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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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28.フクロウ

 夜遅くに出発したのは正解だった。

 ユニィがいたのも大きいかもしれないが、とにもかくにも、傭兵や魔獣たちと遭遇することなく”隠された村”を遠ざかることが出来た。

 夜闇の中、月明かりを頼りにして進む馬車の近くで、何やら独特な鳴き声が聞こえてくる。


「む。フクロウか。幸先がいい」


 手綱を握るのはニコラだった。

 はじめは、小言を漏らすユニィをおさめるためにもキラが御者席につこうとしていた。

 が、怪我をしているのだからゆっくりしていろ、と二コラに席から引きずり降ろされ。それに便乗したリリィに横に寝かせられ。

 キラは、リリィに膝枕をされつつ、ガタガタと揺れる馬車の中でくつろぐことになっていた。


「フクロウ……」

「動物の名前ですわね」

 リリィがにこにことして、ニコラには聞こえないようにボソボソと続けた。

「キラは、野生の動物を見たことは?」

「グエストの村には羊がいたけど。馬も」

「それらは家畜ですわね。人の手で飼育されていたために絶滅を逃れた動物ですわ」

「絶滅……?」

「ええ。考えられないほど多岐にわたる種類の動物が居たらしいのですが、魔獣によって滅ぼされたという話ですわ。いまわたくしたちが目にできるのは、家畜か鳥類のみ」


「そっか。そういえば、鳥も動物か。だけど……なんで鳥だけ生き残ったんだろう?」

「単純な話、空を飛ぶ魔獣が居ないからですわ。少なくとも、王国ではそういう例は一つも報告されておりません」

「へえ……」

「面白い話、鳥類の観察やその保護が冒険者達に任されることもありましてね。多額のお金が動くこともありますの」

「けど、観察っていっても大変だね。飛ぶところを見るだけじゃ、観察とはならないでしょ」

「ええ。ある鳥の生態を完璧に把握するのに、二十年以上もかかったという話もありますわ。ですから、滅多に姿を表さないフクロウなどは、もはや吉兆そのもののような存在となっていますの」

「だから、幸先がいい、か……」


 キラは声を潜めて、周囲の音に耳を傾けた。

 だが、先程聞こえてきた奇妙な鳴き声は、一つたりとも拾えない。聞こえるのは、

 ――俺が馬だと……? ふざけんな!

 白馬のユニィの鼻息と、それに伴う訳の分からない幻聴だけだった。

 ガンガンと頭の中で鳴り響くユニィの文句にげんなりとしていると、その合間からニコラの声が聞こえてきた。


「キラ殿。これからのことについてなんだが」

「はい」

「このまま順調に行けば、昼過ぎにはつくことになる。それで……どうする?」

「はい?」

「ああ、いや。私はエリックを連れ戻すために、王都へ向かう君たちの馬車に乗り込んでいるだけだ。リモンに着いてしまえば、もう行動をともにする必要もないだろう」

 徐々に消えゆくような口調のためか、ニコラの背中は少し寂しそうに見えた。

 キラは体を起こし、リリィと顔を見合わせる。彼女は、覚悟を秘めた微笑みでうなずいていた。


「僕たちも、一緒にエリックを探しますよ。エヴァルトも、そのために先にリモンに向かったんですし」

「だが、それでいいのか? 君は、戦争に参加するつもりで王都へ向かうんだろう」

「ええ、まあ……」

「正直にいって、私はあまりピンときていないんだ。王国と帝国が長年争っているのは知っているが、その程度……」

 リリィが悔しそうに喉を鳴らしたのを、キラは確かに聞いた。

「その一方で、戦争に関する様々な噂を聞いて、こうも思う。戦火が村にまで広がったら、と」


 七年前の”王都防衛戦”のいきさつを知り、エマール領の現状に触れ、リリィの思いを汲み取り。キラは半ば確信していた。

 今回の戦争には、十中八九、エマールが絡んでいる。

 傭兵を集めていることも、資産凍結されているのにその余裕があることも、帝国を結びつけると納得がいく。

「色々と考えてしまう。エリックを連れ帰るためだけに君を巻き込んで良いものかと。一刻も早く王都へ向かわせたほうが良いのではないかと。……そもそも、エマール領への反乱の計画に君たちを誘おうと思ったのが過ちだったのではないかと」


 エマール領で出来ることは、殆どない。

 いくらリリィが強いと言っても、彼女が一人で何でも出来るわけではない。少女らしい弱さもあれば、感情に振り回されてしまうこともある。

 エマールを前にして冷静で居られるとは、到底思えない。

 そして、それはキラ自身にも当てはまる。彼女の母への思いを身にしみて知っているからこそ、リリィを止める気はない。


 しかし、そんな事になってしまえば、帝国軍が差し迫る王都はどうなるか?

 ランディやセレナやグリューンはどうなってしまうのか?

