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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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24.村の外

 薄明かりのような朝日にさらされた”ハイデンの村”は、物哀しい雰囲気があった。

 地面は雑草にまみれて、人の住まなくなった家々が同化するように朽ち果てている。近くを流れる川はにごりきり、そのせいか流れも悪く見える。畑などは見る影もなかった。

 闇夜を照らす魔法の明かりでは分からなかった悲惨さが、くっきり浮き出ていた。


「昨日も見ましたが……村はこんなに荒れるんですね」

「私達が離れるときはこれほどひどくはありませんでしたが。でも、改めて見ると、ひどい有様ですね」

 白馬から降りたミレーヌは、一つの廃屋をじっと見つめて、そういった。


「もう過ぎ去ったことだ。――さあ、ミレーヌ。見張っている間に頼む」

 ニコラは馬を操り、皆に指示を出した。五人の護衛はそれぞれ馬を降り、ボロボロの井戸を取り囲むようにして警戒する。

「あの井戸……崩れていませんか?」

「何、大丈夫さ。……そういえば、キラ殿は魔法が使えるのか?」

「あー……あはは。実は、全く使えないんです」

「そうか。珍しいな? 行商人をしていて使えないとは。文字が読めないわけではあるまい?」


 キラは逡巡した。

 ”授かりし者”であることを明かすか否か。

 隠す意味は特にない。ランディによれば迫害されていた時代もあったらしいが、それももう過ぎ去っている。

 それ以前に、ニコラたちがそんなことなど考えもしないと、半ば確信している。

 だが……。

 ”雷の神力”を使えもしなければ、そもそもどんな力なのかさえ詳しく知らない。

 制御できない力を宿していると知れば、いたずらに不安を煽ってしまう。


「まあ、その。魔法の才能が欠片もないと言うか……」

「む、それは踏み入ったことを聞いた」

「いえ……」

「とはいっても、ここに居るなかではミレーヌとドミニクとベルくらいしか魔法は使えない。学がなければ魔法は使えないし、ツテがなければ魔法を学べない。あと意欲も……”花火の魔法”はみんなすぐに覚えてくれたんだがな」

「そういうものなんですね」

「キラ殿はセドリックと一緒に、井戸のそばで袋を広げてくれないか」

「え? でも……」


 キラは言いかけて、ぽかんとして口を開けた。

 井戸を挟むようにしてミレーヌとドミニクが立ち、手に持つ杖をふさがった井戸に向け……すると、ふわふわと瓦礫が浮かび始めた。

 二人の杖によって大小様々な石塊が運び出されていく。そのさまは、意思をもって自ら這い上がってくるようだった。

「魔法って、すごい……」

「ふふ、たしかにな。ほら、キラ殿」

 ニコラに促され、キラはセドリックの視線に気がついた。


 だれよりも背高な彼は、いくつかの麻袋を腕に抱えて右往左往していた。どうやら声をかけるか迷っていたようで、その体格の良さとは真逆の小動物っぽさに、ドミニクとミレーヌにくすくす笑われていた。

