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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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30.トラブル

 キラは街角に消えていく白髪の男の後姿から目を離せず……人混みに消えたのを見て、ため息をついた。

 ほっとしつつリリィへ目をやると、彼女は彼女で、じっと黒フードの優男をにらんでいた。男のほうは、見てわかるほどにたじろいでいる。


「あはは……それにしても、災難でしたね。お二人は……」

「夫婦、ですわ。今は行商人をしながら王都を目指していますの」

「そ、そうでしたか……。となると、彼らとは違うようですね」

「彼ら?」

「ミテリア・カンパニーの方々ですよ。なんでも、この”労働街”市長が取引をした商会で、様々な物資を融通してくれるらしいですよ」

「なぜそれをわたくしに?」

「あまり知られていないことですからね。この二年間、少なくともこの街はなかなか住心地の良い所となっているみたいですし」


「ふん……。で、あなたは?」

「つい先日傭兵として雇われました、シスと申します。よろしければ、エマール領の外までお送りしましょうか?」

「結構。わたくしたち、この町で少し約束事がありますの。それに友人も待たせていますから、あまり好き勝手には動けませんのよ」

「ほう、お約束ですか。それに、ご友人?」

「傭兵になるといって飛び出した知り合いのご子息をおって、この街のどこかに居るはずですのよ」

「あー……なるほど? あれは、そういう……」


 にこやかだった口元が、きゅっと引き締まる。たったそれだけだったが、キラは彼が何やら焦っているのだと感じ取った。

 そのようすにはリリィも気がついたようで、

「なにか訳知りのようですわね」

 鋭く切り込む。

 これに対し、シスはわかりやすくピクリと肩を震わせた。

 助けを求めるかのように視線を向けてkチアが、キラはリリィのピリピリとした空気に巻き込まれたくなくて、そっと目をそらす。


「じつは、ですね……」

 シスが観念したように重い口を開く。

「つい昨日の話ですが、赤いバンダナの御仁と会ったのです。訛りの強いお方で、必死に少年を説得されていました」

「……それで?」

「少年も、それはそれは強情で。説得しきれず……つい口出しを。いっそのこと、傭兵になってみては、と」

 キラは開いた口が塞がらなかった。

 リリィも、言葉を失っている。


「そ、そのですね? 傭兵になるには試験がありまして、その試験というのが一対一の決闘なのです。少年のあの様子ではなかなか素直に言うことを聞かないでしょうし、どのみちあの様子では受かることはない、と……そう思いました」