 考えるたびに、良くない結末を思い浮かべてしまう。


「私は、君たちにすがりたいと思いつつ、そうであってはならないと感じている。何が正解なのやら……」

 キラは押し黙り……そうしていると、美しい声が馬車の中に小さく響いた。

「後悔のない道を選ぶほかないかと思います。ニコラ殿は、どうしてほしいのでしょうか」

「……奥さんの声が聞けるとは思わなかった」

「わたくしとて、ちゃんとしゃべります。口があるのですから」

「そうだな……」

「それで、どうしてほしいのでしょう?」

「私の願いは――君たちは王都へ向かってほしい。キラ殿の力は、きっと王国を救う。どんな事になっても、光をもたらしてくれるのだろうと思う」

「……ふふ。高く買ってくれましたわね」

 キラはにやにやとしたリリィに見つめられているのを感じ、そっぽを向いた。


「ただ……」

 ニコラがつぶやくように続けたのを耳にして、彼の背中に目をやる。

 気弱そうに丸まっていた背中は、いつの間にかピンと背筋が張っていた。

「リモンで傭兵となるには、何やら試験を受けねばならないと聞く。エリックのことだから、父親の私の言うことなんかには耳をかさないだろう。だから、キラ殿」

「はい」

「少しの間だけ、取り持ってくれ。それでどうにもならなかったら、その場を離れてくれて構わない――王都へ向かってほしい。あとは、どうにかする」

「わかりました」

 ぴしりと伸びた背中から、並々ならぬ決意を感じ取り、キラもまたしっかりとした返事をした。


   ○   ○   ○


 エヴァルトが”隠された村”を出発したのは、昨日の夜。

 馬を飛ばしてエマール領リモンについたのが、それから半日後。兎にも角にも傭兵の募集へ向かおうとしたら、諸々の手続きに時間を取られること半日。

 そうして、事前に噂として聞いていた試験もなく傭兵に登用されたわけだが……。


「せやからな? お前さんやと力不足やねんて」

「ンなのやってみねえとわかんねえじゃん」

 エリックの説得に、非常に手間取っていた。


 傭兵として登用された帰りに、ニコラに似た無愛想な金髪少年がふらりと現れたのである。

 腰に抜き身の剣を携帯している割に、簡易な革鎧も着ていない姿。

 キラと同じではあるが、才能らしい才能を感じない少年がエリックであるのだと悟るのに、そう苦労はしなかった。


 どうやら傭兵の試験に向かうらしい少年を必死で引き止め、ほとんど無理矢理に酒場まで引っ張り、話をしてみたのだが、

「冗談やないで。ホンマに死ぬぞ」

「死なねえよ! 俺はそんなやわじゃねえ!」

 エリックは、果てしなく聞き分けがなかった。取り付く島もない。


 エヴァルトは腕組みをしてため息を付き、こっそりとぼやいた。

「あほらし……。放っておいてもええんちゃうんか」

 正直なところ、エヴァルトはエリックを止めるつもりはなかった。

 ニコラとの約束云々に関係なく、エリックは傭兵として適正がある。剣の腕がなくとも、疲弊した村でずっと戦い続けていたのならば、大抵の危険はかいくぐれる。

 下手に止めるより、導いたほうがよっぽどエリックのためになる。


「けど、そうなったらなったで、面倒やろうなあ……」

 エヴァルトはキラとリリィの姿を思い浮かべた。

 二人は必ずニコラを連れて、エリックの前に現れる。強情なエリックは彼らの説得を聞き入れることはない。その結果、誰の忠告も受け入れることなく我道を進むのは目に見えている。

