々手続き済ました以上、最後まで少年に付き合うんが筋っちゅうもんやろ」

「ふむ……仕方がありません。さあ、行きましょう」

 シスはびっくりするほど素早く切り替え、さっさと門の方へ行ってしまう。


「ニコラさんは”貴族街”には行かないから、待つ必要はないよ」

「そらええわ。あのクソガキの様子やと、親父の顔見るだけでテコでも動かんようになる」

「じゃあ、リリィの案内、任せたよ」


 エヴァルトにそう言い残し、先行くシスについていく。

 彼はすでに門番と話をつけていた。黄色いマントを右肩にかけた兵士は、どこかぼんやりとした表情でこくりとうなずく。

「行ってよし」

 張りのない声ではあったが、しっかりと指で門の向こう側を指し示す。

 シスはにこりとして礼をいい、キラもその後を追う。早足に門をくぐり抜け、ちらりと振り向きつつつぶやく。


「あれ……通行札、見せなくてよかったのかな」

「優しいお方も居るということでしょう」

「もしかして、なにかしました?」

「僕のような人間に敬語は必要ありませんよ。何しろ、あなたは彼女の『夫』なんですから」

「あらためて言われると……恥ずかしい」


 うまくはぐらかされた気もしたが、キラはそれ以上追求はしなかった。

 それよりも、門をくぐった先に広がる”貴族街”の景色に目を奪われていた。

 ”労働街”と同じリモンに居るとは思えないほど、別世界だった。

 左右にレンガ造りの家々が並び、さながら壁のように立ちふさがっている。道は建物の極々まで石畳で覆われ、馬車道と歩道とで微妙に石の種類が変わり、それが品の良い景観をなしている。


「このあたりは、最下層の貴族が住む南の”裏手”です。目的地となる闘技場へは、”正門通り”が直結していますから、そちらへ回った方が早いです。”正門通り”は”貴族街”北門とつながっていますから……まあ、ともかく、少し走りましょう」

 翻る黒マントを追いつつ、キラは問いかけた。

「エヴァルトが”開演”って言ってた。あれは、どういう意味?」

「……趣味の悪い催しが開かれる、ということです。しかし――”開演”とは。面白い言い方です」


 シスと並んで走るうちに、キラはだんだんと気味の悪い感覚に陥った。

 弧を描くように走っている間も、ぐるっと回りこんでようやく”正門通り”に出ても、街路樹の植えられた立派な大通りを走っても。人の気配がまるでない。

 街だというのに、街にいるような気がしなかったのだ。


「ここの街の人達は、随分と信仰深いみたいですね……」

 シスの小さなつぶやきが耳に届き、キラは首を傾げた。

 信仰深いのならば、”労働街”の教会の有様は何だったのだろうか。それとも、”労働街”と貴族街”では完全に分かれて宗教活動を行っているのだろうか。

 彼の漏らした言葉から様々な疑問が浮かび上がり……黒マントを追いかけているうちに、目的の円形闘技場が目の前に見えるようになった。


「エマール城と隣接しているあの低い建物……あれが、闘技場です」

「ハァ、ふぅ……随分走ったけど、時間は?」

「まだ十分ありますよ。ここからは歩いても大丈夫なくらいです」

 キラは急ぐ足を緩め、大きく息をついた。

 ドラゴンや”転移”の失敗による傷は、すでにふさがっている。リリィの地道な治癒のおかげで、走った程度では何事もない。それどころか、どれだけ暴れても大丈夫だろうという安心感すらある。

 何度も呼吸を繰り返す中で確信を得て、弓なりに唇がつり上がった。


「あのエリックという少年を連れ戻すのが、あなたの目的でしたね?」

「うん」

「でしたら、しっかりとした覚悟を持ってください。何かあったら助けに入りますが……大騒動へと発展するのは間違いないでしょうから」

「なんでそう言い切れるの?」

「実は――」




 円形闘技場。別名、コロッセウム。

 そこは、文字通り、戦いの場であった。

 だが、闘技場の主役は、円状の戦場で血を流す戦士たちではなかった。

 剣を交え、血が流れ、どちらか一方が倒れる。そんなありきたりながらも残酷なシナリオを望む観客がいるからこそ、闘技場として成り立つのだ。

 これほど得体が知れず、これほど狂気に満ちた空間はない。

 驚異乱舞の渦をまえにして、キラは入場口で立ち尽くしていた。


「よくぞ、集まってくれた! まずは礼を言おう!」


 呆然としていると、円状の闘技場の中心で、男が高らかと語りだす。

 それまで狂ったように歓声を挙げていた”貴族街”の人々は、しんと静かになった。まるで神の言葉を伺うがごとく……誰一人として、一言たりとも、喋らない。

 不気味で神秘的な静けさの中で、男――シーザー・J・エマールはしばらくの間黙った。


 エマールは肥えていた。贅肉のない場所を探すのが難しいほどで、球状の体をステッキで支えている。

 きらびやかな装飾や水晶が埋め込まれたステッキと同じく、エマールは装飾品で飾っていた。指輪に腕輪に、チョーカーにネックレス、そして王冠。肩にかかった黄色のマントを始めとして、服もまた白を貴重とした派手なもので揃えていた。