「で?」

「今はどこかの宿で待機中のはずです。試験を受ける人達もめっきり減ったようですから。相手が現れるまで、試験は延期だそうで」


「……そもそも、試験とはどういうことですか。あなたやエヴァルトも受けたのですか?」

「……いえ。なんでも、傭兵経験のない素人の実力を測るもののようでして。はっきりと断定することは出来ませんが」

「止めることは?」

「あの少年、相当頑固ですから。あー……よろしければ、赤バンダナの彼になにか伝言をお伝えしましょうか?」

「ぜひとも、そうしてくださるかしら。明日の朝の開門時間に合わせていらしてください、と。しかし、それにしても……どうしましょうか」


 リリィに問いかけられて、キラは即決した。

「僕もその試験を受けるよ。ニコラさんじゃ難しいだろうし、エヴァルトも傭兵になってるならもう頼れないし」

「……致し方ありませんわ。傭兵の登録の手続きとやらは、どのように?」

「こちらで諸々済ませておきましょう。せめてものお詫びに」


 シスは少しばかりビクビクとしながらも、そう言い切ってみせた。

 リリィがうなずいたのを見て、こっそりと息をつき……今度は楽しそうに唇を釣り上げて黒フードを指で持ち上げた。

 そこでキラは、初めてシスの素顔を目にした。

 端正な顔つきだが、病的な肌の白さでやつれて見える。しかしそんな見た目に反して、黒い目は爛々と輝き――直後、キュルリと渦を巻くようにその色が変わった。


 深い海のような青色を宿し……、

「ん……!」

 キラは焦りと驚きに呻いた。

 身体の自由が効かないのだ。なにか縄のようなもので縛られたかのように、脚も腕も頭もピクリとも動かない。


「ふむ。不思議なお方です。”影縛り”という魔法ですが……あなたは、どうやら魔法に疎いようですね。気をつけたほうが良いでしょう」

「シス、何をしているのですかっ」

「単なる忠告ですよ。こういうこともあるのだと――あなたの『夫』は、実力者ながらも随分と実直なようですから」

「ご親切に。ありがたいことですわね」

「そ、そう邪険されなくとも……。これ、旅費の足しにでもしてください。それでは、また明日の朝」


 目も口もニコリと細めてシスが微笑むと、身体の硬直が解けた。

 なんとか自由を取り戻そうともがいていたキラは、急に力が入ったことで、前のめりに膝をついた。

「キラ、大丈夫ですか」

「ちょ、ちょっと躓いただけだよ」

 リリィの手を借りつつ立ち上がったときには、すでにシスは姿を消していた。


「ねえ。あの人は……?」

「もう察しているとは思いますが、騎士団の一員です」

「なんというか……色々と変わってるね?」

「ええ。随一のトラブルメーカーですから。会うたびになにか問題を抱えていて……今日ほど最悪なタイミングはありませんわね」

「まあまあ……。お金ももらったし、色々と分かったんだしさ。一度、宿に戻ってニコラさんに話してみようよ」

「キラには負担をかけますが、そういたしましょう。はあ、まったく……」


 本音を隠さないため息にキラは苦笑しつつ、少しばかり安堵した。

 エマール領に足をふみこみ、その中心地であるリモンを訪れ、崩れかけの教会を目にして……。何をどう思うにせよ、あらゆることに敏感になり、すり減っていた。

 しかし、今は。

 どっと疲れたように下がった肩は、同時に、張り詰めていた緊張を解いている。シスが招いた突拍子もないトラブルのおかげらしかった。


「もう。なに笑ってますのよ」

「いやいや。楽しそうで良かったな、って」

「楽しくありませんわよ。こんな非常事態に問題を持ち込まれて」

 リリィはぷりぷりと怒りながらも、キラが腕を差し出すとぴたっと絡みついた。

 その勢いや腕を抱きしめる力は、彼女にどれだけ余裕ができたかを現していた。




 宿屋へ戻りニコラの部屋を訪れるも、すでに留守にしていた。

 女将に聞くと、どうやら一足違いで行き違いになったらしく、その行き場所もわからないということだった。

「――そういえば! ニコラさんのお坊ちゃん、昨日見かけたわよ」

「ニコラさんとお知り合いなんですか?」

「そりゃあ、常連だもの。一度リモンに引っ越したらって言ったくらいよ。門番だってこなしてるし、エマール領じゃちょっとした有名人よ?」

「そうだったんですか……」


「そんなことより、お坊ちゃんよ! あんた、知り合いでしょ? 何かあったの?」

「さ、さあ……。ああ、それよりも。武器とか防具とか、そういうのを売っているお店って、この街にありますか? 鎧を新調したくて」

「あるよ。はい! 先月できたばかりの街の観光地図! これをもっておいき」

「観光、ですか……」

「ま、そう言いたくなるのも分かるけどねえ。けど、シェイク市長がそうお達ししたんだ。きっと、なにか意味があるのさ」

「ありがとうございます。これは、後でお返しすれば……」

「そんなことしなくてもいいさ! ほら、行っといで! 奥さんが妬いちゃうよ」

「え? はあ……」


 女将に押し出されるようにして宿を出て、リリィとともに再び街に繰り出す。

「やっぱり、鎧がないと落ち着かない?」

「ええ。とくに胸当てがないと……いざというときのことを考えたら、不安で。――あ、ここを右ですわね」

 一緒に地図を見て、入り組んだリモンの街を行く。


 大通り以外は乱雑に立ち並んでいた家々も、区画ごとに分けて描かれている地図を見れば、幾分わかりやすかった。

 地図の目印を負いながら、武具屋のある店の方へ進む。

 右へ左へ、ときに迷いながらもたどり着いたのは、大通りに並走するように伸びる商店街だった。


 通称、”武具屋通り”。剣や槍や防具……ありとあらゆる装備品が、この通りで一通り揃えられるようになっている。

 工房を併設している店も多いせいか、幾多の金属音と怒号のような声かけが重なり、響き合っていた。

 通りを埋め尽くすのは大体が傭兵であり……『行商人夫婦』として訪れていたキラたちは、明らかに浮いていた。


「なんか……見られてるよね」

「そうでしょうか?」

 

林に密集する大木のように、屈強な男たちが連なっていた。

 両側に並ぶ店の前で品物を物色し、あるいは、仲間とともに通りを歩く。筋骨隆々の彼らがそうして普通に買い物をするだけで、圧迫感がある。

 そして、そんな傭兵たちは、たとえ背中を向けていたとしても、必ず振り返り……ぱっ、と顔ごと視線をそらす。

 ”武具屋通り”にいる誰もが、緊張で肩をこわばらせていた。


「見られてるっていうか、怖いもの見たさな感じもあるけど……リリィ、なにかした?」

「さあ? けど、粗野な方たちにそのままでいたら絡まれることも多いので、少しばかり魔力を流しながら歩いていますが」

「……それじゃない? 僕にはよくわからないけど」

「そういえば、少し気になっていましたが……キラは魔力を感じるのでしょうか?」

「え? いや、まったく」

「……シスの忠告どおりですわね。規格外なのはいいですが、あまりに鈍感なのも考えものですわよ」

「い、いや。そんな事言われても……!」

「色々と落ち着いたら、ちゃんと勉強しましょうね」


 勉強という言葉にげんなりとしていると、リリィがくいっと袖をひいて指差した。

 その方向にいた傭兵たちは顔を青くしてそそくさと立ち去り、彼らに対応していた店員もぴしりと背筋を伸ばす。

「な、何かご入用でしょうか?」

 観光用の地図に載っていた”おすすめ防具屋”は、おすすめされるわりにはこじんまりとした佇まいをしていた。

 店の幅が他よりも圧倒的に狭く、かなり縦長に見える。店内には入りきらないのか、鎧を着せた模型が道にはみ出るほど、店前に並べられていた。


「たしかに……なかなか良い仕立てですわね」

 リリィが女性用の甲冑をまじまじと観察しながらつぶやくのを聞いて、キラは震える青年に言った。

「あー……とりあえず、中にはいってもいいですか?」

「もちろん! どうぞっ」

 青年な店員が大げさに動いたせいで、ガタガタッと展示用の鎧がドミノ倒しになる。

 しかしそれに気を払っている余裕がないのか、体勢を崩しながらも何とかドアを開けていた。

「……魔力流すのやめたほうが良いんじゃない?」

「見た目で判断する職人も多いですから」



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