 キラも笑いそうなところをなんとか抑え、セドリックのそばによる。

「すみません。えっと……どうしたら?」

「あ……。っと、こうやって、一緒に広げてもらって」


 セドリックの指示通りに、一緒に麻袋を目いっぱいに広げる。

 それを見たミレーヌがドミニクにうなずいてみせ、杖を井戸の中に向けた。

 ふたりとも、鍋をかき混ぜるかのように、くるくると杖の先端で円を描く。

 じゃぶ、じゃぶ、と。井戸の底から水が掻き立てられる音がし、それと同時にミレーヌがくいっと手首を返して杖を上に向けた。

 すると、底の方からゆっくりと大きな水の塊が浮かび上がってきた。


「ドミニクさん。今日はあなたがやってみる?」

 小柄な少女は、緊張したようにうなずき、じっと水の塊を睨んだ。

 その姿に感化されたのか、セドリックもゴクリと固唾をのむ。


「”凍てつく冷気よ”」


 杖の先端から凍える風が吹雪いたのが、離れていても感じ取れた。

 またたく間に水の塊がぴしりと凍り、それを目にして満足そうにミレーヌがうなずく。

 彼女が杖を振ると、丸い氷塊がゆるりと動き始め……キラとセドリックが広げていた麻袋にスポンと収まる。


「やったな、ドミニク!」

 セドリックが無邪気に喜び、ドミニクもぱっと顔を輝かせて愛らしい笑顔を見せる。

 キラがぽかんとしていると、何を思ったのか二人ともシュンとしてしまった。


「あれ……?」

「ふふ。ふたりとも、キラさんの前ではしゃいだのが恥ずかしかったのですよ。キラさん、落ち着いた大人っぽさがありますから」

「へ? あ、ああ、僕は落ち着いているというか、そういうのじゃなくって……。水を浮かばせたとき、ふたりとも、呪文を唱えてなかったな、って不思議に思って……」

「”魔法の杖”は、魔法を使う際の補助してくれるのですよ。ものを浮かばせたり引っ張ったり、ある程度単純な作用ならば”ことだま”なしでも出来るのですが……」

 首を傾げるミレーヌに、キラは苦笑いした。


「僕も村の出身でして。出発してまだ一週間も経っていないんです」

「そういうことでしたか。私も覚えがありますよ――魔法を見たときは、それはもうびっくりしてしまって。学校のない村では、魔法をおとぎ話と思う人も結構いますからね」

「あ、あー……他のとこでもそうなんですね」

 キラは額にじとりと汗が浮かんだ気がした。

 記憶喪失である身の上にとっては、踏み入れてはならない事柄が多い――そのことに、ようやく気がついたのだ。

 しかも今は、リリィのいない状況。フォローのない中、話を続けるのはあまりにも危険だった。


「次も……えっと、ドミニク、さんが?」

「俺らには敬語は必要ないよ。同い年、なんだよな?」

「ん、うん」

「じゃあ、改めて。俺はセドリックで……恋人のドミニク。人見知りだから、そこらへん勘弁な?」

「分かった。僕はキラ……行商人だよ」

「おう、よろしくな。……あとで聞きたいことがあるんだけどさ。いいか?」

「こ、答えられることなら」




 セドリックによれば、ドミニクは魔法使いの才能があるらしい。

 もともと魔法の使えたミレーヌが少し教えてみたところ、見る見るうちに成長しだしたのだという。”花火の魔法”もドミニクがアレンジし、それを村の皆に伝えたのだという。

 はじめは遠慮がちだった口調も、彼の小柄な恋人の自慢は止まらず、十個の麻袋がパンパンになる頃には恥ずかしいくらいに堂々としていた。


「んでな? ドミニクのいっちばん可愛いところって言えば――お、どうした?」

 未だに口の止まらないセドリックを、ドミニクが顔を真赤にして止めた。

 何も言わずに服の裾を引っ張る姿は、背丈の差もあって子どものようで……しかし、どこか甘く漂う雰囲気で、恋人同士なのだと再認識できた。


「セドは良いなあ。背高くって、恋人もいて……糞かな?」

「えー……」

「んま、実際に村の男衆にぼこされんのはベルだろうけどな」

「え! 俺? セドじゃなくて俺っ?」

 鞍にまんまるの麻袋を取り付けていくオーウェンに口を挟まれ、同じ作業をしながら首が取れる勢いで振り返るベル。