「この二週間」


 ようやく口を開いたかと思えば、先程とは打って変わり、静かに語り始めた。

「悶々と日々を過ごしていた者も居るだろう。待ちに待った瞬間だ……私も、今か今かと待ち望んでいた」

 一言一句聞き逃さないように耳を傾ける観客と、芝居がかった口調で太った体を縮こまらせて言うエマール。

 どちらとも見ていられなくて、視線を外し……キラはぎょっとした。


「シス……! 観客席の方に行ったんじゃないの?」

「そうしようかとも思いましたがね。少しばかりのアドバイスをしに来たのですよ」

 エマールが、静かに語る口調を徐々に強めていた。観客である貴族たちも、それに合わせて拍手をする。


「あのエリックという少年。我が強いですから、説得は不可能と考えていいでしょう」

「じゃあ、やっぱり気絶させるしかないか」

「おや。その言葉がそれほど簡単に出てくるとは思いませんでした。もしかして、腕に自信があります?」

「自信というより……。約束したし、やらなきゃいけないから。四の五の言ってられない」

「ふむ、少し印象がずれましたね……だいたい当たるのですが。随分豪胆ですね?」

「そうかな?」


 続けてシスが何かを言おうとしたが、ドンッ、という音でその言葉はかき消された。

 エマールが肉でたわむ顎を震わせ、空へ光を放ったのだ。空中でパッと弾けたそれは、さながら大輪の花のようで……キラはむっとしてエマールの丸い横顔を睨んだ。

「あの丸いのは……何が楽しいんだろう?」

「丸いの――ふっふ」

「笑うとこ?」

「失礼」


 シスは未だに黒フードの奥で笑いを噛み殺しつつ……ちらりとその黒目を動かした。

 キラもつられて視線をそらす。彼が気にしていたのは、入場口とは反対側の、暗い廊下の奥だった。

 誰かが、歩いてきていた。

 一人ではない。正確に歩みをすすめる足音と、酔っ払いのような不規則な足音が轟く。


「あれは……」

 シスは夜目がきくらしい。不審そうにつぶやくと、影に隠れるように、壁際に寄った。

 そしてその直後、一人の男が暗闇から姿を表した。


「どけ、平民」


 癖のある髪の毛、装飾品だらけの派手な身なり、尊大な態度。手には派手な三叉のやりを持ち、偉そうに石づきで地面を突きつつ歩く。

 体格や筋肉の付き方こそ全くの逆ではあるが……その男がエマールの息子であると、キラは直感した。

 男の言葉に眉がひくついたが、何かに押されたかのように、キラもシスと同じく壁にもたれかかった。


「オラッ、さっさとついてこい。のろまが」


 乱暴な声に反応して、ゆっくりと姿を表すその人物に、キラは口をつぐんだ。

 まるで生ける屍であり――”隠された村”近くで戦った傭兵たちと酷似していた。

 うつろな目にコケた頬。肌は枯れきった土色で、生気がまるで感じられない。歩くのも難しそうな足取りだと言うのに、男に従って歩いていた。


「チッ……反応がにぶすぎる。ベルゼめ。不良品が多いというのは本当のようだな――ほら、さっさと歩け!」

 男は苛立ちを隠さず、つかつかと入場口から闘技場へと出ていく。青いマントがはためくその後姿に、屍のような男もついていく。

 拍手と歓声で迎えられる二人を、キラは眉をひそめて見つめていた。


「領主エマールの息子……弟の方のマーカスですね」

「やっぱり……。……そういえば、リリィの婚約者候補だっけ?」

「ふっふ。さすが、『夫』なだけはありますね……。気に入りませんか?」

「別に、って言いたいけど……気に入らないのは事実だよ」

「まあ、たしかに。不自然だらけな候補者ですからねえ」

「ふん……。それより、もうひとりの人、知ってる? あのふらふらした……」

「……リリィ様と繋がりがあるあなたには、隠してもあまり意味がないでしょうが。ただ、『知ってはいる』とだけ言っておきましょう」

「変な言い方するね」

「立場が立場ですから。それに――ほら。すぐにわかると思いますよ。あまり愉快ではありませんが」


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