 そうなってしまうと、もう誰にも止められない。


 そんなことは、エヴァルトとしても避けたかった。

 なにせキラとリリィにとっては、エマール領の通過は苦渋の決断でもあったのだ。これ以上、彼らにはエマール領に踏みとどまってほしくない。

 綺麗事を成し遂げようとする二人は、エヴァルトにとって眩い光だった。

「さあ、どう止めるか……」

 エヴァルトは低い声でボソリとつぶやき……すると、少年と目があった。


 赤いバンダナの上から額をポリポリかき、わざとらしいくらいに目を細めてみせる。

「まさか、飯おごってやってるちゅうのに、俺の話をガン無視するつもりやないやろな」

 聞こえているのかいないのか。エリックはテーブルに並んだ飯にがっついている。

 肉に野菜にスープ。数種類のパン。皿にもられていた料理が、あっという間に減っていく。

「もうちょい感謝して食べえな。……まあ、ええわ。んで、どないしたら村に帰るんや。いうてみ」

「……俺も聞くけど、なんでそんなに帰れ帰れっていうんだよ。ってか、あんた誰」

「あ〜……」


 思わず目を泳がす。

 無謀だと連れてきたはいいものの、ほとんど勢い任せだったため、何も考えていなかった。

 馬鹿正直に事情を話せば、それこそ面倒な自体は避けられない。

 どうしたものかと腕を組んで悩み、段々と怪訝な目つきとなるエリックに焦り……。


「少年。彼はあなたのことを心配しているのだと思いますよ」


 いつの間にやら、見知らぬ男が隣に座って食事を始めていた。

「へ、はっ? なに、誰っ」

 エリックが椅子の上で飛び上がる中、エヴァルトもとっさに剣の柄に手を当てた。

 が、寸前で思いとどまり、細く長いため息をつく。

 男には、気配というものがまるでなかった。魔法を使っている様子もない。

 座り方や姿勢、呼吸まで。己の所作すべてを計算し尽くして、気配を消している。

 相当なやり手だ。エヴァルトは落ち着いて、しかし気を抜かずに声をかけた。


「あんた、誰や」

「ああ、これは失礼しました。あなた方の会話が聞こえてしまったので、つい。それに、ここしか座るところがありませんでしたので」

「名を聞いとるんよ」

「シスと申します。あなたと同じく、傭兵ですよ」

「ほぉ?」


 青年シスは懐をゴソゴソと探り、日焼けのしていない真っ白な手でチェーン付きのメダルを取り出した。エマール領の傭兵である証だ。

 目を細めて確認するふりをしつつ、黒ずくめの男を一瞬のうちに観察する。

 頭の先からつま先まで覆う真っ黒なマントを羽織り、ぶかぶかとしたフードを頭にかぶっている。

 耳も隠れるほどの長めの黒髪に、病気かと思ってしまう白い肌。ニッコリと笑っているような目つきや唇……。間近だからこそ柔和な青年であると見て取れるが、その外見は怪しい魔法使いそのものだった。

 

「さて、話を戻しましょうか。失礼ながら少年、あなたがこの場に来るのはまだ早いかと」

 呆然としていたエリックは、座り直した勢いで前のめりになった。

「そんなことねえから来てんだよ!」

「そうですか。では、志願すると良いでしょう」

 エヴァルトはびっくりした。

 まさか、いきなり首を突っ込んで、そのまま許諾してしまうとは思わなかった。


「ちょい待ち! そうですか、やないやろが!」

「しかし……先程から見ていましたが、少年は頑固ですよ?」

 やれやれと言わんばかりにシスは黒眉を下げ、エリックはそれに同調するように大きくうなずく。

「何を勝手に……!」

「おや、勝手でしたか?」

「当たり前や! 試験は一対一の決闘方式や。こんなはなたれ小僧が挑んだところで――」

「勘違いしないでください。志願するのと、実際に傭兵になれるのは、また別の話です。決闘に挑戦し、自分の力を測るということも必要でしょう」 


 最もな言い分ではあった。

 エリックは過酷な村の状況を生き抜き、傭兵には向いてはいるが、それが個人の戦闘力とつながるとは限らない。むしろ、これまで生き延びられたのは、周囲の仲間たちのおかげかもしれない。

 ただ、エヴァルトには気にかかる点があった。


「しかしなあ。なんや試験に関してきな臭い噂もあるし……」

「ハッ! 何が来たって負けやしねえよ! 俺は、絶対に!」

 どうやら、シスに焚き付けられたようだった。少年エリックは俄然やる気を出し、目に炎を宿して叫んだ。

 もはや止めることは不可能だ。

 エヴァルトは眉をしかめつつ、ため息をつくほかなかった。


「じゃあ、さっそく……!」

「待ちなさい、少年」

「んだよ」

「もう夜も遅いですし、それに少年は”傭兵の証”を持っていないでしょう。その場合、事前の申請も少々ややこしいのです。早く受けて、明日の昼でしょう」

「え〜」

「それ以前に、準備も必要です。このバンダナの彼ではありませんが、未熟なあなたが何の装備もなしに決闘に挑むのは大変危険です」


 エヴァルトは、もはや二人の会話に興味をなくしていた。腕を組み、頭の中に浮かぶ様々な言葉を組み立て、色々と考え込んでいく。

 すると、突然腕を引っ張られ、無理やり席を立たされた。


「いったいな、なんやねん」

「何があったかはしりませんが、あなたはあの少年を放っておくことは出来ないのでしょう?」

「せや。あんたのせいでややこしいなって、考えることが増えたんやけど」

「でしたら、頭が混乱しないように、放っておかないことをおすすめします」

「放って……?」

 エリックは、いつの間にか姿を消していた。


「あの身なりからすれば、お金を持っていないはずです。面倒事を避けるならば、親切心を持つことも重要ですよ」

「他人事みたいに。あんたもついてくるんやで……って、まじか」

 シスも、あたかも最初から居なかったかのように、その場から姿を消していた。

「……俺も剣を新調せなあかんしな」


 ○   ○   ○


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