 オーウェンの言葉の意味は、キラにもすぐに分かった。

 ベルは、美しいルイーズと可愛らしいエミリーに挟まれているのだ。まさに両手に花の状態ではあるが、少年のように小柄な青年は、露とも気づいていないようだった。


「たしかに、セドリックよりもベルのほうが標的にされるだろうな」

「ニコラさんまでっ」

「ほら見ろ」

「ま、オーウェンも危ういところだったが。今日男を見せたことで、ギリギリ回避というところだな」

「はいっ?」


 厳しい顔つきと雰囲気ながらも、ニコラが冗談交じりに後輩たちを振り回す。更に追撃を駆けるようにミレーヌやメアリが口を挟み……。

 その明るさと可笑しさに、キラは緩む頬を止められなかった。

「あ、あのさ」

 喧騒から逃れてきたセドリックが、その上背を丸めてボソボソと話しかけてきた。


「その、聞きたいことが……」

「うん」

「プ」

「プ?」

「プロポーズの言葉って、どんなだったんだ?」

「プロポ……っ!」


 思いがけない問いかけに、心臓が飛び上がり……皆の注目を浴びて、キラは口をつぐんだ。

 誰も彼もが、興味津々に見てくる。セドリックはセドリックで、顔を赤くしながらも、やけくそ気味に答えを待っている。

 恥ずかしいならば、聞かなければいいのに。

 キラはちらりとそんなことを思ったが、ぼやいている余裕はなかった。


 何しろ、プロポーズなどしていないのだ。あくまでも”行商人夫婦”という役割を演じているだけであり、言ってしまえば、エマール領を抜けるまでの偽物の関係だ。

 何か適当な言葉でごまかしたかったが……。

「少年の告白の言葉! そういえば既婚者って言ってたな。爆発しちまえよ!」

 これ幸いとばかりに、ベルが食いついてきた。ニコラやオーウェンのからかいの手から逃れるために、わざとらしいほど素っ頓狂な声で言う。


「キラさんの馴れ初め……聞きたい……」

 こともあろうか、ドミニクが初めて会話に口出しした。

 いつの間にやらセドリックの足元にまとわりつき、ちらりと顔を出してきらりと表情を輝かせる。


 キラは頬を引きつらせた。

 どうやっても、話をそらせる雰囲気ではない。

 もはや、顔が熱くなっているのか血の気が引いているのかさえもわからなくなり……そこへ、ニコラの低い声が響いた。

「ほら、無駄話はここまでだ。キラさんは厚意で手伝ってくださっているんだから、困らせるんじゃない。奥さんのリア殿は恥ずかしがり屋だし、言いにくいんだろう」

「えーっ。ニコラさんが煽ったんじゃん」

「ベル。君が最初だ。間違いなく」


 キラはホッと安堵の息をつき……ふと、ユニィの様子が気になった。

 それまで他の馬にちょっかいを出していた白馬は、空を仰ぐように頭を上げたのだ。

「ユニィ……?」

 ――気を引き締めろよ……大勢くるぞ


 そう忠告を受けてから、キラはいつもより異様に聴覚が鋭くなったような気がした。

 それまで聞こえなかったはずの大人数の足音や金属音が、かすかに耳に届いたのだ。徐々に、徐々に……近づいている。

 何が迫っているかなど、考えなくとも分かった。

「あ、あのさ、キラ。いきなり踏み入ったこと聞いて、ごめんな」

 瞬間的に膨張する焦燥感で、セドリックの声は聞こえていなかった。


 キラは剣を抜き放ち、皆がわっとびっくりいているのも構わず、足音のする方へ体を向ける。

 奇しくも、”隠された村”の林を素通りする形で近づいてきている。

「キラ殿、いくらなんでも冗談がすぎるぞ。悪気はないんだ、みな歓迎して――」

「傭兵が来ています。しかも大勢」

「……確かに、そのようだな。”隠された村”の方面から……よもやバレてはいないだろうが、今から戻れば確実に鉢合わせる。そうなれば……」


 緩んでいた空気が、ぴりりと引き締まる。

 一気に緊張感が走り、同時に皆の身体が固まる。

「どうするんすか、ニコラ先輩」

「……私が対処してみよう。みんなは家の影に隠れていてくれ」

 そのあまりにも危険な提案に、しかし護衛の五人は異を唱えることはなかった。それぞれが白馬以外の馬を誘導して、身を隠す。

 そしてキラも何も言うことも出来ず、ミレーヌに引っ張られて、セドリックとドミニクとともに物陰に入る。


 ミレーヌに反論しようとして――ぎょっとした。

 白馬のユニィが、あろうことかひょこひょことニコラの方へ向かおうとしている。

「ちょ、だめだよ、ユニィ」

 キラは何とかぐいぐいと白馬を引っ張り、物陰に入る。

 徐々に足音が大きくなっていき、セドリックとドミニクは顔色を悪くした。恐怖と緊張で顔がこわばり、ほとんど呼吸が止まっている。

 そんな少年少女をミレーヌがひたすらに慰め……しかし彼女自身も、夫の安全を願うあまり、体を震えさせていた。

 これでは三人の身が持たない。キラは羽織っていた外套をミレーヌにかぶせつつ、声をかけた。


「大丈夫だから。いざとなればユニィに乗って逃げれば、大丈夫だから」

「でも――って、お前、その包帯何だよ」

「え? ……あ」

 すっかり忘れていた。

 外套を羽織っているのは、包帯だらけの体を隠すためだったのだ。右腕の包帯は解いているものの、それ以外はぐるぐるまきのままだった。

 しかも、ドラゴンに手痛く引き裂かれた左肩は、包帯を変えていないこともあり、凄まじく血の滲んでいる箇所が裾からのぞいていた。


「こ……これは……その、色々あって」

 途端に頭の中が真っ白になり、言葉が出なくなる。

「まさか、キラさん……。奥様を守るために、魔獣と戦ったのですか」

「血……滲んでる。もしかして、身体中を……」

「いくらなんでも、無茶苦茶だろ」

 三人とも、この一瞬だけは不安も忘れたようだった。

 突き刺さるような視線でキラはそれを察知し、わずかに出来た隙につけこむ。

「まあ、その……だから、大丈夫だよ。僕も少しは戦えるから。何があっても、なんとかする」


 それからは、三人には一切顔を向けないようにした。

 ニコラの背中をじっと見つめる。すでに、二十人を超える傭兵たちと対峙していた。

 先頭には、ガタイの良い褐色肌の傭兵がいた。獰猛で野心に満ち溢れた顔つきをした男で、若くはあるが色の抜け落ちたようなボサボサの短髪をしている。

 抜身の剣を腰に携え、その刃はぼろぼろだ。


「ヨォ。こんなところで何してんだ」

「巡回をしているだけだが」

「待ち構えていたように見えたがなァ?」

「勘違いだろう。確かに、足音がしてなんだろうと立ち止まってはいるが」

 ニコラは、ただひたすらに隣に立つ馬の首元をなでている。


「ところで……君たちはリモンの傭兵だろう。馬にも乗らずに、なぜここに?」

「野暮用さァ」

 キラは、そこで褐色の傭兵の背後に控える部下たちの様子に気がついた。

 いやに、静かにしている。誰も彼もが、会話に割り込むことも怒声を張り上げることもなく、ただただ立っている。

 ――アイツもそうだが……それよりも気になんのは後ろの奴らだ。ンだってんだ、あいつら、気色わりィ

 幻聴が気味悪そうに吐き捨てる。


 キラも同意見だった。

 大の大人が揃いも揃って二十人。別行動をする者もなければ、声を上げる者もいない。

 ただ、ただ。うつろな顔つきで立ち尽くすのみ。生ける屍のごとく、あるいは、命令を待つ忠犬のごとく。

 瞬間的に、エヴァルトの言葉を思い出す。

 エマール領の門の近くにあったテントで、文句も言わずに詰め込まれるようにして立っていた傭兵たち……。

 エヴァルトは、褐色の傭兵の後ろに立つ男たちをおなじものを見たのだ。


「キラさん……!」

「え? ……あ」

 キラは振り返るまでもなく、ミレーヌの焦りの意味を察してしまった。

 つい、物陰から出てしまっていた。

 褐色の男と目が合う。

 男は、獰猛な顔つきをニヤリと歪めていた。最初から分かっていたのだと、キラは直感的に悟った。

 ――マヌケめ

 そう言いながら白馬も首を振りながら家の影から出て、ミレーヌたちを隠すように移動した。


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